最終兵器
「どちらも感情を持っているのだから、許し合うことはできないのか?」
俺の目の前の魔族はそう言った。人間も魔族も許し合えばいいのではないかと。俺はその言葉に、強い憤りを覚えた。
「人間は阿呆であり、魔族は愚鈍だ」
「なんだって?」
「千年前、初代魔王が人間と協力するための交渉を、勇者に対して行った」
「…… は?」
「勇者はその情報を教国に持ち帰り、魔王との協力関係を支持した」
「……」
「だが教国は、交渉の条件に魔王の命を追加した」
人間が犯した最大の過ちだ。魔王なんて次々に世代交代していくのに、わざわざ協力的な魔王を殺したのだ。
もしかしたら、魔族への見せしめのつもりだったのかもしれない。それで魔族が怒ることなど、少し考えればわかるだろうに。
結局は、教国が魔王を必要以上に恐れてしまっただけなのだ。これには俺も、怒りを通り越して呆れてしまった。
「ちょっと待て、それはいったい……」
「そして魔王はそれを受け入れ、自らの命と引き換えに、人間たちと協力しようとした」
その魔王は今、自分でダンジョンを作って、そこで生活しているのだが、そこまでは言わなくてもいいだろう。
あいつの性格はともかく、実績は認めるべきだ。自分を殺しに来た相手に対して、話し合いに持ち込むなど、相当な勇気が必要なはずだ。
「だが、魔王を殺された魔族は怒り狂った。そして人間たちと再び戦争を始め…… 魔族は負けた」
初代魔王が命を懸けて行った交渉を、魔族はあっさりと放棄したのだ。
魔族はもしかしたら、魔王のために戦ったとでも思っているかもしれない。そんな魔王の気持ちを考えない愚かな魔族は、全員死ねばいいとさえ思う。
「交渉の条件に、魔王の命を追加した阿呆な人間。魔王が命懸けで為した協力を無為にした、愚鈍な魔族。お前は、もう一度これを繰り返す気か?」
「……」
「協力なんてできやしないんだよ。人間も魔族も、頭の腐った連中を全員始末しなきゃな」
どちらも馬鹿しかいない。自分たちが有利に立つことしか考えていない。
「つまり、俺の願っていることは不可能なのか?」
「そういうことだ」
今のお偉いさん方を消しても、同じ思想を持ったやつはいくらでもいる。協力なんてまず無理だろう。
ミノタウルスは顔を俯けて動かなくなってしまった。
「お前が今の魔王様を殺そうとしている理由は、教国のためか?」
「いや違う。俺は勇者じゃないからな」
俺が戦っているのは、そんな大層な理由ではない。もっと私的なものだ。
「なら、なぜだ?」
「現魔王が、初代魔王の交渉を無為にした張本人だからだ」
「なんだと!?」
現魔王は約千年前の大戦の参謀で、魔族が人間に敵意を抱くように扇動したのだ。
「俺は、人の努力を踏み躙るようなやつが大っ嫌いだ。だから、初代魔王の努力をめちゃくちゃにした現魔王を殺す」
魔物を操る魔法を使う魔王を放置すると、人類が滅ぶ可能性もある。それを防ぐため、そしてなによりクラリスの雪辱を晴らすため、俺とオリヴィアは動いている。
「…… ふふ…… ふはははは!!」
ミノタウルスは唐突に笑い出した。
「頭でもおかしくなったのか?」
「ふふふ…… いやなに、魔王のために魔王を殺すってのが面白くってな。それにしても、俺の話に付き合ってくれてありがとよ。おかけで、アレを完成させる時間が稼げたぜ」
ミノタウルスは、顔にいやらしい笑みを浮かべる。
すると、東の森の地面が突然隆起し、中から全長三十メートルはありそうな大砲が出てきた。
「なんだあれは……?」
「あれは殲滅用魔導砲。王都を消し炭にするための最終兵器だ!」
魔物だけじゃなく、こんな物まで用意していたのか。
「はぁ、まんまと騙された。まさかただの時間稼ぎだったとは」
「ああ、俺は人間との協力なんて、はなから望んでないぜ。人間は俺たち魔族の家畜でいい。そのために殲滅するか、捕まえて奴隷にしてやるよ!」
結局はこう考えてるのか。まったく、まともな魔族はいないのかよ。これじゃあ、協力するために頑張っていたクラリスがまるで馬鹿みたいじゃないか。
「そうか。ならもう、話すことはないな」
「そうだな。ここでお前を殺し……」
ミノタウルスが、それを最後まで言い切ることはなかった。体と頭が離れ、言葉を発することができなくなったのだ。
もちろんやったのは俺だ。鋼のナイフを右腰に戻し、片手半剣を抜刀するとともに、ミノタウルスの首に向けて剣を振った。あまりに一瞬の出来事に、ミノタウルスはなにが起きたのかわからないまま死んだだろう。
「おい、アルフレッド! あれがなんだかわかるか?」
魔族を倒し終えたアレックスが、こちらに走ってくる。パーティのメンバーも、大きな怪我なく魔族を倒せたようだ。
「殲滅用魔導砲だそうだ。王都を灰に変えられる威力らしい」
魔導砲は、周りから魔力を掻き集めている。今まで俺たちが戦っていた魔物が、どんどん魔導砲に吸い込まれ、魔力になって消えていく。
「なんだと!? どうすれば……」
「ターニャ、魔法師団に伝えてくれ。魔導砲が撃たれた時は、飛んでくる砲弾に向かって魔法をぶつけろってな」
「わ、わかったのにゃ!」
ターニャが全力で後ろの方へ戻っていく。魔法師団全員の魔法を使っても、魔導砲は止められないだろうが、威力を弱めることはできるだろう。
「オレたちはどうするんだ?」
「魔導砲のところへ向かう。制御している魔族がいるはずだ」
「なら、そいつを倒せば!」
「魔力は霧散し、発射を防げるだろう」
問題は、今から行って間に合うかどうかだな。とにかく、急ぐしかないか。
俺とアレックスとランベルトは、急いで魔導砲の元へ向かった。