家族
バイキングでお腹をある程度満たしてから、俺はお酒に目をつけた。こういうパーティに出る酒といえばワインだ。
俺は、ダンジョン内で既に成人しているのでお酒は飲めるのだが、前世でもビールは苦手だったので、ほとんど手をつけていなかった。だが、ワインはたまに飲むくらいには好きだった。
それなりに種類はあるのだが、赤ワインをライトで注文した。
それを一口飲む。ライトなので、あまり苦味がない。少し物足りなさを感じ、ミディアムの方がよかったかな? と思いながら、俺に外に出た。
手すりにグラスを置いて、横に移動して肘をつく。少し考えごとをしたい気分だったのだ。
なぜかというと、さっき中でアバークロンビー家を見つけてしまったのだ。父様と母様、それに妹と弟がいて、四人で楽しく食事を取っていた。
「死んだと思っていた長男が、実は生きていて、帰ってきましたってか……」
父様と母様、それにシャルは喜んでくれるだろう。だが、アバークロンビー家としてみたら、果たして良いことなのだろうか?
現在、俺は死んだことになっているだろう。そのため、後継者はフィリップだ。フィリップは魔法も魔力も有望で、それに関する噂もある程度広がっている。
それに対して、魔法が使えるようになったとはいえ、俺は無能というレッテルを貼られていたのだ。それは簡単に取り戻せるものではない。
「今更戻っても、良いことがないんだよなぁ」
月を見ながら考えに耽る。今夜は三日月の綺麗な夜だ。
ふと思い出したのだが、三日月には意味があったな。確か、成長と再生の象徴だったか。
成長か…… 俺は確実に成長しただろう。ダンジョンの中でも諦めずにここまで来れたし、勇者に協力して、魔王を倒すために今も頑張っている。
両親は褒めてくれるだろうか? 流石はアバークロンビー家の長男だと、俺の息子だと。きっと、それ以上に怒られるのだろうな。いつも危ないことに首を突っ込んで、とかな。
なら家族は、俺の体が変化してしまったことを受け入れてくれるだろうか? 生きるためだから仕方ないとはいえ、体の四分の一が魔族になったと言って、俺のことを息子と思ってくれるだろうか?
それが怖くて、俺は家族に声をかけられない。
次に再生。これが俺に当てはまるかはわからないが、俺がアバークロンビー家へ復活することでも示唆しているのだろうか?
勇者パーティの一人が、アバークロンビー家の長男だったと言えば、もしかしたら戻れるかもしれない。いや、それで魔力を得るために魔石を食べて魔族になりました。なんて言ったら、殺されてしまうな。
だが、これは言わなくても、俺の体を少し調べればわかることだ。例えば、この左目を確認する、とかな。
俺はワインを一口飲み、グラスを回した。こうすると、ワインが空気中の酸素と結合し、味が変化するのだ。
ワインが開いたところで、もう一度飲む。さっきよりも、香りが強く感じられた気がした。
「年甲斐もなくホームシックなのかねぇ」
とはいえ、俺はまだ十七歳だった。婚約者がいつも一緒にいるとはいえ、家族が恋しくなっても仕方ないと思う。
そういえば、俺はなんのために戦っているんだったか…… ああ、そうだ。クラリスの努力を無駄にしたやつらを倒すためだ。
…… そんなのは、ただの言い訳だな。
ただ、人間と魔族が絶対に相容れない関係なら、四分の一が魔族の俺は、一体なんなんだろう? この秘密がもし、誰かにバレてしまったら、俺はどうなるんだろう? 人間からは魔族扱いされ、魔族からは人間扱いされる生物に、居場所なんてあるのだろうか?
俺はただそれを恐れて、クラリスの一件により、人間と魔族の協力の可能性を台無しにした魔王を倒そうとしている。
家族のことも、魔王のことも、結局は自分の居場所を失わないようにしているだけなのだ。
「魔族と人間が協力し合えば、こんなものは解決するんだがな」
外の冷えた空気を吸って少し落ち着いてきたので、中へ戻ろうとした。すると、俺の目の前に立ち塞がる人がいた。
「ソフィ……」
「こんなところでどうしたの?」
「少し考えごとをしていてな」
「考えごとは、もう終わった?」
「ああ、大丈夫だ」
「それじゃあ、少し会わせたい人がいるんだけど、いい?」
「もちろん」
「それじゃあ、少し待っててね」
そう言って、ソフィは中に戻っていった。
俺はもう一度手すりに肘をついて、ワインを飲みながら待つ。久しぶりに、バレンタイン伯爵にでも会わせてくれるんだろうか?
そういえば、なぜソフィが貴族位を捨てたのか聞いたことないな。
しばらくすると、ソフィが人を連れて戻って来た。俺は振り向いて、ソフィの連れてきた人たちを見る。
「……っ」
そして、俺は思わず息を呑んだ。
そこには、こちらに微笑んでいる両親がいた。
「アル、久しぶりだな」
「父…… 様」
言葉を口にしてからハッとする。さっきアバークロンビー家へ戻るか、悩んでいたばかりじゃないか。
「やっぱり、アルなのね……」
母様の言葉に俺は咄嗟に返事ができず、目を逸らしてしまった。
もう家族には、俺が生きているということがバレているのか。知らないふりをした方がいいだろうか? それとも……
「アル君」
ソフィに声をかけられ、そちらに顔を向ける。
「大丈夫だよ」
ソフィは、俺に向かって優しく微笑んだ。
もしかするとソフィは、俺が家族のことで悩んでいるのを知って、両親をここに連れてきたのかもしれない。
そう思うと、家族と距離を取ろうとしていた自分が、馬鹿らしく思えてきた。
せっかくソフィが用意してくれた場だからな。いつまでも逃げてないで、しっかり家族と向き合わないといけない。
「父様、母様…… ただいま」
その言葉を言った途端、帰ってきたんだという喜びが込み上げてきた。
「アル!」
母様が俺に抱きついて来たので、俺はそれを受け止める。母様はそのまま泣き始めてしまった。
「アル、大きくなったな」
「三年経ちましたからね」
「よく帰ってきた。おかえり」
父様からは、お褒めの言葉を頂いた。
母様はしばらく泣いた後、俺から離れて笑顔でおかえりと言ってくれた。
久しぶりに会った両親は優しさに溢れていて、俺も少しだけ泣きそうになってしまった。
「長い間、ご心配をおかけしました」
「生きていたんだから、別にいいさ」
そんなことを言ってはいるが、かなり心配してくれたのだと思う。父様は、昔から強がりで心配性だったからな。
「それでお前、家に戻ってくる気はあるのか?」
「このパーティが終わったら、一度アバークロンビー領に戻ります。それはその時に話しましょう」
「そうか。その言い方だと、戻ってくる気はないんだな」
「ええ、俺にもいろいろとありまして」
さすがに領主を務めるとなると、勇者とともに自由に動けなくなってしまう。それだと、俺の目的が達成できないため、アバークロンビー家に戻るわけにはいかない。
「アル、帰ってきたい時はいつでも帰ってくるのよ?」
「ありがとうございます、母様。ところで、シャルにも会いたいのですが」
「わかったわ。今連れてくるわね」
母様はシャルを迎えるために、父様を連れて中に戻って行った。外には、俺とソフィが取り残された。
「ソフィ、ありがとな」
「どういたしまして」
「俺が悩んでたことわかってたのか?」
「アル君の悪いところは、全部一人で抱え込むところだからね。なんとなくだけど、わかってたよ」
「ソフィには敵わないなぁ」
ソフィは、俺のことなら俺以上に知ってるな。いつも心を読まれている気がする。
こうやって、俺のことをわかってくれる人がいるのだ。これからは、こういう大切な人たちを守るために頑張ろう。