気づき
「冗談はこのくらいにして、みんな周りを見てみろ」
俺以外の全員が、周りを見渡した。
「これは…… 結界か?」
「閉じ込められたのにゃ…… ぐっ!」
「ターニャ! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫なのにゃ……」
ターニャは腹を抑え、苦しそうな顔をして座り込んだ。
「見せてみろ」
俺はターニャの腹を軽く触り、魔力の流れを見て、状態を確認した。
「肋骨が四本折れてるな」
「わ、わかるのにゃ?」
「まあな。治すから大人しくしてろよ?」
肋骨を正常な位置に戻すように〈ヒール〉を使い、そのまま繋げた。ついでに腫れや痛みも取り除いた。
「これでどうだ?」
「い、痛くないのにゃ……」
「一応しばらくは安静にしてろよ?」
「ありがとにゃ」
おそらく、人狼に蹴られた時に折れたのだろう。
「さて、問題はこの結界だ」
「アル君は、この結界のことわかるの?」
「ああ、これは吸血鬼の使う〈血印結界〉だな」
人狼の言っていた、とある仕掛けの一つだろう。
ちなみに仕掛けは三つあった。一つ目は、自分の魔力を暴走させ、それを火魔法に変える魔法。二つ目は、その爆発した者の血を使った〈血印結界〉。
〈血印結界〉とは、閉じこめることに特化した魔法で、吸血鬼だけが使える闇魔法だ。種族魔法とも言われ、吸血鬼なら必ず使うことができる。
本来は、自分と人間を一対一で閉じこめる時に使われる。その時は自分の血を使って発動させ、人間の血を楽に吸収できるような状況を作るのだ。
「オレたちは、閉じ込められちまったってことか」
「力技で破るしかないのにゃ」
ここを脱出するためには、内側から強い力をかけるか、外側から魔法をぶつけて貰うのが一番手っ取り早い。
この魔法は内側からの力には強いが、外側からの衝撃には弱いのだ。
「まあ〈血印結界〉の方は、ソフィアなら問題なく破れるんじゃないか?」
アレックスの言う通りだ。ソフィの魔法の威力はとんでもないし、オリヴィアもいる。この二人にかかれば簡単に結界を破れるだろう。
「問題はその外側の瘴気だな」
「瘴気ならここにもあるよ?」
「結界の周りに固まっている瘴気がある。それも相当分厚くできてるな」
これが仕掛けの三つ目。瘴気を風魔法で固定して、結界の周りを覆っている。
「魔道具で浄化できないの?」
「あの濃度じゃ無理だろうから、俺が浄化の魔法をみんなの周りに浄化魔法をかける。そのうちに脱出しよう」
「そんなことがお前なんかにできるのか?」
「なんなら、谷の中すべての瘴気を浄化してやってもいい」
「ふん、自信はあるようだな」
魔力量に物を言わせればできなくはない。やったとしても、またどこからともなく瘴気が出てくるだろうから、あまり意味はないが。
「ソフィア、結界を壊してくれ」
「わかった」
アレックスに言われ、魔法の準備をし始める、ソフィ。
「いや、待て」
「なんだ?」
それを俺が止めると、アレックスは少々不機嫌になりながら俺の方を向いた。
「その前に少し考えてみろ。なぜ人狼は、俺たちの前に出てきたんだと思う?」
「そんなの、俺らを殺すために決まってるだろ」
「それだったらこんな結界を用意しないだろ?」
「ぐっ、確かに……」
始末するためならもっと別な手段があったはずだ。それなら、俺たちを殺すこと以外に目的があったと考えられる。
「…… 時間稼ぎ?」
「さすがはオリヴィア。おそらくその通りだ」
オリヴィアは、褒められたことで少々顔を赤くし、俯きながら頰を緩めた。ついでにもじもじしている。
勇者を人狼と戦わせることで疲弊させ、結界と瘴気で閉じ込める。これは明らかに時間稼ぎの手段だ。
「なんで時間稼ぎなんかするのにゃ?」
「オレら以外に目的があるからだろ?」
「その目的はなんなのにゃ?」
「それはわかんねぇな」
勇者を閉じ込め、時間を稼ぐ理由。情報が少ないが、推理はできなくもない。
「…… あの人狼、たぶん魔物消失事件と関係してる」
「それってつまり……」
「魔物を使ってなにかしようとしているんだろうな」
実質的に動いていたのは、さっきの人狼とその他の魔族が数名ってところだろう。
「私たちを閉じ込めて、魔物でやりたいこと……」
「ヒントは欲しいか?」
「ぐぬぬ…… 欲しいのにゃ……」
「魔族が、勇者に邪魔をされたくないことの筆頭は、人間を殺すことってのがヒントだ」
この件が、勇者を狙って行われたのは一目瞭然だ。
なら、勇者がいなければやりやすいことを魔族は起こそうとしている。しかも、強い魔物を使って。
「それって、もしかして……」
「…… 王都の襲撃」
オリヴィアが勇者たちに答えを出した。
「なっ!? 早くここを脱出するぞ!!」
「それに関しては同感だ。ソフィ頼む」
「わかった。〈プロミネンスブラスト〉!」
ソフィの上級の火魔法が結果にぶつかる。その威力に耐えきれず、結界はあっさり霧散した。
それと同時に俺は浄化の光魔法を使って、全員の周りを覆った。
「よし! ここからは走るぞ!」
俺たちは、なるべく固まりつつ、入ってきたところまで全力で走った。
それなりに奥まで来ていたようで、脱出までに時間がかかってしまい、ダンジョンを出る頃には既に日が昇っていた。
「全員乗ったな!」
ランベルトが馬の操縦席に乗り、全員いるか確認する。もちろん誰も脱落者はおらず、全員が荷台に乗っていた。
それを確認してから馬に鞭を打ち、俺たちは急いで王都の方へ向かった。