意外な一面
「アレェェックス!!!」
「ジュ、ジュリア! 俺が悪かったって!」
アレックスの次に扉から腕を組んで出てきたのは、オーラに怒気を含ませているジュリアだった。
「アレックス、お前なにしたんだ?」
「ちょ、俺のこと助けろよ!?」
アレックスは、涙目で尻餅をつきながらこちらに助けを求め始めた。
それを見てジュリアは、右手の拳を握りしめて後ろに構えた。すると、その拳の周りが金色に輝き始める。
魔眼で確認してみると、今までに見たことがないものだった。おそらく聖剣特有の魔法なのだろう。
「くらえぇ! 聖剣パァンチ!!」
「うぉおい! 待てぇい!!」
ジュリアは、はたして剣なのか、はたまた拳なのかよくわからないパンチを、全力でアレックスに突き出した。完全に殺す気満々である。
アレックスは両手を前に出しながら全力で首を横に振り、ジュリアを止めようとした。
だが、ジュリアはまったく止めようとしない。
ジュリアの拳は、直線軌道でアレックスの顔面に直撃するーー寸前に、俺によって止められた。
俺は両腕全体に〈シールド〉を張り、両手のひらを重ねて正面で拳を受け止めたのだが、あまりの衝撃に肩の付け根から腕が吹き飛んだ。
俺は腕を急いで完治させ、前世で言う逮捕術のような動きで、ジュリアを取り押さえる。
「さすがにやりすぎだ。ここは俺の家だぞ?」
「いだだだだ! アルフレッド! 痛い!」
ジュリアは、俺に後ろで腕を組まされて完全に固定されているため、痛みで腕をまったく動かせなくなった。
「少しは落ち着いたか?」
「落ち着いたから! 落ち着いたから離してぇ!」
俺は、涙目になっているジュリアの上から退いて、腕を解放した。
「痛いわよ〜、もう」
「この惨状を、なんとかしないといけない俺の気持ちにもなれ」
俺は自分の後ろを親指で指差すと、そこには吹き飛んだ俺の腕と、大量の血が撒き散らされていた。
「あ…… ごめんなさい……」
「はぁ、まあ血の方は魔法でどうにでもなるんだが、自分の腕を片付けるのは嫌だなぁ……」
血は、俺が魔王のダンジョンにいた時に開発した〈クリーン〉という魔法があるため、割と簡単に落とせるのだが、腕の方はなにかしらの処理をしなければならない。
「私がやるよ」
未だに少し顔が赤いソフィは、火魔法で俺の腕を完全に灰に変え、風魔法を使って窓から外に出した。
俺は、ソフィが魔法を発動したのを見て、〈クリーン〉を使う。すると、部屋は元の綺麗な状態に戻った。
「それで、二人になにがあったんだ?」
「そう! 聞いてよ! アレックスが私の部屋にいきなり入って来て、下着姿を見たのよ!」
…… 聖剣って羞恥心あったのか。剣の状態って裸みたいなものだから、てっきりそういうのには疎いんだろうと思ってたが、そんなことはないんだな。
全員の痛い視線が、アレックスに突き刺さる。
いつのまにか、ターニャとランベルトも来ていて、ジト目をしていた。
「アレン、それは酷いぞ」
「いや! 違うんだ! 俺はただ、その…… 女性を口説く術を聞きたくて……」
次は説明を求める視線が、ジュリアへ向いた。
「…… あっ、そういえば、昨晩そんなこと言ったかも……」
俺は頭痛がしてきて、こめかみをほぐす。
「つまり、アレックスが勝手にジュリアの部屋に入ったのは、口説き方を聞くためだと。しかも、ジュリアは、それを完全に忘れていたと……」
「あの…… アルフレッド……?」
俯いた俺に、ジュリアは、どこか不安そうな目線を送ってきた。
「はぁ…… そんなくだらないことで、危ない技を使うなぁ!!!」
「「ごめんなさいぃ!!」」
怒鳴った俺に対して、ジュリアとともに、なぜかアレックスまで土下座で披露した。
「まったく、誰の家だと思ってんだか……」
「まあまあ、アル君、落ち着いて、ね?」
「…… いいこいいこ」
ソフィとオリヴィアが俺をなだめにかかり、アレックスとジュリアは完全に萎れてしまった。
「口説き文句って、絶対にシャーロットちゃんに使う気にゃ〜」
「アレンにも、ようやく春が来たな!」
少し保護者ずらな二人に、完全に落ち込んでる二人を任せ、俺は食堂に入った。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「兄さん! 今日も剣術を教えてよ!」
「おう、いいぞ」
食事を終えて、一人で散歩していた俺を呼び止めたのは、おなじく食事を終えて、俺を追いかけて来たフィリップだ。
アバークロンビー剣闘祭のこともあり、剣術に火がついたらしいフィリップは、目がやる気に満ち満ちている。
俺はフィリップの素振りを見て、ダメな部分に軽く指摘を入れつつ、日向ぼっこをしていた。
最近はあんまりゆっくりできていなかったから、こういう時間は大切だ。のびのびと体を休ませよう。
「よし、そこまでだ。もういいぞ」
「はぁはぁ、よいしょ」
フィリップは、疲れで地面に腰を下ろす。
そこで俺はふと、疑問に思ったことごあった。
「なあ、フィリップ。お前も学院に通っているよな?」
「うん、もちろんだよ」
「じゃあなんで、シャルもお前もここにいるんだ?」
「今は、王都を魔族が襲ったってことで、長期休暇中なんだ」
なるほど、そういうことか。これは予想だが、きっと、子供が心配な親が続出したんだろう。そうでなければ、学院は特殊休暇などにはならない。
実際には、王都にはほとんど被害は出てないし、今回の戦争のおかげで、魔族もまた準備をしなければいけなくなったため、王都が落ちる心配はない。
だが、魔族でなくとも、危険なことはたくさんある。
例えば、戦争によって兵が駆り出されたため、その間の王都内の治安が悪くなり、犯罪率が高くなった、などだ。
今頃には、王都の騎士団は、治安維持にほとんどの人員を注ぎ込んでいることだろう。
「そういえば、兄さん。王都にはいつ戻るの?」
「ん? ああ、そうだなぁ。一応あと一週間はここにいるつもりだってことは、あいつらには伝えてある」
あいつらというのは、もちろん、勇者パーティのメンバーだ。
「へぇ〜、次の戦いも気をつけてね!」
「おうよ。フィリップも、学院で頑張れよ」
「もちろん!」
元気のいい返事だ。これなら健康には心配いらないだろう。
まあ、もし病気になったと聞いたら、この世界の裏側だろうと一瞬で駆けつけ、俺の光魔法で治してやるがな。