馬鹿が二人
バレンタイン伯爵は俺を見て、微笑みを浮かべながら話し出した。
「アルフレッド君、まさか君が生きているとはね」
「これはなんのつもりですか?」
俺は、少し言葉に怒気を含ませながらそう言った。
「悪いけど、私のソフィアを返して貰うよ。もう既に、婚約者を決めたことだしね」
「なるほど、ソフィを家に連れ戻すつもりなんですね。それで、婚約者とは?」
「このソレイダス君だよ。彼は公爵家の息子なんだ。ソフィアにぴったりだとは思わんかね?」
ソレイユは、その言葉を聞いて仮面を外した。
そこには、ゲスという言葉を顔全体で表現したかのような表情をしたーーいやらしい笑みを浮かべたーー男が立っていた。
「そうは思えませんね」
「ふっ、なら君がソフィアにぴったりとでも言うのかな?」
「ええ、もちろん。ソフィは俺のものです」
これは当たり前のことだ。俺とソフィがベストカップルということは、もはや常識ですらある。
「ふざけるな!」
それを聞いて、怒りの表情に顔を変化させたソレイダスが叫んだ。
「ソフィア・バレンタインは俺のものだ! 貴様なんぞに盗まれてたまるか!」
「それは立場が逆だな。お前の方が、俺からソフィを盗もうとしてるんだよ」
想い合っている二人を引き裂こうとする親と、その親が決めた婚約者。そして、それを防ごうとするヒロインの恋人という図。まるで少女マンガだな。
「ソフィアの父である私が決めた婚約だよ? それに逆らうのかい?」
「そうだ! 貴様には拒否権などないんだ!」
「はぁ…… くだらない」
正直、二人とも自己中すぎて呆れてしまった。
まあ、ソフィアのためだけに剣闘祭をぶっ潰したわけだし、その時点でアホなのはわかっていたから、今更だろう。
「くだらないだと……?」
珍しく、バレンタイン伯爵は表情に怒気を含めた。
「ええ、本当にくだらない。まずバレンタイン伯爵、あなたは一人娘のことをなにも考えていない」
「なに?」
「ソフィがバレンタインの名を捨てた理由。そのソレイダスという男を見たら、なんとなくわかりました。あなたは、俺が死んだというのをいいことに、より良い爵位を持った家の者と結婚させようとした」
「それのなにが悪い!?」
本当に珍しくイラついているな。俺とソフィが子供の頃なんかは、いつもニコニコしていて、笑顔を崩さない人だったのに。
「そこまではいいでしょう。一人娘を嫁がせようとするのは悪くはない。だが、それでもソフィは家を出て行った」
俺がそこまで言うとバレンタイン伯爵は、俺を射殺さんとばかりに睨みつけてきた。
それを見て、俺はそのまま言葉を続けた。
「つまりあなたは、娘の気持ちをまったく考えていなかった。嫌がってあるソフィに対して、無理やり婚約をつけようとした」
「…… 黙れ……」
「私のソフィアとほざいておいて、実の娘の気持ちをまったく考えなかった」
「…… 黙れ……」
「そんなあなたに、ソフィの未来を決める重要な選択をする権利など……」
「黙れぇ!!!」
「ほんの一欠片とて、存在していない!」
一瞬、場を静寂が支配する。
それが過ぎると、バレンタイン伯爵は地に膝をつけ、頭を抱えてわめき出した。
「わ、私にそんなつもりはなかったんだ! ただ、ソフィアを幸せにしようと…… くっ、ああ、うわぁ……!」
感極まってしまったのか、バレンタイン伯爵はその場で大声で泣き出してしまった。
もしかすると、ソフィに家出され、そこで理由に気がついたのかもしれないな。
だが、普通に謝るのは自分のプライドが許さず、こういう形で連れ去ろうとしたってところか。
「…… ざけんな」
「ソレイダス、私は……」
「ふざけるんじゃねぇ! ソフィア・バレンタインは俺のものだ! 絶対に、俺が手に入れるんだ!」
一人だけ完全に置いてきぼりにされていたソレイダスがようやくハッとし、叫び始めた。
俺はこいつがソフィになにをしたのかは知らんが、とりあえず言いたいことがある。
「お前には無理だ」
「てめぇになにがわかる!」
「あのな、一つ忠告しておいてやる。ソフィが欲しいんだったら、ソフィが俺を忘れるくらい惚れさせないと無理だぞ」
「意味がわかんねぇよ!」
「なら簡単に言ってやる。お前も男なら、惚れた女を自分に惚れさせてみろって言ったんだ」
こんな無駄なことをしなくても、ソフィを自分に惚れさせればいい話なのだ。一回振られたからヘソ曲げて、勢いのままに強硬手段に出るって、どんな馬鹿だよ。
まあ、ソフィがソレイダスに惚れることは一生ないと思うがな。なぜかってそりゃあ、俺がいるからに決まっているだろう。
「そうやって、権力やら金やらで釣ろうとするから、ソフィに振られるんだよ。少しは気持ちで頑張ってみやがれ」
「はっ! そんなこと言ってられるのも今のうちだ! 俺の用意した騎士の先鋭が、すぐにソフィア・バレンタインを攫う! そうしたら俺の勝ちだ! すぐにお前の大事な大事なソフィア・バレンタインをめちゃくちゃに犯してやる!」
こいつは、俺がこうやって呑気にお喋りをしていても、なにも気づいていないらしい。立つのは腕だけで、その他は結構ポンコツなんだな。
「なんて言ってるが、ソフィ。気分はどうだ?」
「ははは! バカかお前!? ソフィア・バレンタインは、既に攫われて……」
「最悪……」
そう言って霧の中から現れたのは、ソフィを含んだ勇者パーティ一同だった。