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親子

 頭を抱えてしゃがみこんでしまったソフィに対して、俺は声をかけた。


「ソフィにとって、父親ってどういう存在だ?」

「あの人のことは、もう父親とは思ってないよ」

「俺を探すために家を出てくれたんだったな。そのことは嬉しかったし、ソフィが頑張ってきたのも知ってる。でもな、だからって、いつまでも逃げてちゃだめなんだよ」

「私は、逃げてなんか……」

「いや、逃げてる。やり方は間違っていたけど、父親の愛の形を一方的に切り捨てて、目を逸らして、それじゃあなにも通じ合えないじゃないか」


 今回の事件はともかく、婚約者を用意したのは、父親なりに娘のことを思ってのことなのだ。しかも、公爵家の次男を用意したのだから、それなりに頑張ったのだろう。

 ソフィはそれに反発して俺を探してくれた。そこまではまだいい。だが、それで一生のお別れなんて、絶対にあっちゃいけない。仲直りをするべきなのだ。


「でもお父様は、みんなに酷いことを……」

「ソフィ、過ちを許せる人になれ」

「…… 過ちを許せる……?」

「バレンタイン伯爵はソフィを傷つけた。だが、だからこそ、ソフィが伯爵を許すんだ。傷ついた心を、同じように相手に返してしまったら、そこで失われてしまうものがある」


 それは時に、友情、信頼、愛情、そのすべてを消し去ってしまう。なににも変えがたい大切な‘‘なにか’’が、そこで無くなってしまう。

 だから、傷つけたれた側がそれを許し、相手との心の糸を結び直さなければならない。


「私が、お父様を許す……」

「ああ、そうだ。ソフィなら、それができる」


 人の心は複雑で、頭では納得できていても、感情がそれを邪魔してくる。その自分の感情に打ち勝つには、その人自身の心の強さが必要だ。

 ソフィの心は、俺の知る限りだと相当強い。それも、家を出て、俺を一人で探しに出れるくらい。

 それだけの勇気があるのなら、父親を許すことだってできるはずだ。

 ソフィは下を向いて考え込んでしまった。なので俺は、バレンタイン伯爵の方へ振り向いた。

 バレンタイン伯爵は、呆気にとられたような表情で俺を見ていた。


「アルフレッド君、君は……」

「伯爵、元はと言えばあなたが悪いのですし、ソフィに対してなにか言うことはないのですか?」

「言うこと……?」

「あはたは、謝罪もなしに罪を許してもらおうと考えているのですか?」


 俺がジト目でそう言うと、伯爵はハッとしたように立ち上がり、こちらへ近づいて来た。そして、ソフィの目の前に来ると、地面に膝をつけて頭を下げた。土下座だ。


「ソフィア、すまなかった! アルフレッド君の言う通りだ。私は、ソフィアの気持ちをまったく考えずに、他の男との婚約を強行しようとしていた。こんな私を許して…… いや、許さなくてもいい! ただ、本当にすまなかった!」

「……」


 それを見たソフィは、完全に固まってしまった。

 前髪に隠れて表情は見えないが、おそらく今頃、自分の中の感情と理性がせめぎ合っているのだろう。

 バレンタイン伯爵はソフィが悩んでいる間、ずっと頭を地面につけていた。

 その状態で何秒くらいたっただろうか?

 俺には十数秒に感じたが、二人はもっと長い時間に感じていたかもしれない。

 ふと、ソフィが顔を上げ、頭を下げているバレンタイン伯爵を見た。


「お父様、私はアル君を愛しています。なので、お父様の紹介した人とは婚約者しません。それでもいいのなら、今までのことはすべて水に流してもいいです」


 まだ完全に許してはいないのか、言い方に少しだけ棘がある。だが、その言葉でバレンタイン伯爵は、バッと頭を上げた。


「もちろんだ! もう婚約者を用意したりなんかしない!」

「それなら、許してあげます」

「あぁ…… ありがとう、ソフィア……!」


 許してもらえたことで感極まったのか、バレンタイン伯爵は、ソフィにの腰に腕を回して抱きついた。


「うわっ!? く、くっつかないでください!」


 ソフィアも口頭では嫌がっているように聞こえるが、本気で除け者にしないのを見る限り、悪い気分ではないのだろう。

 しばらくの間、バレンタイン伯爵がソフィを離そうとしなかったのだが、あまりにしつこかったためにソフィの怒りの鉄槌が炸裂。

 バレンタイン伯爵は顔を地面に叩きつけられ、「ごふっ!」と言って撃沈した。


「まったく、お父様はしつこすぎます」


 ソフィは腕を組んで、ぷいっとしてしまった。


「うぅ…… ごめんよ、ソフィア……」


 バレンタイン伯爵は、泣き目で鼻をさすりながらのっそりと起き上がった。そして、ソフィを見て肩を落とすと、俺の方を向いた。


「アルフレッド君、これからはソフィアのことをよろしく頼むよ」

「ええ、もちろんです。なにがなんでも守ってみせます」

「そうか、それなら安心だ。あ、そうだ。もうお義父さんと呼んでもいいんだよ?」

「それは正式に結婚した時にしましょうか」

「なんだ、つれないなあ」


 どうやら俺はまた、ソフィの婚約者として認められたらしい。

 激しい親子ゲンカも終わったし、俺も婚約者に戻ったし、ソレイダスも取り押さえたし、事件は解決だな。

 俺がそう考えていると、伯爵は早速、ソフィの機嫌直しに取り掛かるのだった。

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