バレンタイン伯爵
俺は急いで父様がいる部屋に行き、頭に包帯を巻いて気絶している父様の治療を開始した。
しばらく治療を続けていると、父様は意識を取り戻した。
気絶していたせいで、意識がぼんやりとしていたようだが、一時間も経つとしっかり喋れるようになった。
「まったく、無理しないでくださいよ」
「ガハハ! 心配かけて悪かったな!」
ソレイユとの試合で劣勢に立たされた父様は、相手の意表を突くために、ソレイユに向かって剣を投げたそうだ。
それに驚いて一瞬動きの乱れたソレイユに殴りかかって行ったが、ソレイユの反撃を頭にモロに受け、気を失ったらしい。
出血と脳震盪、それに頭蓋に少しヒビが入っていたが、俺が光魔法で全部治した。命に別状はない。
「アル、あいつかなり強いから気をつけろよ?」
「アレックスとの試合を見てましたから、だいたいの動きはわかっています」
「そうか。ならいいんだが……」
「なにか懸念でもあるんですか?」
「あのソレイユってやつは、この大会に優勝することが目的じゃない気がする」
「…… というと?」
「いや、ただの勘だ」
意外と父様の勘というのは馬鹿にできない。なぜなら、的中率がかなり高いのだ。
優勝以外の目的か。アレックスとの試合終了時、俺の方を向いたのはやはり気のせいじゃないのだろうか?
「頭に入れておきます」
「ああ、そうしておけ。それじゃ、頑張れよ!」
そう言って父様は、俺の背中を強く叩いた。
「ええ、優勝してやりますよ」
「ガハハ! 楽しみにしてるぞ!」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺がBブロックの闘技場へ入場すると、既にソレイユは闘技場で待っていた。相変わらずの悪魔の仮面に、特殊な片手剣を二本ぶら下げている。
俺はその正面に立ち、仮面の奥の目を覗いた。俺にはその目が、いやらしく笑っているように見えた。
「それでは! アバークロンビー剣闘祭決勝戦! 試合開始!!!」
ゴングが高らかに鳴り響き、試合が始まった。だが、俺もソレイユも動こうとはしなかった。
「お前がアルフレッドか……?」
「だったらなんだ?」
「ふふふ…… なら、降参するんだな」
「俺が戦わずに逃げるようなやつに見えるか?」
「見えないな。だから、その理由を用意してやった……」
そう言ってソレイユは、観客席の方に剣を向けた。
俺がそちらに目を向けると、そこには黒いローブの男に捕らえられてる、オリヴィアの姿があった。
「オリヴィア……」
「そう怖い顔するなよ。お前が降参すれば、なにもせず解放してやる」
「そうか…… 降参してや……」
俺が降参してやろうとすると、ソレイユは俺の台詞に被せてくるように一言を加えた。
「だが、お前が負けた時、この会場の中でお前の一番大事なものが失われるだろう」
「…… どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。予言ってやつだよ」
つまり、俺には勝つことも負けることも許されないってことか。
「ふふふ、降参しないのか?」
「……」
「動かないのなら、俺が直々に負けさせてやるよ」
ソレイユは俺に徐々に近づき、剣を俺の首元に持ってきた。
そして、その剣が俺の首に触れる寸前、ゆっくり迫ってくる片手剣を、俺は剣を振って吹き飛ばしてやった。
「は?」
予想外の出来事に、ソレイユは完全に放心していた。
「試合に負けるのはまだいい。だがな、俺は勝負に負けるのは大嫌いなんだ」
俺は、完全に動きの止まっていたソレイユの腹に蹴りを入れた。
「がはっ!」
そして一歩後ろに下がり、全力の回し蹴りを顔面にお見舞いしてやった。
すると、ソレイユは蹴られた勢いで後ろに吹っ飛び、背中から地面に落ちた。
それからしばらく放心していたが、「き、貴様!?」と叫びながら勢いよく飛び起きた。
そして、観客席の方にいるオリヴィアを捕らえている奴をハッと見る。するとそこには、脚を抑えて苦しんでいるローブの男と、俺に向かって投げキッスをしているオリヴィアの姿があった。
「なぜ……」
「俺の投げナイフの実力を甘く見ていたな」
「投げナイフだと……?」
俺は回し蹴りをするのと同時に、ローブの男に向かって鋼のナイフを投げていた。
飛ぶ速度が速かったのと、蹴られたソレイユの方に視線が集まっていたため、俺のナイフを視認できたのは相当な手練れだけだろう。
そして、ナイフは見事にローブの男の太ももに命中。痛みでオリヴィアを解放した。
その後の投げキッスに関しては、なにもツッコまないことにする。
「さて、形勢逆転だな」
「クソが!」
ソレイユは、自分の服の中に手を突っ込み、犬笛のような笛を取り出す。そして、その笛を口に当て、強く吹いた。
闘技場内にピュ〜といった音が鳴り響き、その数秒後に、謎の白い煙が闘技場の全体に発生した。
魔眼で煙を確認してみると、闇魔法を含んでいる。おそらく、催眠ガスを発生させる魔道具を使ったのだろう。
煙はすぐに広がり始め、観客席をも飲み込んでいき、こちらから見えなくなった。
「ふはは! これでお前の大事なソフィア・バレンタインは貰った!」
「なるほど。狙いはソフィだったのか」
「なっ!? なぜ動けるんだ!?」
「さあ、どうしてだろうな?」
俺はただ、自分の周りの煙を魔法で浄化し続けているだけなのだが、驚いているようならわざわざ教えてやる必要はない。
しばらくソレイユと睨み合っていると、ソレイユの後ろからだんだん影が近づいて来るのが見えた。
「フハハ! よくやったぞ、ソレイダス!」
そう言って現れたのは、茶色い軍服を着た長身の男。
「あなたは……」
「久しぶりだな、アルフレッド君」
「バレンタイン伯爵……」
ソフィのお父さんだった。