伯爵と娘
ソフィは、まるで生ごみを見るような目でソレイダスを見つめていた。
「な、なぜだ!? 俺の騎士は一体なにをしいやがる!?」
「私を攫おうとした騎士さんは、もうとっくに眠ってるよ」
ソフィさんは、今回のことに関してかなりお怒りのようだ。それも、周りの温度が下がったように感じる程に。
「クソ! なぜ誰も催眠ガスが効いていないんだ!?」
「さあ、なんでだろうな」
俺は卑しく笑いながら、さっきと同じように返してやった。
「…… まさか貴様…… 一体なにをした!?」
「なあに、ただここにいるメンバー全員の周りに、浄化魔法をかけ続けただけだが?」
「そんなバカな!? 遠くにいる複数の標的に対して魔法を常時発動し続けるだと!?」
「生憎、魔力操作なら誰にも負ける気がしないんでね」
本当は会場全体を浄化してもよかったのだが、そうすると観客が騒いでしまうため、催眠ガスが効いていないことを悟られてしまう。なので、勇者たちだけに魔法をかけた。
だが、さすがの俺でも、勇者パーティ全員の位置を把握して、即座に魔法を発動させるのは骨が折れた。
「もう諦めるんだな」
アレックスは、聖剣状態となったジュリアを抜き、ソレイダスに突きつけながら言った。
「…… クソが…… クソがクソがクソが!! ソフィア・バレンタイン! 今すぐ俺のところへ来い! 金も、生活も、安全もすべて揃えてやる! だから!」
「絶対に嫌」
「なぜだぁ! 俺は公爵家だぞ! 貴族ですらない男に、なぜ俺が負けるんだぁ!!!」
結局こいつは、ソフィが自分の思い通りにならないことに、プライドを傷つけられただけなんだろう。
これだから、なんでも手に入る環境で育ってきたおぼっちゃまは……
『ボコボコにしてやろうとか思ってたけど、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたわ』
「ちょっと頭のおかしな人なのにゃ」
ジュリアたちも、ソレイダスのアホさ加減に気がつき始めたらしい。
「…… 早く捕まえよ?」
「それもそうだな」
少し気が抜けてしまったが、ソレイダスを捕まえて罰を受けさせないと、俺の気が収まらない。
俺は、結構この剣闘祭を楽しみにしてたんだからな。あげくに、ソフィにも手を出そうとしやがって。
「捕まってたまるか! これでもくらいやがれ!」
ソレイダスは腰につけているポーチに手を入れ、中から正八面体の物体を取り出した。そして、その物体に魔力を注ぎ込み始めた。
「っ! まずい!」
「止めるのにゃ!」
「やめろぉ!」
アレックス、ターニャ、ランベルトはそれを見た瞬間、一気にソレイダスの元へ走り出した。
なぜなら、あの物体が自爆用の魔道具で、魔力量によっては、ここら一体のすべてが消し飛んでしまうからに他ならない。
「ははは! 死ねぇ!!!」
アレックスたちがどれだけ急いでも、間に合う距離ではない。
それを理解しているソレイダスは、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
パリンッ!
そんな中、いきなりガラスにヒビが入ったような音が鳴り響いた。しかも、ソレイダスの手の中から。
「へ?」
なにが起きたのか理解が追いついていないソレイダスは、自分の手をまじまじと見つめていた。
そしてそこには、正八面体の魔道具と、そのど真ん中に刺さっているナイフがあった。
その正体はもちろん、俺が投げたナイフだ。
「アレックス! 今のうちに捕らえろ!」
「わかった!」
アレックスたちはその隙に、ソレイダスに飛びついた。
ソレイダスは勇者三人組に取り押さえられ、呆気なく拘束された。
「…… ナイフ投げ、うますぎ」
「ナイフ投げと言えば、オリヴィア。さっきは雑な助け方で悪かったな」
「…… ううん、あれで十分。ありがと」
ナイフ投げには自信があるが、それでも失敗していたら、オリヴィアに刺さっていたかもしれないのだ。本当はもっと安全に助けたかった。
「さて、ソフィ。行くぞ」
「うん。わかってるよ」
そして、俺とソフィは、未だに四つん這いで泣いているバレンタイン伯爵の元へ向かう。
「バレンタイン伯爵」
「アルフレッド君、それにソフィア…… 私は……」
今更、自分のやったことの最悪さに気がついて、後悔しているらしい。
「お父様、いえ、バレンタイン伯爵。もう二度と、このようなことをしないと誓っていただけますか?」
「あぁ、もちろんだ。本当に、本当にすまなかった、ソフィア……」
「そうですか。なら、一生私に近づかないでください」
それだけ言い残して、ソフィはアレックスの方に向かって歩き出した。
「バレンタイン伯爵、これでいいんですか?」
「…… 辛いが、これも自分の罪だ。今度は素直に受け入れるしかないだろう……」
口ではそう言っているが、かなり酷い顔をしている。
娘に対して酷いことをした父と、それに反発して父を嫌う娘。
スケールはかなりでかいが、これはあれだ。簡潔に言ってしまうと、ソフィの反抗期ってやつだ。
つまり、父がノックせずに娘の部屋に入り、うっかり中学生の娘の下着姿を見てしまった、という状況とまったく同じだ。
「はぁ、まったく。ソフィも世話がやけるなぁ」
そんなことをいっても、ソフィだってまだ十七歳なのだ。まだまだ親に突っかかりたいお年頃なのだし、少しは大目に見てやろう、
そう考え、俺はソフィの方に向かって歩き出した。
「ソフィ」
「なに?」
まだバレンタイン伯爵のしたことに怒っているんだろう。俺に向ける声も、心なしか冷たい気がする。
ソフィが完全にこちらに振り向いた瞬間、俺はソフィの頭に、少し強めにチョップを入れた。
「あだっ!」
ソフィの可愛い悲鳴が、闘技場に響く。
さて、ここからは少し、お説教の時間だな。