勇者の敗北
Bブロックの準決勝の対決は、父様vs.新人騎士のルードさんだ。
ルードさんは、王都にある風流と言う剣術道場で、かなり優秀な門下生だったそうだ。
風流は片手剣による素早い攻撃が特徴なので、父様がどう受けて、どう攻めるかを見るのが楽しみだ。
父様ーー蝶の仮面付きーーとルードさんは互いに剣を構え、見合っている。
「それでは、Bブロック準決勝を始めます! 試合開始!!!」
試合開始のゴングが鳴った瞬間、ルードさんは父様に向かって一直線に走り出した。そして、その勢いのまま突きを繰り出した。
父様はその突きを体を横にずらして避け、剣を逆袈裟から斬り上げた。
ルードさんはそれを左手の盾で受け止め、一度父様から距離を取ろうとした。
だが父様は、ルードさんが後ろに飛んだ瞬間、重心を一気に下に落とし、前に倒れ込んだ。そして、体が重力に引かれて頭が地面に着く寸前、圧倒的な加速でルードさんに近づいた。
「なっ!?」
「フンッ!!」
父様は勢いを止めずに、全体重をかけて横薙ぎに剣を振った。
ルードさんはそれを盾で受け止めることに成功したが、まるで車に弾き飛ばされたかのように、真横に吹っ飛んだ。そして、そのまま場外まで飛んでいき、地面を転がって動かなくなった。
戦術、戦略において、形勢が悪くなれば距離を取るのは基本だ。だが、父様に対してだけは、それは決定的な隙となる。
動体視力や反射神経ではなく、相手が下がろうとするのを気配で感じ取り、気持ちが後ろに行った瞬間に超高速で接近するのだ。
とてもじゃないが、騎士団長を引退した動きとは思えなかった。
「しょ、勝者!! 謎の仮面、ああああ!! 今年も圧倒的な強さで勝ち上がっているぞぉ!!!」
観客たちの大歓声を背に、謎の仮面ああああ、もとい父様は退場していった。
「やりすぎだろ、父様。ルードさん生きてるよな?」
「す、すごいね、アル君のお父さん。今の全然見えなかったよ……」
とても四十代とは思えない身体能力だ。我が父ながら化け物レベルである。
すると、剣闘祭の治療班が裏から出てきて、担架でルードさんを運び出した。
体のどこかしらが動くたび、ルードさんは絶叫を上げていた。どんまい。
「ちなみに、俺はあれより速く動けるぞ」
「え!? そうなの!?」
「ああ、本気でやればな」
俺の場合は魔族化が進行しているため、純粋な人間とは身体能力や動体視力の差がある。そのため、本気を出せば速度は超えられるだろう。
だが、父様ほどの体格がないため、一振りであそこまで人を吹き飛ばす威力が出せるかと言われると…… 微妙なところだな。
だが、そこまでは言わない。ソフィの前ではカッコつけていたいのだ。
「次はアレックスの試合だな」
「相手は誰かな?」
俺から見て、闘技場の左側からアレックスが入場してきた。やる気は十分といった様子だ。たぶん、俺へのリベンジに向けて燃えているんだろう。父様で撃沈しないといいが。
右側の入り口から入場して来たのは、顔に悪魔のような仮面をつけた男だ。どこか不気味な雰囲気を纏っている。
「さあ、決勝に進むのは一体どちらなのか! ここで勝った者は、未だ無敗のああああ選手との対戦権を得られるぞぉ!! では、試合開始!!!」
アレックスはいつも通り長剣で、今度は堂々と短剣を腰にぶら下げている。
一方、仮面の男はピクリとも動こうとしない。だが、その両手には一本ずつ片手剣が握られていた。
「あの片手剣、かなり軽くしてるな」
「威力を落として、振りの速さを重視してる?」
「それにしても細すぎる。ほとんど細剣と変わらないじゃないか」
突き主体の攻撃方法なのだろうか? それだったら、細剣でいいと思うんだが。
アレックスと仮面の男はしばらく見合っていたが、痺れを切らしたアレックスが攻撃を仕掛けた。
一直線に突っ込み、大上段から振り下ろす。真っ直ぐでいい振り方だ。
だが、男はゆらりと風に揺れるようにして避けてしまった。
自身があった大振りを、空振ってしまったアレックスは少し動揺するが、すぐに気持ちを立て直し、再度攻勢に出た。
横薙ぎ、逆袈裟、振り下ろし、突き。連続で技を出していくが、仮面の男はすべてをのらりくらりと避けてしまった。
「なに? あの戦い方……」
「あの剣はもしかして、あの戦い方をするために作られたのか……?」
「どういうこと?」
「体をなるべく軽くするため、ふらふらしても、左右のバランス崩さないために軽くしてるとしか思えないぞ」
片手剣型であるのはリーチの調節のためか。細剣だとどうしても長くなるからな。
さっきからずっと攻め続けているアレックスは、もうかなり焦ってしまっていて、振りが雑になってきた。
まずいな。ああいう、持久力がある敵を相手にする時に焦りは禁物なんだが。
なまじ勇者だけあって、勝負が長引くという経験が少ないのだろう。長引きそうだったら魔法をぶっ放せばいいからな。
仮面の男はアレックスの大上段を再度避け、疲れと焦りによって動きが硬直した一瞬を使って、体をゆらりとアレックスの方へ持っていった。
アレックスは、仮面の男のゆったりとした動きにまったく反応できず、剣を構えようとしたところで、首に剣を当てられた。
「な、なななんと!? 勇者アレックスが負けてしまいました!! 勝者はソレイユ選手です!!!」
実況者の動揺混じりの宣言が会場には響き渡るが、誰一人として声も拍手も上げなかった。否、上げられなかった。おそらく全員が、勇者が負けるなどと思ってなかったからだ。
アレックスはその場に立ちすくんでしまい、仮面の男は出口から出て行った。
出る寸前にこちらを見た気がしたのは、俺の気のせいだろうか?
「ア、アレンが…… 負けた……」
「剣術じゃ、まだまだだな」
「なんでそんなに冷静なの!?」
「いやだって、途中から負けるってわかる試合だっただろ?」
「え、でも、いや、そうだけど……」
「なら、驚くことは何一つない。たぶん、アレックスは自分が負けた理由も察しているだろうし」
敗因は冷静さを欠いたこと。少しでも冷静に考えて、対処法を考えてれば、こんな負け方はしなかったはずだ。
アレックスもフィリップと同じく、メンタル強化が課題だな。
さて、次は俺とターニャの試合だ。準備しないとな。
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《風流》
風の如きスピードで、連続攻撃を繰り出すことを得意とする流派。
主な武器は片手剣に盾を持つスタイルだ。ただ、たまに両手に片手剣を持った、双剣スタイルの者もいる。
《火流》
一撃必殺を目標に、大上段からの一撃を得意とする流派。
主な武器は長剣。本当にごく稀に片手半剣使いも存在している。
《水流》
水の流れように受け流し、カウンターを決めることを得意とする流派。
主な武器は長剣だが、極東の方には反りのある刀を使っている者が多い。
なお、王国の周辺国には〈水流〉使いが少ない。
《アバークロンビー家の流派》
上に記載した三つの流派を織り交ぜたもので、流派の名前はない。
現アバークロンビー伯爵によって、片手半剣を効率よく扱うために作られた。
基本は〈風流〉のような連続攻撃を得意とする。だが、隙があれば〈火流〉のような一撃必殺や、〈水流〉のような受け流しまで使いこなす。
流派の設定…… この先使うのだろうか?