死にかけは助けられる
「ははっ! 予想以上にうまくいったな!」
戦闘狂の人狼が一人死んだが、それぐらいどうってことない。俺は、勇者が〈瘴気の谷〉に出発した時から準備していた魔物を、王都に向かわせた。
Aランクの魔物が三百頭、俺たち魔族が九人という群勢だ。
この日のためにいろんなダンジョンに潜り、強い魔物を集めて来た。
勇者が戻ってくるまでの数日間で、王都を壊滅させてやる。
「ハント……」
「おいエマ! ボサッとしてないで早く魔物に指示を出せ!」
「…… うん」
今俺の隣にいるのは、エマという女の人狼。ハントは〈瘴気の谷〉で勇者を嵌めた人狼だ。
ちなみに俺は吸血鬼で、名前はシグマ。ハントに仕掛けを施したのも俺だ。
こいつはハントとずっと一緒にいたから、ショックが大きいのだろう。あんな戦闘狂のどこがいいんだか。
俺たちは一人につき、魔物を三十頭程度従えている。これも今の魔王様の魔法のおかげだ。まさか魔物を操れるようになるなんてな。おかげで魔族の被害が減るぜ。
王都まであと二時間で到着する。人間もこの軍隊の情報を掴み、対策をしているだろう。はたしてAランクの魔物の大群相手に、どこまでやれるかな?
「シグマ、どうやら冒険者が王都から逃げ出しているらしい。どうする?」
こいつはイワノフと言い、種族はミノタウルスの男だ。
「眷属に見つけ次第殺させる。お前は動くな」
「了解」
俺は眷属の下位の吸血鬼どもに、逃げ出した冒険者を殺すように指示を出す。
レッサーヴァンパイアはBランクの魔族だが、数の多さで戦うため、銀級には負けないだろう。
さて、そろそろ王都が見えてきた。もうすぐあそこを更地にしてやると思うと、興奮して武者震いが起きる。
「待ってやがれよ人間。すぐに殺してやる」
俺は笑みを浮かべながら、王都を見つめた。
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俺たちは急いで馬車を走らせ、一日で王都まであと半分というところに来ていた。
おそらく今頃、王都は襲われているだろう。できれば、一日中休まずに走って王都に向かいたいのだが、それだと馬がもたない。結局は落ち着いて、できる限り早く行動するしかないのだ。
「クソ! あと一日もかかるのかよ!」
「落ち着くにゃ、アレン」
「これが落ち着いていられるか!」
アレックスは居ても立っても居られないようだ。気持ちはわかるが、ここは冷静になった方がいい。焦っても失敗する可能性が上がるだけだ。
「例えAランクの魔物の大群が押し寄せても、王都なら一週間で駆逐できるだろう。まあ、被害の方は予測できんがな」
「だからその被害が心配なんだろうが!」
こういうところを見ると、根っからのお人好しだということがわかる。さすが人望チートなだけはあるな。
「だが、魔物消失事件が始まったのは半年前だ。その期間で何千もの魔物を集められるとは思えない」
「でもな……!」
「気持ちはわかるが落ち着け。俺たちを疲弊させるのも、魔族の作戦の一つだ。その作戦にわざわざ乗ってやる必要はない」
人狼との対決に、急いで王都に帰るための体力。それらの消耗をなるべく減らし、戦う時に使わなければならない。
やはり、作戦を練れるような頭のいい魔族は危険だな。
「アレン、今日はしっかり休んで、明日また頑張ろ?」
「ソフィアまで…… わかったよ」
アレックスを鎮めるためには、ソフィが一番いいな。
おそらく王都に着くのは明日の夜。魔物の大群がどこから攻めているかわからないが、俺たちが西側にいることから、挟み撃ちを嫌って東側から攻めている可能性が高い。
馬には少し無理をさせるが、王都の東側まで送ってもらうことになるだろう。
「明日は日の出とともに出るぞ」
最後にアレックスが明日の出発時間を決め、交代制で見張りをしつつ、寝に入った。
次の日は予定通り日の出に出発し、王都に馬車を走らせた。
馬の操縦も、ランベルトにばかりやらせるわけにはいかないので、交代制になった。貴族だった俺も馬の操縦は習っていたので、問題なく行える。
荷台に乗っている時は、携帯食料を齧りながら寝たり、魔物を警戒しながら体力を回復させる。運がいいことに、魔物は出現しなかった。
「…… もうすぐ王都」
馬を操っていたオリヴィアがそう言うと、全員の雰囲気が引き締まった。
既に日は暮れているため、王都についている明かりを目印にして進んだ。
町に火の手は上がっていないので、王都内への侵入は許していないらしい。
西側の門にたどり着いたが、魔物は見えない。やはり東側から攻めているんだろう。
俺たちは、東側に向かうために馬車を走らせようとしたが、馬に限界が来たらしく、転倒してしまった。そのため王都の中に一度入り、馬を借りてから東側に行った。
戦場は王都の目の前の草原。奥にある森から、次々と出てくる魔物を盾で押しとどめ、魔法を撃って倒す。この騎士団と魔法師団のコンビネーションで、なんとか魔物を食い止めていた。
だが、それでも戦況は劣勢。今はなんとか数で対応しているが、予想以上にAランクの魔物に苦戦しているようだ。
その前線を横から割って入るように、アレックス、ランベルト、ターニャが加わる。急いで来たため万全の状態ではないが、それでも勇者だ。Aランクの魔物を次々と倒していった。
ソフィとオリヴィアは魔法師団の方へ加勢し、魔法の密度を高めた。二人なら魔力切れの心配もないだろう。実際に上級の魔法を連発していても、魔力枯渇の兆候すら見せない。
この五人が戦線に加わり、勇者が参戦したという情報が流れると、騎士団と魔法師団の士気が向上した。それによって戦況は一転し、人間側が有利な状況を作り出すことに成功した。
そして、俺はというと、最も後ろの怪我人の集まっているテントに来ていた。
戦場ではほとんどが応急処置で済まされるため、ここにいる人たちは、もう助からないような重傷を負っている者ばかりだ。
「おい、あんた! 手が空いてるなら手伝ってくれ!」
衛生兵がなにもしていない俺に声をかける。忙しいため、患者の治療に当たりながらだ。
軽く見渡してみても、前世の医療からするとお粗末な薬が塗られているのがわかる。おそらく、ほとんど効果がないものばかりだろう。この時代の戦場での治療なんてそんなもんだ。
何人か光魔法を使える者がいるようで、回復魔法を使っているが、明らかに魔力が足りていない。
「予想以上にひどいな」
「おい、お前! 早く手を貸せ!」
忙しすぎて気が立っているのだろう。数秒の間、状況を確認していただけなのだが、怒鳴り声を上げられた。
俺は意識を集中させ、ここ周辺すべてに自分の魔力を行き渡らせ、魔法を発動させる。
「〈エリアヒール〉」
テント一帯が魔力に覆われ、白い光に包まれた。すると、その中にいる人全員の体力が回復し、傷が元どおりになった。
俺は、膿も、骨折も、内臓破裂も、血液が足りない患者もすべて一気に回復させたのだ。
光が消えると、患者や衛生兵の視線が、魔法を発動した俺に集中していた。
「俺は勇者パーティのアルフレッドだ。今ここにいる全員の怪我を治した。次に重傷患者が来たら、俺のところに運んでこい」
その言葉を発した途端、ほとんど息のなかった患者が次々に起き出した。
「い、痛くない……」
「苦しくないぞ! やった!」
「生き返ったんだ!」
などと言っている。死にかけは助けられても、死人を生き返らせることはできないんだがな。
「そ、そんなバカな……」
一方で今まで治療に当たっていた衛生兵や、魔法師たちは呆気に取られていた。もう助からないと思っていた患者全員が、奇跡の復活を遂げたのだ。驚いて当然だろう。
俺はそれからも、次々に運ばれてくる患者たちを治し続けた。そのおかげで、テントの中に寝ている者はいなくなり、治った者から前線に戻って行った。
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《吸血鬼》
ゾンビ系のアンデットが、一定以上の知恵を持った状態で進化すると吸血鬼になる。
他の魔力を持った生物の血を吸うことで、魔力を吸収する。だが、人間の血が一番美味しいらしい。
腰の辺りから蝙蝠のような羽が生えており、飛ぶことができる。
太陽の光が苦手で、直接浴びると倦怠感とともに、魔法が使えなくなる。
《ミノタウルス》
雄牛の魔物が、一定以上の知恵を持った状態で進化するとミノタウルスになる。
足腰が強く、頭の角を使った突進はかなり強力。そして、魔族にしては珍しく武器を使い。大斧などの大型の武器を好む。