忘れられるとは、心外だな
俺たちは森の中を走っていき、魔導砲の元へたどり着いた。
「クソ!もう勇者が来やがったか!おい、お前ら!早く殺せ!」
魔導砲の操作をしていると思われる吸血鬼の男が、苛だたしそうに眷属の吸血鬼に命令を出した。
眷属の数は三十人程度だ。そして、俺たちは三人しかいないが、実力ではまったく問題ないだろう。ただの時間稼ぎにしかならないな。
「〈サンダースパーク〉」
アレックスが、中級の雷魔法を発動させた。すると、眷属たちの間に雷が流れ、次々に倒れていく。それだけで、ほとんどの吸血鬼が戦闘不能になってしまった。魔法一発で片付けるとは、さすがは勇者だな。
「ザコじゃ相手にならないぞ」
「チッ!エマ、時間を稼げ!!」
アレックスの言葉にさらにイラついた様子の吸血鬼は、エマという魔族に指示を出した。
「あなたたちが、ハントを殺したのね……」
こちらに憎悪の目を向けながら、女の人狼が前に出てきた。
「ハントって誰だ?」
「〈瘴気の谷〉で自爆したやつだ」
「ああ、あいつか」
同じ人狼が死んだことにより、俺たちに恨みができたのだろう。牙をむき出しにして、爪を立てている。
「今すぐ死になさい!」
と言って、人狼はこちらに突撃した来た。スピードはかなり速い。
エマは右手を引き、アレックスに向かって突き出した。アレックスはそれを横に避け、振り向きざまに剣を振る。
人狼は大きく後ろに飛んでそれを避け、もう一度助走をつけてアレックスに突進した。どうやら徹底的に勇者を狙う気らしい。
ランベルトはアレックスと人狼の間に入り、大楯で爪を食い止める。完全に受け止めると、片手剣を袈裟斬りに振った。
人狼は体を捻って剣を避け、盾に思いっきり蹴りを入れた。蹴りによってランベルトは体勢を崩し、横に転がる。
後ろにいたアレックスは、転がったランベルトを避け、人狼に向けて上段から剣を振り降ろした。
人狼は紙一重で一撃を避けたかに見えたが、胴を浅く斬られたようで、血を流していた。
俺はアレックスたちの攻防を横目に、魔導砲を操作している吸血鬼の所に突っ込んで行く。
わざわざ人狼に付き合ってやる気はない。魔導砲の発射を止めれば、こちらの勝ちなのだから。
「眷属!あいつを止めろ!」
「命令ばっかりじゃなく、自分で戦ったらどうなんだ?」
十人程の眷属が出てくるが、すれ違いざまに斬っていく。だが、数が多いため、少し時間がかかってしまった。
そして、俺が吸血鬼の元にたどり着いた頃には、魔導砲が激しく発光し始めていた。
「ふははは!発射準備が完了したぞ!」
「間に合わなかったか」
「あとは貴様らを殺して終わりだ!」
吸血鬼は戦闘体勢に入ったのを見て、俺はそこに突っ込んで行く。
そして、剣の間合いに入る寸前に光魔法で閃光を作った。突然の目くらましに視覚を奪われた吸血鬼は、他の感覚で俺を探そうとするが、もう遅い。
俺は吸血鬼を縦に両断してすり抜け、振り返りつつ横に薙ぎ払った。十字に斬られた吸血鬼は動かなくなり、俺は急いで魔導砲に向かう。
吸血鬼が死んだことに気がついた人狼は
「次は絶対に殺すわ」
と言い残し、即座に撤退を開始した。森の中に姿を消し、気配も感じさせないようにしている。さすがは魔族、どいつも戦い慣れてるな。
「逃すか!」
「追わなくていいぞ、アレックス」
「なぜだ!?」
「魔導砲が優先だからだ」
俺は魔導砲の操作を魔力でハッキングし、主導権を握った。
魔導砲は大きな魔道具という扱いなので、途中の回路を壊してしまえば止められると思ったが、どうやらそうはいかないらしい。
「無理やり壊しても、阻止できないように細工しているな」
「発射を止められないのか!?」
まさか魔族に魔道具を弄れるやつがいるとは、なかなか侮れんな。
「この大砲の外側をぶっ壊せないのか?」
「おそらく無理だな。集めた魔力で防御壁も作っている」
となると、俺たちにできることは一つだけだな。
「なら、どうする?」
「魔法をぶつけるしかないな。急いで魔法師団と合流しよう」
「また戻るのかよ!?」
「文句を言うな」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺たちは魔法師団に、状況とやるべきことを説明した。
魔導砲を解析してみたところ、発車まであと三十分はあることがわかった。魔道具が大きい分、魔力を溜めて形にするのに時間がかかるのだろう。
そのうちに、使う魔法とタイミングを決める。
しばらくの話し合いによって、魔法は風魔法と水魔法に決まった。タイミングの方も、指揮官が合図をするようだ。
俺は攻撃系の魔法が使えないので、王都で魔道具の準備を進めている。
その魔道具とは、俺の使う〈シールド〉を組み込んだものだ。魔石は、初代魔王のダンジョンに住んでいた、Sランクの魔物のものを使って発動させる。
魔法師団のいる所から王都までの約一キロの間に、これを三つ設置した。これで対策は万全だ。
準備が完了すると、すべての魔法師が一箇所に集まり、魔法の準備を始めた。
しばらくして魔導砲が赤く輝き出し、魔力の高まりが空気を揺らし、ビリビリとした感覚を浴びせてくる。
「総員、構え!!!」
指揮官の声により、魔法師団の魔法が次々と完成していく。
同時に魔導砲の輝きがどんどん強くなっていき、光が砲身に向かって集まっていく。
あまりに強い輝きにより、砲身が一瞬見えなくなったと思った瞬間、凄まじい爆音とともに、熱によって赤くなった球体が発射された。
「撃てぇ!!!!!」
指揮官の叫び声が、果たして何人に聞こえたかはわからない。だが、全員の気持ちが一つになっていたのだろう。ほとんど同時に、すべての魔法が発動した。
驚くべき速度で王都に迫って来る砲弾に、絶え間なく魔法が飛んでいく。
水魔法により焼けた砲弾を冷やし、風魔法により威力を削いでいく。
だが、砲弾はそんな魔法を物ともせず、王都に向かって一直線に進んできた。
そこに、オリヴィアの〈テンペスト〉が直撃する。若干だが威力を削がれたところに、追加でソフィの最上級の氷魔法〈ニブルヘイム〉が当たった。
この二つの魔法により砲弾は大きく威力を失うが、それでもまだ滞空しており、王都に向かって飛んできた。
だが、魔法師団を抜けた先には、俺の設置した魔道具による〈シールド〉三枚が展開している。
シールドの一枚目はあっさりと破られ、二枚目で少し止まる。だが、それも数秒持ち堪えただけで破られた。最後の三枚目に砲弾が当たる。
魔法師団は皆、同じことを願っているだろう。あのシールドだけは絶対に壊れないでくれと。
最後のシールドは衝突に耐え、砲弾を受け止め続けていた。だが、少しずつヒビが入っていくのが見える。
砲弾の当たっている部分から始まり、徐々に広がっていくヒビ。
そして、ヒビが全体に入りきった時、ガラスの割れるような音とともにシールドは破られた。
砲弾が王国に向かって進み続けるのを見た魔法師団や騎士団は、絶望の表情を浮かべている。
砲弾が王都の門の上を通り過ぎようとした瞬間、そこには四枚目の〈シールド〉が展開されていた。
突然の魔法の発動を見た全員の顔が、驚きの表情に変わる。ここまで表情がコロコロと変わると、なんだか面白いな。
「それにしても、俺自身を忘れられるとは心外だな」
確かに設置した魔道具は三つしかない。だが、その魔法の元は俺の魔法だ。つまり、俺だってシールドを使って砲弾を受け止めることができるのだ。
魔道具に使った魔石は、すべてSランクの魔物の物を使用していた。そのため、魔石の魔力を使い切るか、発動したシールドの硬度以上の衝撃が加われば破壊されてしまう。
俺が魔道具を介さずに砲弾を受けようとしたら、俺の〈シールド〉はあまりにもたやすく壊れていただろう…… だが、魔道具と味方の支援により威力を失った砲弾を止めるのなら、俺にとっては造作もないことだ。
なぜなら俺の体には、Sランクの魔物数百体分の魔力が備わっているのだから。
俺の膨大な量の魔力を前に、砲弾は徐々にその威力を落としていった。形状を維持する魔力を失いつつある砲弾は、いつしか完全に止まりきり、砲弾の形を保ち続けていた魔力が霧散した。
「「「「「「「「と、と、と……止まったぁぁぁ!!!!!!」」」」」」」」
草原は、そこにいた人すべての喜びの叫びによって埋め尽くされた。
そんな中、勇者パーティとオリヴィアがこちらに走って来ているのが見えた。
「アル君!」
「……アルフレッド!」
「うお!?」
俺は、ソフィとオリヴィアが飛びついてきたのを、両手を広げて受け止めた。
「二人ともよく頑張ったな」
頭を撫でながら褒めてやった。二人の魔法がなければ、今頃王都は焼け野原になっていただろう。
「アル君も、お疲れ様!」
「……よくできました」
俺も同じように、二人に頭を撫でられながら褒められた。
「ありがとな、二人とも」
「……ソフィア、これはもうアルフレッドに、ご褒美のちゅーをあげるしかない」
「え!? わ、わかった。アル君、私頑張るね!」
ちょっと待て。展開が急すぎてついていけないんだが?
というか、この世界でご褒美にキスする習慣なんてないからな。ソフィが戸惑ってるじゃないか。
なんて考えているうちに、二人の唇が迫って来た。おい、俺の唇は一つだぞ。順番くらい考えろ。だが、これも悪くないな。
俺は目をつむり、二人に顔を近づける。片頬ずつに貰えばいいだろう。
「……ちょっと待てぇぇいっ!!!」
「なんだ? アレックス」
「なんだ? じゃねぇよ!? こんな所でふしだらなことをするんじゃねぇ!!!」
…… まあ、この世界では結婚までキスは取っておくものだからな。ふしだらと思われても仕方ないが、わざわざ止めることはないだろうに。
「……キスくらいで大袈裟」
「キスくらいってなんだよ!?」
オリヴィアとアレックスの睨み合いが発生する。もう少し仲良くすればいいのにな。
「アレン、それはないにゃ〜」
「せっかくいいところだったのにな!」
「お前らは黙ってろ!!」
ターニャとランベルトは意外と寛容だよな。まあ、若干アレックスをからかっている感はあるが。
「そんなことより、騎士団と魔法師団のやつらに勝利宣言をしたらどうだ?」
「…… お前に言われなくてもわかっている!」
あの様子だと、完全に忘れていたな。まあ、少しおふざけが過ぎてしまったし、やむを得ないだろう。
アレックスは門の前に立ち、草原の方を向いて大きな声で叫んだ。
「魔族の進行は、我ら勇者が防いだ! 我々は王都を守り抜いたのだ!! この戦、我々の勝利だ!!!」
「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」」」」」」」
勇者の勝利宣言により、草原は再び熱狂に包まれた。
「アル君、やっと終わったね」
「いや、俺の仕事はまだ残ってるぞ」
「……なにかあった?」
俺は自分の魔力を、草原全体に広げていく。
「〈エリアヒール〉」
俺は、騎士団や魔法師団。それに兵士や傭兵、冒険者たちの傷をすべて癒した。
大軍勢だったため魔力をかなり消費したが、なんとか全体に行き渡らせることができた。
「…… アルフレッドは優しい」
「俺にできることは、防御と回復と剣を振ることだけだからな」
久しぶりに魔力を大量に消費したため、倦怠感が襲ってくる。今日はゆっくり休んで、疲れを取り除こう。
やはりソフィとオリヴィアも、一緒に寝るのだろうか?
回復した体力のせいで、その後しばらくは熱狂が止まず、王都に帰ったのは日が暮れてからだった。