表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/169

忘れられるとは、心外だな

 俺たちは森の中を走っていき、魔導砲の元へたどり着いた。


「クソ!もう勇者が来やがったか!おい、お前ら!早く殺せ!」


 魔導砲の操作をしていると思われる吸血鬼の男が、苛だたしそうに眷属の吸血鬼に命令を出した。

 眷属の数は三十人程度だ。そして、俺たちは三人しかいないが、実力ではまったく問題ないだろう。ただの時間稼ぎにしかならないな。


「〈サンダースパーク〉」


 アレックスが、中級の雷魔法を発動させた。すると、眷属たちの間に雷が流れ、次々に倒れていく。それだけで、ほとんどの吸血鬼が戦闘不能になってしまった。魔法一発で片付けるとは、さすがは勇者だな。


「ザコじゃ相手にならないぞ」

「チッ!エマ、時間を稼げ!!」


 アレックスの言葉にさらにイラついた様子の吸血鬼は、エマという魔族に指示を出した。


「あなたたちが、ハントを殺したのね……」


 こちらに憎悪の目を向けながら、女の人狼が前に出てきた。


「ハントって誰だ?」

「〈瘴気の谷〉で自爆したやつだ」

「ああ、あいつか」


 同じ人狼が死んだことにより、俺たちに恨みができたのだろう。牙をむき出しにして、爪を立てている。


「今すぐ死になさい!」


 と言って、人狼はこちらに突撃した来た。スピードはかなり速い。

 エマは右手を引き、アレックスに向かって突き出した。アレックスはそれを横に避け、振り向きざまに剣を振る。

 人狼は大きく後ろに飛んでそれを避け、もう一度助走をつけてアレックスに突進した。どうやら徹底的に勇者を狙う気らしい。

 ランベルトはアレックスと人狼の間に入り、大楯で爪を食い止める。完全に受け止めると、片手剣を袈裟斬りに振った。

 人狼は体を捻って剣を避け、盾に思いっきり蹴りを入れた。蹴りによってランベルトは体勢を崩し、横に転がる。

 後ろにいたアレックスは、転がったランベルトを避け、人狼に向けて上段から剣を振り降ろした。

 人狼は紙一重で一撃を避けたかに見えたが、胴を浅く斬られたようで、血を流していた。

 俺はアレックスたちの攻防を横目に、魔導砲を操作している吸血鬼の所に突っ込んで行く。

 わざわざ人狼に付き合ってやる気はない。魔導砲の発射を止めれば、こちらの勝ちなのだから。


「眷属!あいつを止めろ!」

「命令ばっかりじゃなく、自分で戦ったらどうなんだ?」


 十人程の眷属が出てくるが、すれ違いざまに斬っていく。だが、数が多いため、少し時間がかかってしまった。

 そして、俺が吸血鬼の元にたどり着いた頃には、魔導砲が激しく発光し始めていた。


「ふははは!発射準備が完了したぞ!」

「間に合わなかったか」

「あとは貴様らを殺して終わりだ!」


 吸血鬼は戦闘体勢に入ったのを見て、俺はそこに突っ込んで行く。

 そして、剣の間合いに入る寸前に光魔法で閃光を作った。突然の目くらましに視覚を奪われた吸血鬼は、他の感覚で俺を探そうとするが、もう遅い。

 俺は吸血鬼を縦に両断してすり抜け、振り返りつつ横に薙ぎ払った。十字に斬られた吸血鬼は動かなくなり、俺は急いで魔導砲に向かう。

 吸血鬼が死んだことに気がついた人狼は


「次は絶対に殺すわ」


 と言い残し、即座に撤退を開始した。森の中に姿を消し、気配も感じさせないようにしている。さすがは魔族、どいつも戦い慣れてるな。


「逃すか!」

「追わなくていいぞ、アレックス」

「なぜだ!?」

「魔導砲が優先だからだ」


 俺は魔導砲の操作を魔力でハッキングし、主導権を握った。

 魔導砲は大きな魔道具という扱いなので、途中の回路を壊してしまえば止められると思ったが、どうやらそうはいかないらしい。


「無理やり壊しても、阻止できないように細工しているな」

「発射を止められないのか!?」


 まさか魔族に魔道具を弄れるやつがいるとは、なかなか侮れんな。


「この大砲の外側をぶっ壊せないのか?」

「おそらく無理だな。集めた魔力で防御壁も作っている」


 となると、俺たちにできることは一つだけだな。


「なら、どうする?」

「魔法をぶつけるしかないな。急いで魔法師団と合流しよう」

「また戻るのかよ!?」

「文句を言うな」


 ✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽


 俺たちは魔法師団に、状況とやるべきことを説明した。

 魔導砲を解析してみたところ、発車まであと三十分はあることがわかった。魔道具が大きい分、魔力を溜めて形にするのに時間がかかるのだろう。

 そのうちに、使う魔法とタイミングを決める。

 しばらくの話し合いによって、魔法は風魔法と水魔法に決まった。タイミングの方も、指揮官が合図をするようだ。

 俺は攻撃系の魔法が使えないので、王都で魔道具の準備を進めている。

 その魔道具とは、俺の使う〈シールド〉を組み込んだものだ。魔石は、初代魔王のダンジョンに住んでいた、Sランクの魔物のものを使って発動させる。

 魔法師団のいる所から王都までの約一キロの間に、これを三つ設置した。これで対策は万全だ。


 準備が完了すると、すべての魔法師が一箇所に集まり、魔法の準備を始めた。

 しばらくして魔導砲が赤く輝き出し、魔力の高まりが空気を揺らし、ビリビリとした感覚を浴びせてくる。


「総員、構え!!!」


 指揮官の声により、魔法師団の魔法が次々と完成していく。

 同時に魔導砲の輝きがどんどん強くなっていき、光が砲身に向かって集まっていく。

 あまりに強い輝きにより、砲身が一瞬見えなくなったと思った瞬間、凄まじい爆音とともに、熱によって赤くなった球体が発射された。


「撃てぇ!!!!!」


 指揮官の叫び声が、果たして何人に聞こえたかはわからない。だが、全員の気持ちが一つになっていたのだろう。ほとんど同時に、すべての魔法が発動した。

 驚くべき速度で王都に迫って来る砲弾に、絶え間なく魔法が飛んでいく。

 水魔法により焼けた砲弾を冷やし、風魔法により威力を削いでいく。

 だが、砲弾はそんな魔法を物ともせず、王都に向かって一直線に進んできた。

 そこに、オリヴィアの〈テンペスト〉が直撃する。若干だが威力を削がれたところに、追加でソフィの最上級の氷魔法〈ニブルヘイム〉が当たった。

 この二つの魔法により砲弾は大きく威力を失うが、それでもまだ滞空しており、王都に向かって飛んできた。

 だが、魔法師団を抜けた先には、俺の設置した魔道具による〈シールド〉三枚が展開している。

 シールドの一枚目はあっさりと破られ、二枚目で少し止まる。だが、それも数秒持ち堪えただけで破られた。最後の三枚目に砲弾が当たる。

 魔法師団は皆、同じことを願っているだろう。あのシールドだけは絶対に壊れないでくれと。

 最後のシールドは衝突に耐え、砲弾を受け止め続けていた。だが、少しずつヒビが入っていくのが見える。

 砲弾の当たっている部分から始まり、徐々に広がっていくヒビ。

 そして、ヒビが全体に入りきった時、ガラスの割れるような音とともにシールドは破られた。

 砲弾が王国に向かって進み続けるのを見た魔法師団や騎士団は、絶望の表情を浮かべている。

 砲弾が王都の門の上を通り過ぎようとした瞬間、そこには四枚目の〈シールド〉が展開されていた。

 突然の魔法の発動を見た全員の顔が、驚きの表情に変わる。ここまで表情がコロコロと変わると、なんだか面白いな。


「それにしても、俺自身を忘れられるとは心外だな」


 確かに設置した魔道具は三つしかない。だが、その魔法の元は俺の魔法だ。つまり、俺だってシールドを使って砲弾を受け止めることができるのだ。

 魔道具に使った魔石は、すべてSランクの魔物の物を使用していた。そのため、魔石の魔力を使い切るか、発動したシールドの硬度以上の衝撃が加われば破壊されてしまう。

 俺が魔道具を介さずに砲弾を受けようとしたら、俺の〈シールド〉はあまりにもたやすく壊れていただろう…… だが、魔道具と味方の支援により威力を失った砲弾を止めるのなら、俺にとっては造作もないことだ。

 なぜなら俺の体には、Sランクの魔物数百体分の魔力が備わっているのだから。

 俺の膨大な量の魔力を前に、砲弾は徐々にその威力を落としていった。形状を維持する魔力を失いつつある砲弾は、いつしか完全に止まりきり、砲弾の形を保ち続けていた魔力が霧散した。


「「「「「「「「と、と、と……止まったぁぁぁ!!!!!!」」」」」」」」


 草原は、そこにいた人すべての喜びの叫びによって埋め尽くされた。

 そんな中、勇者パーティとオリヴィアがこちらに走って来ているのが見えた。


「アル君!」

「……アルフレッド!」

「うお!?」


 俺は、ソフィとオリヴィアが飛びついてきたのを、両手を広げて受け止めた。


「二人ともよく頑張ったな」


 頭を撫でながら褒めてやった。二人の魔法がなければ、今頃王都は焼け野原になっていただろう。


「アル君も、お疲れ様!」

「……よくできました」


 俺も同じように、二人に頭を撫でられながら褒められた。


「ありがとな、二人とも」

「……ソフィア、これはもうアルフレッドに、ご褒美のちゅーをあげるしかない」

「え!? わ、わかった。アル君、私頑張るね!」


 ちょっと待て。展開が急すぎてついていけないんだが?

 というか、この世界でご褒美にキスする習慣なんてないからな。ソフィが戸惑ってるじゃないか。

 なんて考えているうちに、二人の唇が迫って来た。おい、俺の唇は一つだぞ。順番くらい考えろ。だが、これも悪くないな。

 俺は目をつむり、二人に顔を近づける。片頬ずつに貰えばいいだろう。


「……ちょっと待てぇぇいっ!!!」

「なんだ? アレックス」

「なんだ? じゃねぇよ!? こんな所でふしだらなことをするんじゃねぇ!!!」


 …… まあ、この世界では結婚までキスは取っておくものだからな。ふしだらと思われても仕方ないが、わざわざ止めることはないだろうに。


「……キスくらいで大袈裟」

「キスくらいってなんだよ!?」


 オリヴィアとアレックスの睨み合いが発生する。もう少し仲良くすればいいのにな。


「アレン、それはないにゃ〜」

「せっかくいいところだったのにな!」

「お前らは黙ってろ!!」


 ターニャとランベルトは意外と寛容だよな。まあ、若干アレックスをからかっている感はあるが。


「そんなことより、騎士団と魔法師団のやつらに勝利宣言をしたらどうだ?」

「…… お前に言われなくてもわかっている!」


 あの様子だと、完全に忘れていたな。まあ、少しおふざけが過ぎてしまったし、やむを得ないだろう。

 アレックスは門の前に立ち、草原の方を向いて大きな声で叫んだ。


「魔族の進行は、我ら勇者が防いだ! 我々は王都を守り抜いたのだ!! この戦、我々の勝利だ!!!」

「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」」」


 勇者の勝利宣言により、草原は再び熱狂に包まれた。


「アル君、やっと終わったね」

「いや、俺の仕事はまだ残ってるぞ」

「……なにかあった?」


 俺は自分の魔力を、草原全体に広げていく。


「〈エリアヒール〉」


 俺は、騎士団や魔法師団。それに兵士や傭兵、冒険者たちの傷をすべて癒した。

 大軍勢だったため魔力をかなり消費したが、なんとか全体に行き渡らせることができた。


「…… アルフレッドは優しい」

「俺にできることは、防御と回復と剣を振ることだけだからな」


 久しぶりに魔力を大量に消費したため、倦怠感が襲ってくる。今日はゆっくり休んで、疲れを取り除こう。

 やはりソフィとオリヴィアも、一緒に寝るのだろうか?


 回復した体力のせいで、その後しばらくは熱狂が止まず、王都に帰ったのは日が暮れてからだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ