帝国へ
一週間後、俺たちは王国を出発する準備をしていた。
荷物を馬車に詰め終えると、アバークロンビー家一同が家から出て来た。
「それじゃあ、アル、元気でね」
「魔族には気をつけるんだぞ!」
「お兄様、頑張ってくださいね」
「兄さん、俺、剣術頑張るよ!」
この一週間で、俺はもう一度家族のありがたみを知った。だからこそ、ここにまた戻って来よう。
俺たちはそれぞれ別れを言い、馬車を動かした。
それから見えなくなるまで、俺は家族に向かって手を振っていた。
俺たちが向かう場所、それはバラッド帝国だ。
元々帝国からは、こちらに来てくれという手紙を貰っていたそうなのだが、魔族との戦いがあったため少し遅れてしまった。
そのことについて、この前はアレックスが詫びの手紙を書いていた。今頃には届いているだろう。
ここから帝国までは、最短距離で約一ヶ月ほどだ。途中で、いくつかの町に寄って行くことになるだろう。
まず目指す先はフュルト町だ。フュルト町は、帝国と王国の境界線のぎりぎりの所にあり、王国の土地である。
町には、一週間程度馬車を走らせていると、いつのまにか到着していた。
その町のあちこちからは煙が上がっており、中は観光客や商人の声で賑わっていた。殻付きの卵を販売する売店や、足だけ湯に浸かっている人、なぜか髪が濡れて顔が赤い人までいる。
そう、ここは温泉街なのだ。
温泉は、極東の国にはかなり数があるのだが、王国内では珍しい。なぜなら、火山がほとんどないからである。
この町は、五キロほど離れた所に〈ヴォルガ火山〉というダンジョンがあり、そこの火山の熱で温泉が沸く。
この〈ヴォルガ火山〉は、そこそこ難易度の高いダンジョンとしても有名なので、観光客だけではなく、腕に自信のある冒険者も集まる。
よって、フュルト町はいつも人で賑わっているのだ。
「…… 温泉街、ふへへ」
そして、先程からずっと、俺を獲物を狙う目で見ている、オリヴィア。
一緒に入ってもいいが、ここに混浴ってあるのか?
「せっかくフュルトに来たんだし、やっぱり温泉宿がいいよな」
アレックスが宿を探しながら言った。
「…… 混浴がいい」
「オリヴィア!?」
混浴という言葉に最も反応したのは、ソフィだ。
少し顔を赤くして、すぐにオリヴィアに抗議を始めた。一緒なんて恥ずかしいだとか、そんなの不埒だとか、言い訳がましいものばかりだ。すべてオリヴィアの「…… アルフレッドだから、大丈夫」で、返されている。
しばらくいい宿を探して彷徨った俺たちは、〈ミストの宿〉という宿屋を見つけた。
ジュリアを合わせ、一応七名で入り、四人部屋一つと二人部屋を二つを取った。
大浴場は貸し切り制で、男湯、女湯、混浴の三つがあり、俺は強制的に混浴の時間帯を取らされたのだった。
一行は各部屋に戻り、俺はソフィとオリヴィアとともに、ベッドに寝っ転がっていた。
「さすがに、野宿が一週間続くと疲れるな」
「いい宿が取れてよかったね」
「…… ベッドがふかふか」
オリヴィアがベッドの上で軽く跳ねる。ベッドはそれを包み込むかのように受け止め、衝撃を吸収した。
「風魔法で、中の空気量を調節してるみたいだな」
「…… エアベッド?」
「そんな感じだ」
魔眼で確認したから間違いない。さすが、一泊に金貨を取る程の高級宿は一味違うな。
「…… 大浴場行きたい」
「俺はいいんだが、ソフィは大丈夫か?」
「え、う、うん。が、頑張る……」
目が泳ぐわ、噛みまくるわ、最後には自信なさげにしゅんとするわで、大丈夫なところが見当たらないんだが。
「…… なんなら、私とアルフレッドの二人で入る?」
「それはやだ!」
「…… じゃあ行こ?」
「うん…… あっ」
オリヴィアの口車に乗せられ、俺に手を引かれて自信なさげに銭湯へと向かう、ソフィ。
俺は、性欲に流されたりしないからいいんだが、本当に大丈夫だろうか?
脱衣所で俺はちゃっちゃと裸になり、腰にタオルを巻いて鼻歌交じりに銭湯に入った。
中は主に石で作られていて、入口の真横には、体を軽く流すためのお湯が沸き出ている。
その奥には大きな風呂があった。二十人は入れる程の大きさで、石段が一段ついている。
俺は軽く体を流し、石段に腰を下ろすようにして湯に浸かった。
「ふぁぁ……」
体の力が自然と抜け、気の抜けた声が出た。
「二人とも入って来いよー」
「う、うん」
「…… 意外と恥ずかしい、かも?」
二人は、自分に巻いてあるバスタオルを何度も確認し、恐る恐る湯につかった。
「ソフィはともかく、オリヴィアまでどうしたんだ?」
「…… 明かるいと、結構恥ずかしい」
「へぇ、女子はわからんなぁ」
その後は、二人に背中を流され、オリヴィアに後ろから身体中を触られながらも、無事に部屋まで戻って来た。
「いい湯だったなぁ」
「…… 朝風呂も入りたい」
「二人ともお風呂大好きだね」
元日本人だし、お風呂は遺伝子レベルで好きなんだろう。ゆっくり浸かれるお風呂ほど、リラックスできるものはない。
部屋の明かりを落とし、俺は二人に腕を預けて寝そべる。
この寝心地、明日ここを出発するのが名残惜しくなりそうだ。まったく、罪なベッドである。
「アル君、おやすみ」
ソフィはそう言って、俺の頰にキスをした。
「…… 私もやりたい。アルフレッド、おやすみ」
オリヴィアも同じように、反対側の頰に唇を当てる。
「なんか、反応に困るな」
「ふふ、喜んでればいいの」
「それもそうか。二人ともありがとな。じゃあ、おやすみ」
俺は二人を自分の方に引き寄せ、そのまま眠りについた。