帰郷
俺、いや俺達は今、アバークロンビー伯爵邸に来ていた。
「「「「「「お邪魔しまーす!」」」」」」
「よくいらっしゃいました、勇者様方。今日はゆっくりしていってくださいね」
「なぜこうなった……」
本当は一人で家に行こうと思っていたのだ。しかし、オリヴィアが「…… お母様とお父様に挨拶をする」と言い出し、それに続いてアレックスが「仲間として行ってやるよ」とか言いやがり、結局は全員で行くことになったのだ。
「まあまあ、みんなでお泊りとか、きっと楽しいよ?」
ソフィは、俺に親子水入らずで話をさせようとしていたらしく、最後まで反対していたのだが、オリヴィアの「…… ソフィアだけ家族に知られてるのは、ずるい」で撃沈したのだった。
そのせいで、俺を慰めようとはしているものの、顔は、もうどうしようもないよと言っていた。
「俺にゆっくりできる時間はないのか……」
「あはは……」
ソフィは、もはや慰めの言葉すら浮かばなくなったようだ。
「いい加減諦めなさいよ」
と言って、俺の頭をポコっと殴るのは、さっきから俺に肩車されているジュリアだ。
なぜか俺はジュリアに気に入られたらしく、暇な時があるとすぐに肩車を要求してくる。国王主催の宴会の直後からなのだが、なにか好感度を上げるようなことを俺はしたのだろうか?
「アル、もしかして娘ができたの?」
「母様、例え俺に娘がいても、ジュリアじゃ成長が早すぎますよ」
久しぶりに母様の冗談を聞いた気がするな。おかげで、すごい懐かしい気持ちになった。
「私は聖剣ジュリアよ。よろしく」
「あらあら、ジュリアちゃんって言うのね。こちらこそよろしくね」
ジュリアは、俺の母様に対してかなり愛想がいいな。アレックスが起こした時は、かなり上から目線だったんだが。いや、あれは起こし方が悪かっただけか。
「立ち話もなんですし、どうぞ入ってくださいな」
母様に連れられ、俺達は家に入った。
久しぶりの我が家だ。アバークロンビー家独特の雰囲気や匂い、そのすべてにノスタルジーを感じる。
「ようやく帰って来たんだな……」
俺が感慨深く呟くと、奥の方からシャルが出てきた。
「お帰りなさいませ、お兄様」
「シャル、ただいま」
俺の言葉に、笑顔で返してくれるシャル。それは俺をこの世界に転生させた女神よりも、女神のような微笑みだった。
「さすがは伯爵邸、立派な館だな」
「お褒め頂き光栄です、勇者様」
「ああ、いや、気にしな……」
アレックスはシャルの方を向いた瞬間、顔をりんごのように真っ赤にして、固まってしまった。
「ほぅ……」
「一目惚れにゃ〜」
「ち、ちが! そんなんじゃねぇよ!」
「アル君どうする? シャルちゃん取られちゃうかもよ?」
「シャルが欲しくば、俺と父様を倒してからにするがいい」
「人の話を聞けぇ!!!」
これは意外だな。俺はてっきり、アレックスはソフィに恋してるもんだと思っていたんだが。
もしかしたらあれは恋心なんかじゃなくて、純粋な仲間意識からきていたのだろうか? そう考えると、アレックスってかなり身内を大事にしてるよな。
そういえば、俺がジュリアに迫られた時も、最初は庇ってくれていたな。
こんなことがあったが、各自泊まる部屋に行き、荷物を置いて、俺たちとアバークロンビー家の全員が応接室に集まった。
「いやはや、勇者殿、息子が世話になった!」
「ええ、まったくです。無理やりパーティに入って来ましたからね」
「それはアレックスが負けたからだろ」
「うるせえ」
なんだそれ。
「はは! 仲がいいようでよかったよ! アルは友達が少なかったからな!」
「そうだったのかにゃ」
「最初は蔑み、途中からは畏怖って感じで、誰も近づいて来なかったな」
「しかも、それを解決する寸前で、転移魔法陣に飲み込まれたんだよね」
そこからオリヴィアと出会って、勇者の仲間になってと、今までの苦労が嘘のように友達ができていったな。まあ、その分解決しなければならないことが多くなったが。
「なんで軽蔑されてたんだ?」
「魔力が少なくて、魔法が使えなかったからな」
「ああ、なるほど」
そのおかげで、魔石を食うとかいう暴挙に出れたんだがな。
「そういえば父様、お祖母様とフィリップは?」
「フィリップは今、一人で剣の練習中だ。母上は去年に死んだ」
「そうですか……」
ずっといがみ合っていたし、中は悪かったが、もうこの世にいないとなると寂しいものである。
「あとでフィリップに、剣の稽古でもつけてやったらどうだ?」
「俺の言うことを聞いてくれますかね?」
「確かに、母上とアリーチェはお前のことをいろいろ言っていたが、フィリップ自身はそこまでアルを蔑んではないぞ」
「あとで会ってみます」
アリーチェというのは、父様の妾で、フィリップの母親のことだ。訳あって、今はここにいないらしい。
それにしても、今のは本当なのだろうか? 昔の俺は兄弟として、フィリップと仲良くはしたかったんだが、お祖母様がいることでそれができなかった。
あとでちゃんとフィリップと話し合ってみよう。
「そうだ、一週間後にアバークロンビー剣闘祭があるんだ。出るか?」
「いいですね。今度は昔みたいにはいきませんよ?」
「ほぅ、自信満々だな。楽しみだ」
前の剣闘祭では、父様にボコボコにされたからな。今回はリベンジマッチだ。
「アバークロンビー剣闘祭? なんだそれ?」
「俺が開催する剣術のみを使う大会だ。勇者殿も出てみるか?」
「お、いいなそれ! オレは出るぜ!」
「短剣でも大丈夫かにゃ?」
「もちろんだ」
「なら、出たいにゃ」
「じゃあ、俺も出てみるか」
どうやら勇者たちも、全員出るようだ。
「ソフィとオリヴィアはどうする?」
「私は観戦してるね。あんまり剣は自信ないし」
「…… 剣はわかんない」
ソフィも一応細剣は使えるが、最近はほとんど使っていない。
オリヴィアはまず、剣を使ったことがほとんどないそうだ。
「私が出たら反則かしら?」
「ジュリアが出たら、相手の剣を破壊して終わるな」
「じゃあ、私も見学にするわ」
聖剣が、一領主が開催している剣闘祭なんかに出たら、明らかに反則レベルの強さになるだろう。
なにせ、魔剣を持っている人ですら、王国には数えるほどしかいないのだから。
「よし、決まりだな! 楽しみになってきたぞ!」
これは父様の剣闘祭魂に火をつけたな。今年の剣闘祭は熱くなりそうだ。特に父様と司会者が。
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夕食前に、俺は一人で外に出てきていた。
「昼からずっと剣を振ってるのか?」
「に、兄さん……」
そう、フィリップに会いに行くためである。
「久しぶりだな」
「うん……」
「もうすぐ夕飯だから、早く来るんだぞ」
そう言って、俺は家の方へ戻ろうとした。すると、フィリップに止められた。
「兄さん、待ってくれ。その…… 明日、剣術を教えてくれないか?」
「…… 俺でいいのか?」
「俺は、兄さんが無能なんだって、母さんとおばあちゃんに聞かされた。でも、どうしてもそうは見えなくて、いろいろ教えてもらおうと思ったけど、母さんに止められて、ええと、その……」
フィリップはフィリップなりに、いろいろと悩んでたんだな。
まだ言葉や感情がまとまってないみたいだが、俺が心をフィリップに近づいていけば、徐々に気持ちも整理されるかもしれない。
「わかった。明日教えてやるから、覚悟しとけよ?」
「兄さん、ありがとう! 」
「おう」
父様の言っていたことは、どうやら本当だったみたいだな。
フィリップの使っている剣も、片手半剣のようなので、アバークロンビー流の剣術をビシバシ教えてやろう。