不可能
「クソ! 人間どもめ!」
俺は予定通り、王都に魔物を連れて進行した。
人間は騎士を前面に押し出し、大楯でAランクを止めつつ、魔法で蹴散らすという作戦に出た。そんなもの踏み潰す勢いで魔物を突撃させたのだが、騎士が予想以上に粘り強く、王都に入れないまま二日が立ってしまった。
三日目からは魔物の数を増やし、前線を一気に押す作戦に出る。結果は成功し、その日の日中だけで王都にかなり近づけた。
だが、ここで忌々しい勇者が人間側の加勢に入る。せっかく押し上げた前線も戻され、魔物の数も百匹を切ってしまった。
「まさか、俺の結界がこんなに簡単に破られるとは……」
「ハントを犠牲にした罰ね」
「うるさい!」
「シグマ、この状況をどうするんだ?」
魔物は三分の一に減り、戦況は劣勢。こうなったら俺たちが直々に出るしかない。
「アレをやるぞ。魔族の力を思い知らせてくれるわ!」
九人の魔族全員を集合させる。これから一点突破の魔法を仕掛ける準備をする。
俺はレッサーヴァンパイアに、魔物の死体を回収してくるように命じた。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「おかげで腕が治ったよ! ありがとな!」
「次はここに来ないようにな」
俺はテントに来る患者を治し、ひと段落ついたところで休憩に外に出た。
風に乗って、ここまで前線の血の匂いが漂ってくる。この匂いにももう慣れたもんだ。
どうやら魔物は一旦引き、こちらもあまり深追いはせずに休憩に入ったらしい。
「アル君! お疲れ様!」
「ありがとな。ソフィは魔力枯渇してないか?」
「私もオリヴィアも、全然大丈夫だよ」
やはり魔力の問題はないらしい。この戦争で、一番魔力を消費しているのは魔法師団なんだが、まったく疲れた素振りすら見せない。
「アル君もずっと〈ヒール〉使ってるけど大丈夫?」
「俺は大丈夫だ」
「騎士団のみんなが感謝してたよ。死にそうなところを助けられたって」
「まあ、俺が来てからテントの中での死者はゼロだからな」
前線ではそういう訳にはいかないが、テント内では絶対に死なせはしない。死ぬ前に全部治してやると言って、士気の向上にも繋がっているくらいだ。
「患者さんが多いから大変だろうけど、しっかり休んでね」
「ソフィも疲れたら休むんだぞ」
「私は大丈夫だよ。魔法師団のみんなが優しいからね!」
この太陽のような笑みだ。戦場で魔力を使い果たし、疲れ切ったところに、こんな可愛らしい笑みが炸裂する。魔法師団にとっては、まさに天使の様だろう。そりゃあ優しくなるわな。
「それにしても、魔物が一旦引くなんて。珍しいこともあるんだね」
「相手は魔族と、その命令を受ける魔物だ。なにが起きてもおかしくない」
だが、三日三晩続いていた突撃がいきなり止んだのだ。なにか考えがあるのだろう。
その日の日中はなにも起こらず、日が沈み始めた頃。
「なんだあれは……?」
「魔物が並んでる……?」
夕暮れを背にして、魔物の大群が横一列に並んでいるのが見えた。ゆっくりこちらに近づいて来る。
そして、おかしい点がもう一つ。周りにあった魔物の死体が完全に消えていた。
俺は治療魔法師の魔力が戻ったことにより、前線に来ていた。戦闘と、前線で騎士の回復をするためだ。
「数で戦っているこちらの力を、分散させる気だな」
だが、こちらにも勇者パーティがいる。これで勝てるとは思えないが、どういう作戦なのだろうか?
ある程度互いが接近すると、魔物はいきなりこちらに向かって走り出した。
「来るぞ!!!」
うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!
騎士たちも、雄叫びとともに魔物に突撃する。こちらは士気を高め、気合いと根性で乗り切る。
互いの先陣がぶつかり、騎士が何人も轢かれたように吹き飛ぶ。俺はその人たちに遠くから〈ヒール〉をかけ、前線を維持させる。
俺も回復担当だけではなく、戦うために来ているため、魔物を切りつつ戦況を確認する。
始めは勢いの強い魔物が押していたが、俺の回復と数の力もあり、徐々に人間側が押し始めた。このまま行けば、魔物を殲滅できるだろう。
俺がそう思った時、魔物の後ろ側から人影が七つこちらに向かって来た。
そのうちの一つは俺に突進して来て、俺はそれを横に飛んで避ける。
「魔族のお出ましか……」
「今のを避けるか。なかなかやるな」
俺に突進して来た魔族は、身長が俺よりも頭一つ高いミノタウルスだった。
ミノタウルスは大斧を持っており、頭にも立派な角がついていた。その大斧を軽々と振り回し、肩に担ぐようにして持つ。
俺は剣を鞘に収め、左胸と右腰からナイフを逆手持ちで引き抜く。左手はヒヒイロカネ。そして右手は鋼のナイフだ。
大斧のような取り回しの悪い武器には、片手半剣よりも、ナイフのように素早く動ける武器の方が相性がいい。
俺は二刀のナイフを構えつつ、ミノタウルスの様子を伺う。
ミノタウルスは鼻をふんと鳴らし、こちらにもう一度突進して来た。
俺はミノタウルスの方に走りつつ横に少しずれ、魔力を込めた鋼のナイフで、脚を切りつけながらすり抜けた。
ミノタウルスは振り向いて、自慢気に鼻を鳴らす。その脚には傷一つついていなかった。
「硬いな」
「俺の体はそんなんじゃ傷つかねぇよ」
どうやら鋼のナイフではダメージを与えられないようだ。となると右手は攻撃を受け流すか、目を狙うくらいしかできないな。
ダメージソースはヒヒイロカネのナイフになるだろう。こいつの熱なら、ミノタウルスでも倒せるはずだ。
俺はミノタウルスに向かって、すり足でゆっくり近づいていく。ミノタウルスは自分の間合いに入った瞬間、右手に持っている大斧を振り下ろしてきた。
俺はそれを体を捻って避け、右手で腕を抑えつつ、左手のナイフでミノタウルスの右腕を切り裂いた。
「ぐあっ!」
腕を切断することはできなかったが、骨を断つことができたため、もう右手で大斧を持つことは不可能だろう。
俺は一旦距離を取り、腰を落として構え直す。
ミノタウルスは表情を苦痛で歪ませながら、大斧を左手に持ち替えながら、口を開いた。
「それでハントを殺したのか?」
「誰だ?」
「〈瘴気の谷〉にいた人狼だよ」
「あいつか。いや最後は自爆だったな」
「シグマの仕掛けか……」
シグマというのは魔族の名前だろうか?魔族にも名前をつける習慣があるんだな。
シグマという名前を出したミノタウルスは、苦痛とは別に表情を曇らせた。
「その顔を見る限り、ハントとやらを見捨てたくはなかったようだな」
「魔族にだって感情がある。あいつは仲間想いのいいやつだった」
魔族にも性格があり、感性の豊かな者だっている。
「だが、人間だってそうだ。結局のところ、敵だから殺すだけなんだよ」
「どちらも感情を持っているのだから、許し合うことはできないのか?」
どうやらこいつは平和主義者のようで、魔族と人間がお互いに協力できないかと考えているようだ。
魔族にも、そういうことを考えるやつはいるんだな。初代魔王がそうだったように、少数派でも平和主義者はいるのかもしれない。
だが、そんなことは不可能だ。俺はなにもやかっていない魔族のために、少しだけ説明してやることにした。