あり得なかったこと
「なに言ってるんだお前! アルフレッドは俺たちの仲間だぞ!」
俺はいつのまにか、アレックスに仲間判定されていたらしい。
「へぇ、いつから勇者は魔族を仲間に加えるようになったのかしら?」
どうやら聖剣は、俺の体を魔族と判定したようだ。まあ人型なのだし、理性はあるし、魔物と判定されることはないか。
「アルフレッドが魔族だって言いたいのか!?」
「そうよ。あなた、その眼帯外したら?」
俺は左目につけていた眼帯を外し、それを全員に見せた。
「嘘だろ……」
「眼が、赤いにゃ……」
「アルフレッド、てめぇ! 俺たちを騙してたのか!?」
アレックスは、俺の胸ぐらを掴んで叫んだ。
「アレン、落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるか!」
ソフィがアレックスを止めに入るが、アレックスの怒りは収まらない。
別に騙していたつもりはないし、心は人間のつもりだ。魔族側に寝返る気など、まったくもってない。
「聖剣ジュリア、お前から見て、俺はどのくらい魔族になってる?」
「え? ああ、あなたクォーターなのね」
クォーターということは、四分の一は魔族化しているんだろう。どうやら、まだ四分の三は人間のようだ。
それにしても、話くらいは聞いてくれるらしいな。いきなり襲って来たりしなくてよかった。
「いや、俺はクォーターじゃない」
「なら、ハーフなの? それにしちゃ薄いと思うんだけど……?」
「ハーフでもないぞ。俺は元は人間だ。体内に魔石を取り込んで、体が魔族化したんだ」
「それはあり得ないわ。生物が魔石を食べて、生きているわけがないもの」
これは事実なんだがな。まあ、信じがたいのはわかった。だったら、証拠を見せてしまえばいい。
「なら、今ここで魔石を食べれば信じるか?」
「ええ、それなら信じるわ」
だったら話は早い。
「アレックス、Aランク以上の魔石を持ってるか?」
「…… 本当に魔族の刺客じゃないんだろうな?」
「疑うのなら、後で俺を拷問にでもかければいいさ。そんなことより、早く魔石を寄越せ」
「…… わかった。これでいいか?」
アレックスが渡して来たのは、Aランク相当の大きさの魔石だ。
「アル君、大丈夫なの?」
ソフィにはすべて伝えているのだが、さすがに目の前で食べるとなると、心配になるのだろう。
「ああ、数百個は食べたからな」
「…… ソフィア、大丈夫」
オリヴィアは、俺がクラリスのダンジョンで魔石を食べているところを近くで見ていたので、心配していないのだろう。
俺はあぐらをかいて座り、魔石を噛みつく。そのままバリバリと砕いて飲んでいく。
食べ終わってしばらくすると、魔力が暴れ始めた。それを魔力操作で抑えて、無理やり体内を循環させる。
いずれ、魔力は自然に循環し始め、俺の状態は元に戻り、魔石一個分の魔力が増加した。
立ち上がってジュリアを見ると、目を見開いて止まっていた。
「嘘…… 魔力の暴走を、無理やり抑えつける人間がいるなんて……」
俺以外に成功させた人を見たことがないため、どのくらいすごいことなのかがわからない。だが、聖剣を驚かせるには十分だったようだ。
ジュリアは俺に近づいて来て、俺の体を見渡した。
「…… 魔族化がさっきよりも少しだけ進んでる。あなた、本当に人間だったの?」
「俺の魔族以外の部分が人間なら、人間だったんじゃないか?」
「なら、あなたの魔力のうち、魔石で増えたのはどれくらいなの?」
「九十九パーセント以上魔石で増やしたな」
「……」
ジュリアは、呆気にとられたような顔になる。
「これで信じてもらえたか?」
「…… ふふ、ふふふ! あははは! あなた面白いわね! 信じるわ、あなたは人間よ!」
どうやら、ジュリアには信じてもらえたらしい。
俺は眼帯をつけ直し、アレックスに向き合った。
「聖剣は信じてくれたが、お前はどうだ?」
「紛らわしいことするんじゃねぇよ! というか、最初からそのことを話しやがれ!」
アレックスにも信じてもらえたようだ。最初から話していたら、おそらくジュリア抜きで同じことをしていただろうが、一応これで一件落着だ。
「よかった……」
ソフィも、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「心配かけて悪かったな」
「ほんと、いつもアル君は、私に心配ばっかりかけさせるんだから。気をつけてよね!」
「はは、言い返す言葉が見当たらないなぁ……」
気をつけていても、なぜか俺の周りには厄災が降りかかってくるんだよな。
「そういえば、どうして魔石を食べたのにゃ?」
「ああ、それはオレも気になるぜ」
「俺はついこの前まで、あるダンジョンにいてな。そこで左腕を失って、死にかけたんだよ」
「にゃにゃ、いきなり話が重くなったにゃ」
「それで、魔力がほとんどなかった俺は、魔石を食って魔力を増やそうとした。魔力さえあれば、失った左腕も、血も再生できるからな」
「それで、その賭けに勝ったのね。大した男だわ」
ジュリアは、言葉では褒めているが、口調は完全に呆れの感情を含ませていた。ただ、魔石を食べる以外に、いい方法が思いつかなかったからな。
「…… そのおかげで私も救われた」
「どういうことだ?」
「私もそのダンジョンで死にかけて、アルフレッドの魔法で助けられた」
これが結果的に、二つの命を救ったわけだし、現魔王の情報まで持ち帰って来たのだ。賭けは大勝利といっても過言ではないだろう。
「アルフレッドはすげぇなぁ……」
「勇気があるにゃ」
ランベルトとターニャにも褒められた。今日はずいぶんと持ち上げられるな。
だが、そんなことよりも俺にはアレの情報が欲しい。
「ジュリア、これがなんだかわかるか?」
俺は、一つの黒い玉を取り出した。
「それは、精霊結晶ね……」
ジュリアは、少し悲痛そうに答えた。
「これの正体を教えてくれ。あんたならわかると思うんだが」
精霊の知識に、俺の体が魔族になっているとわかるほどの眼を持った聖剣なら、この精霊結晶の正体もわかると思ったのだ。
「…… それは、人間に閉じ込められた精霊よ」
「どうやって閉じ込めているんだ?」
「封印魔法によって、精霊結晶にされてしまったのよ」
人間が使う封印魔法に、精霊の閉じこめるようなものがあったのか。どの魔法辞書を見ても、そんな魔法が載ってなかったところを見ると、禁術なのかもしれない。
「解放する方法はないのか?」
「やめておいた方がいいわ。精霊結晶は、精霊の恨みによって黒さが変わっていく。つまり……」
「この精霊結晶には、膨大な怨念が閉じ込められているってことか?」
「ええ、しかも私の眼で見る限り、その精霊の力も驚異的なものよ。私を超えているかもしれないわ」
聖剣に宿っている精霊よりも強力な力を持った精霊が、人間に対して恨みを持って閉じ込められている。
「となると、解放した瞬間に王都は……」
「地図の上から消えてなくなるわね」
沈黙がその場を支配した。俺は、なんという危険物を持ってきてしまったんだろう。
「でも、解放しなければ問題ないんだろ?」
「その状態だと、自分の力で脱出してもおかしくないわ」
「はぁ、まあいい。とりあえず、俺が持っておけばいいだろ?」
またこれが、厄災のタネになるかもしれないが、そんなことは起こらないと信じたい。
俺たちは、雰囲気が暗くなってしまったため、一度解散した。