褒美
王都の宿屋で、ソフィとオリヴィアとともに一泊した。かなり疲れていたため、ベッドに入った瞬間に寝てしまった。
「…… ん? もう朝か……」
鳥のさえずりと朝日で目が覚める。右腕にはオリヴィアが絡みついていて、動かすことができなかったが、左腕は楽な状態だった。
「あっ、アル君おはよう」
「ああ、おはよう。今朝は早いな」
「なんか、目が覚めちゃって」
昨日はずっと興奮状態にあったからな。俺は疲れが勝って深い眠りにつけたが、早く目が覚めても不思議じゃない。
ソフィはこちらに来て、横になっている俺の顔に、自分の顔を近づけてきた。
「ねぇ、アル君。昨日は、状況に流されてちゃってできなかったけど…… キスしてもいい?」
「ああ、心の準備はできてるぞ」
実を言うと、俺とソフィはまだキスをしたことがない。貴族だったため、結婚までお預けをくらっていたのだ。
だが、既に俺もソフィも貴族ではない。俺は怪しいところだが、おそらく死んだことになっているので大丈夫だろう。そのため、キスをしようがなにをしようが問題ないのだ。
ゆっくりとソフィと顔が近づいて来て、もうすぐで唇が重なりそうだ、という所まで来ると
「ちょっと恥ずかしい……」
と、少し顔を離してしまった。
「ソフィ」
「ごめんね、アル君。次はがんば…… ん!?」
俺はソフィの首に腕を回し、強引に引き寄せて唇を奪った。いきなりで驚いたソフィは少しの間ジタバタするが、やがて落ち着き、体の力が抜けていく。
しばらく唇を重ね合って、一度離す。
「アル君……」
「次はソフィからしてみろよ」
俺は自分の唇をソフィに向けて、目を閉じた。しばらく深呼吸の音が聞こえたが、覚悟を決めたのか、ソフィの方から唇を合わせてきた。
俺は、緊張で少し震えているソフィの唇を、自分の唇で挟む。
「んむっ!?」
ソフィは驚いて少し硬直するが、次第に慣れ始め、俺の唇を挟んで動かしてくる。
互いに唇を挟んで動かしあったり、一度離して、もう一度しゃぶりついたりする。
「んっ、はぁ、あむっ、ふぅ」
可愛らしくも必死な声が、すぐ近くで聞こえる。俺はそんなソフィの頭を撫でつつ、しばらくキスを楽しんだ。
「んん〜」
すると、オリヴィアが寝返りをして、俺の腕から落ちた。少し右手が痺れているので、おそらく寝ている間ずっと腕に乗っていたんだろう。
「これ以上は起こしちゃいそうだし、やめとこっか」
「それは残念。できることなら、ずっとしてたかったな」
「ふふ、また今度にしようね」
そう言って、ソフィは俺の胸に顔を埋め、背中に手を回した。俺もつられて、ソフィの背中に両手を回す。
「初めてのキスはどうだった?」
「…… 最高だった」
「それはよかった」
俺も今世ではファーストキスだ。ソフィに最高という判定を頂いたので、前世の経験を役立でた甲斐があったな。次にする時は、もっと大人のキッスを教えてやろう。
しばらくの間ソフィと抱き合っていると、オリヴィアが起きた。そしてこちらを見て、開口一番に
「…… ずるい」
と言って、俺の近くにもぞもぞと寄って来た。
「オリヴィア、右半分貸してあげるよ?」
ソフィは俺の上で動いて、左側にずれる。
「…… ありがと」
オリヴィアは、開いた胸に顔を埋めた。
「結局、寝る前と格好が変わらないじゃないか」
「これが一番落ち着くからね」
「…… 安心する」
それから朝食の時間まで、その状態でいたのだった。
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朝食を食べ終え、勇者たちと合流しようと宿屋を出ると、豪華な馬車が待機していた。
「なんだこれ?」
「…… 王族専用の馬車?」
すると、馬車から執事らしき初老の男性が降りて来た。
「お迎えに上がりました。アルフレッド様、ソフィア様、オリヴィア様。国王がお呼びですので、馬車にお乗りください」
どうやら、王様直々に感謝の言葉を伝えられるらしい。
馬車に乗り込むと、中には既に勇者一同が待っていた。
「どうやら、俺とオリヴィアも勇者パーティの一員と見なされたみたいだな」
「ふん、入れた気はないんだがな」
「…… どっかの誰かが負けたから、私たちが入ってあげてる」
「なに!?」
「落ち着け、これから王の御前に出るんだぞ。オリヴィアもこんな時に煽るな」
「…… ごめん」
それからしばらく街道を走り、王城に到着する。すると、馬車の出入り口が開き、降りるように言われた。
「こんなに間近で王城を見るのは初めてだな」
「私たちは一度挨拶に来たことがあるにゃ」
「それってもしかして、各国を回ったのか?」
「当たり前にゃ」
勇者の仕事も大変なんだな。各国のトップに挨拶して回るとか、時間も労力も精神力もかなり必要になるだろう。
「こちらでございます」
執事に案内され、王の間の扉の前に来る。
「くれぐれも、失礼のないようにお願い致します」
「ええ、承知しております」
勇者が、執事に対して敬語で話した。その落ち着いた話し方ができるなら、普段からそうしてればいいのに。
執事が扉をゆっくりと開ける。そこにはレッドカーペットが敷いてあり、その先にはラント国王が王座に座っていた。周りには臣下が控えており、騎士団長や魔法師団長などもいる。
ちなみに騎士団長は世代交代したらしく、父様ではなかった。
俺たちはレッドカーペットの上を進んでいき、王座の少し手前で膝をついて頭を垂れた。
「顔を上げよ、勇者たち」
国王の一言により、顔だけを上げる。
「この度は、魔族の討伐と王都の防衛。誠に見事であった」
「はっ」
勇者が代表して、返事をした。
「褒美として、我が宝物庫から好きな物を一つ持っていくとよい」
「ありがたき幸せ」
国王との謁見はこれだけだった。王が一方的に話し、褒美を決めて終わる。まあ、形だけしっかりしている、というやつだな。
その後、執事に宝物庫に連れて行かれた。持って行ってもいい物が一つだけなのは、教国に力を与えることを嫌ってのことだろう。だが、褒美はあげなければならないため、一つだけにしている。
「アル君、どんなのがあると思う?」
「さぁな、聖剣とかあるんじゃないか?」
大陸一の国の宝物庫だし、なにがあっても不思議ではない。
俺たちは宝物庫にたどり着き、執事が大きな扉を開けた。
「こちらから、お好きな物をお選び下さい。終わりましたら、私にお声をかけてください」
そこには、数々の宝石や金が煌びやかに置かれていた。魔眼を凝らしてみると、聖剣や魔剣、伝説の魔道具らしき物まである。
「うわぁ、これはすごいなぁ」
「…… 魔剣、初めて見た」
「ああ、聖剣もあるぞ」
なにがあってもおかしくないとは思っていたが、本当になんでもあると驚いてしまう。
軽く辺りを見渡して、みんなの様子を見てみる。すると、勇者はさっそく聖剣に惹かれていた。聖剣は、勇者のために作られたような武器なので、興味を持つのは当然と言える。
ターニャとランベルトは、魔道具類を見ていた。この二人はできることが限定されているので、魔道具で対応力を身につけたいんだろう。
ソフィは、魔導人形に興味を持っていた。一人で遠距離も近距離も、戦えるようにするためだろうか?
オリヴィアは、さまざまな錬金術が書かれている書物に目をつけていた。魔法よりも錬金術がいいらしい。さすがは錬金バカなだけはある。
そして俺は、黒く小さな精霊結晶を見つけた。剣士なら、魔剣の一つでも貰うべきなのだろうが、なぜかその精霊結晶が気になってしまう。
各自いろいろと悩んだが、全員欲しい物が決まり、王城から出てきた。出る時に執事には、一週間後の宴会に参加して欲しい、という事を言われた。ドレスなどは用意してくれるそうだ。
果てさて、なぜ俺は精霊結晶を貰ってきたんだろうか?
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《魔剣》
魔剣とは、剣に精霊が宿り、魔力を生成する剣のことである。
魔石を持った生物と同じで、時間経過で魔力が回復し、その剣に宿った精霊の属性の魔法を、剣の魔力を消費することで発動できる。
他にも、魔力伝導率がミスリル以上に上がったり、剣自体の硬度や上がり、壊れにくくなったりと、副次効果もある。
《聖剣》
聖剣とは、五つの基本属性以外の精霊が宿った剣のことである。
主に人々の願いや、想いによって発生する精霊が剣に宿っているため、通常の魔剣よりも高い効果を発揮する。
本質は魔剣と同等であるが、最大の違いは、剣自体に意思があることである。
《魔導人形》
魔力で動く人形。高価な物で、ほとんどは二十センチ程の小さな人形だ。
ただ、戦闘用に開発された物もある。さまざまなギミックや、魔法を発動させたりもでき、なおかつ丈夫にできているため、汎用性が高い。
だが、大きくなるほど魔力消費が上がって行くので、戦闘用の魔力の消費量はかなりのものとなる。
《精霊結晶》
精霊に関係する謎の結晶。その全容は不明。