人狼
突然現れた人狼の姿に、アレックスは驚きで目を見開いた。
「じ、人狼だと!?」
「あいつは怪我人のフリをして、俺たちを嵌めようとしめたんだよ」
人狼は姿勢を低くし、爪を立て、戦闘態勢に入っている。それに合わせて、俺も剣を構えた。
「バレちまったなら、しょうがねぇ。お前らをここで殺すだけだ」
「お前なんかに殺されてたまるかよ!」
気を取り直したアレックスの言葉を合図に、ランベルトが前に出て、ソフィは魔法を準備する。そして、ターニャは既に人狼の後ろに回っていた。
「先手必勝にゃ!」
首に向かって振った短剣を、人狼は最小の動きで避けた。そのまま体を回転させ、ターニャの腹に回し蹴りを入れた。
ターニャは吹き飛び、壁に着地する。さすがは猫の獣人。受け身を取るのが上手い。
「野郎!」
アレックスが人狼に斬りかかる。ランベルトもそれに合わせて、更に前に出た。
上段からの振り下ろし。人狼はそれを横に避け、アレックスの顎を蹴り上げようとする。しかし、ランベルトがアレックスと人狼の間に割って入り、蹴りを大楯で防いだ。
攻撃を防がれた人狼は一旦距離を取り、爪を立てて構え直した。
かなり戦い慣れているようで、一連の流れに隙がない。
「〈コキュートス〉」
そこにソフィの上級の氷魔法が発動する。人狼は横に走って避けようとしたが、そこにランベルトが立ち塞がった。
逃げ道をなくした人狼は、魔法が当たりそうになるが、咄嗟に壁に向かって飛び、三角飛びの要領でソフィに向かって飛んだ。
その際に左腕が凍ったようだが、まったく痛みを感じさせない動きで着地し、右腕を振り上げる。
俺はソフィの前に出て、人狼に向けて剣を構えた。
人狼は腕を振り下ろすと見せかけ、突きを繰り出してきた。
俺はそれを紙一重で避け、突きをしてきた右腕を掴み、一本背負いで投げた。
地面に叩きつけられた人狼に、俺は剣を振り下ろす。それを人狼は地面を転がることで避けた。
「オリヴィア!」
「…… わかってる。〈ダークネス〉」
オリヴィアに用意させていた〈ダークネス〉で人狼の目を潰す。俺は人狼に最接近して、四肢をすべて断ち切った。
「ぐあっ!」
俺は、痛みで声を上げた人狼に〈ヒール〉を使って止血をし、剣を鞘に収めた。
「さて、洗いざらい吐いてもらおうか」
「ははっ、あんた、勇者よりも強いってどういうことだよ……」
「俺は努力派でな。体術なら誰にも負けん」
俺はダルマになった人狼を左手で持ち上げ、左胸からヒヒイロカネのナイフを引き抜く。
「今からお前の腹を、このナイフで引き裂いていく。このナイフはヒヒイロカネ製で、切った傷口を高温で焼く。それに加えて、俺は最上級相当の光魔法が使える。つまり、わかるな?」
「無限に拷問し続けられるってわけか……」
「そういうことだ。さっさと情報を吐けば、楽にしてやるよ」
そこまで言うと、人狼はフッと笑った。
「果たして俺から情報を引き出せるかな……?」
「無理やり引き出させて貰う。さあ答えろ。お前はなぜ、ここで俺たちを騙そうとしたんだ?」
「……」
その問いに、人狼はなに答えなかった。
俺はナイフを人狼の右側の腹に突き刺し、そこからゆっくり左側の方に移動させる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「痛いだろう? だったらさっさと吐け。黙ってると苦しみが長く続くだけだぞ」
ナイフを左側の腹から引き抜き、〈ヒール〉を使って傷を治す。
「ふ、ふはははは!」
すると、突然人狼が笑い出した。
「なにがおかしい?」
「俺が情報を吐くことは絶対にないぜ?」
「どういうことだ?」
「俺は仲間に、とある仕掛けを施されてな。もし敵に捕まったら、こうできるんだよ!」
その瞬間、人狼の体内の魔力がいきなり増大し、俺が手を離そうとした瞬間、魔力をすべて火魔法に変えて自爆した。
「アル君!」
「…… アルフレッド!」
爆発に巻き込まれた俺は、ソフィとオリヴィアの心配する声が聞こえた気がした。爆発音で耳がやられて、周りの音が聞こえないはずなのだが。
爆発による煙が晴れていき、俺は鼓膜を〈ヒール〉で治す。
「俺は大丈夫だ! みんなは無事か?」
俺は煙から出ていき、全員の安否を確認する。どうやら俺以外は無傷のようだ。
「アルフレッド…… お前……」
俺を見て、アレックスが珍しく心配するような声を出した。
「あの人狼、やってくれるにゃ」
ターニャも苦しそうに腹を抑え、俺を見ながら言った。
「アル君…… 腕が……」
ソフィに言われ、自分の体を見てみると、左腕が完全になくなっていた。爆発の熱で血は出ていないようだが、焼けただれていてひどい傷だ。
俺は人狼が火魔法を使った瞬間、〈シールド〉を体に纏うように展開したのだが、どうやら人狼に触れていた左腕の〈シールド〉は、威力に耐えられなかったらしい。
確かあのダンジョンでも左腕なくなったな。俺は、左腕を失いやすい呪いにでもかかっているのか?
「このくらいなんでもない」
そう言って、〈ヒール〉を使う。すると、左腕は付け根の部分からにょきにょきと生えてきた。やはり何度見ても気持ち悪い。
「「「「……」」」」
「…… さすがはアルフレッド」
みんなの方を見ると、オリヴィア以外が沈黙していた。しかも、俺の腕をガン見しながらだ。
「どうした?」
「「「「どうしたじゃねぇよ!?」」」」
勇者四人組から、息ぴったりのツッコミをもらう。
「う、腕が生えてきたのにゃ……」
「しかも、あのひどい火傷まで全部治ってるぜ!?」
「ア、アル君。腕はもう大丈夫なの?」
「え? ああ、問題ないぞ」
腕が治ったことを示すために、肩から腕をグルグルと回す。すると全員、ポケ〜っとした顔になってしまった。
腕を治したくらいでそんな大袈裟な。と思ったが、失った部位を治せる魔法師は、王宮にも一人しかいなかったことを思い出した。
「珍しいかもしれんが、気にするな」
「「「「気にするわ!!!」」」」
また息の揃ったツッコミをお見舞いされた。本当に仲がいいんだな。
だが、いつまでも冗談言ってる場合でもないようだ。人狼が自爆した時からだが、どうやら俺たちは、瘴気の中に閉じ込められたらしい。