瘴気の谷
「ここが〈瘴気の谷〉か……」
〈瘴気の谷〉は、高い山々に周りを囲まれており、瘴気と高さのせいで谷底が見えなくなっていた。
俺たちはそんな危険な谷を下っていき、瘴気の中へ歩いていく。
普通なら瘴気に体を侵されて、五分ほどで動けなくなってしまうのだが、俺たちは全員が浄化の魔道具を持っている。この魔道具は、自分の周りの物質を無害化してくれるので、瘴気の中でも大丈夫なのだ。
「やっぱり全然見えないな」
「瘴気の中では仕方ないのにゃ」
「全員、警戒を怠るなよ?」
アレックスたちは前に一度ここに来ているらしく、瘴気の中でも難なく進んでいた。
しばらく歩いていると、俺の魔眼が、こっちに向かってくる魔物を見つけた。
「魔物が来たぞ」
俺のその言葉を聞いて、全員戦闘態勢に入る。
ずっと警戒していたとはいえ、この切り替えの早さは素晴らしいな。
こちらに走ってきた魔物は、俺たちが戦闘態勢に入っていることを本能で悟ると、咆哮を上げた。そして、瘴気の中から突進してきた魔物は、〈オーガ〉だった。
ガァァァァァ!!!
と叫びながら、右手を振り上げる。
それを見たランベルトは先頭に出て、オーガの一撃を大楯で防いだ。
「ターニャ!」
「隙ありにゃ!」
ターニャは、ランベルトによって動きの止まったオーガの後ろに回り込み、足から背中にかけて短剣で切り裂いていく。
「ソフィア、頼んだのにゃ!」
「任せて! 〈フレアボール〉!」
ソフィは、ターニャの攻撃で怯んだオーガの顔に炎の球をぶつけた。
オーガはいきなり顔に降りかかった炎を、両手で振り払っている。
「アレン!」
「おう!」
そこにアレックスが突撃して、剣を横薙ぎに降る。すると、オーガの上半身と下半身が綺麗に二つになった。
「いい連携だな」
「はっ、お前なんかいなくても、俺たちだけで十分なんだよ」
俺の褒め言葉に対して、鼻を高くしていたアレックス。
俺はそんなアレックスの顔を掠らせるようにして、ヒヒイロカネのナイフを投げた。
「うおっ!? なにすんだ、てめぇ!」
「警戒を怠るなって言ったのはお前だぞ?」
俺はアレックスの後ろを指差す。そこには、俺のナイフが顔に刺さった、二体目のオーガがいた。
魔眼というのは便利なもので、たとえ障害物があろうとも魔力を発見できる。つまり、人間には瘴気でよく見えなくても、魔物には人間の位置がわかるのだ。
そして、それは俺にも同じことが言える訳で、アレックスの後ろで腕を振り上げたオーガを見つけることなど容易かった。
「ぐぬぬ……」
「よく今のに気がついたな!」
アレックスは一本取られたことに呻き声を上げ、ランベルトは俺の索敵能力に関心していた。
「まあ、ずっと危険なダンジョンの中にいたからな」
実際は違うのだが、そういう事にしておこう。
俺の体については、まだソフィにしか話していない。なぜなら、魔物と同じ目の人間は、果たして勇者の仲間になれるのかという疑問があったからだ。
俺はナイフを回収して、警戒しながら奥へと進む。
あれから警戒を強めたアレックスは、魔物の不意打ちを許さなくなった。さすがは勇者。やろうと思えばできるんだな。
さっきから何度か魔物に遭遇しているが、Aランクの魔物が出てくる気配はない。
「…… アルフレッド、これ」
「なにかあったか?」
オリヴィアがなにかを見つけ、俺はそれを確認する。そこには、鋭い爪でつけられたような跡が、頭くらいの高さにあった。
「…… 人狼?」
「その可能性は高いだろうな」
「…… 〈始まりの森〉のやつと関係ある?」
「たぶんあるだろう。王都付近のダンジョンに、いくつもあっていいものじゃないからな」
だが、なぜこんなわかりやすい跡をつけたんだ? この爪跡にはなにか意味があるのか?
「ねぇ、アル君、こっちも見て」
「なんだ?」
ソフィに呼ばれ、そちらに向かう。
すると、地面には、肩掛けの切り裂かれた大きめの袋が落ちていた。中にはロープや救急セットなど、冒険者として必要な物が揃えてある。
「私たち以外にも誰か来たのかな?」
「来たとして、この状況を見るに生きているのか怪しいな」
壁についていた爪に、切り裂かれた袋。間違いなく人狼がやったものだろう。
普通に考えるなら、爪を研ぐために壁を使い、そのあと冒険者を襲ったというものだ。
だが、本当にそうなのか? 魔族は知性を持った生き物だぞ? 使える道具を放置するほど馬鹿なのか?
「怪しいな」
「魔族が出てきても、普通に倒せばいいだろ?」
「正面から戦えたらそうなんだがな」
「他のパターンがあるのか?」
「それはわからん」
魔族の知性がどのくらいなのかわからない今では、それを判断することはできない。ちなみにクラリスは日本人だから別枠だ。
それから更に奥に進んでいくと、爪跡がどんどん増えていった。まるで奥に誘導しているようだな。
すると、その奥の方から誰かが歩いてくるのが見えた。
「だれか…… 助けてくれ……」
「誰だ?」
「冒険者をやっている者だ…… さっき人狼に襲われたんだ……」
冒険者は足を引きずりながら、俺たちに近づいてくる。
「そうか。待ってろ、すぐに治療してやる」
アレックスが冒険者に向かって歩き出そうとした時、俺はアレックスの肩に手を置き、それを止めた。
「なにしてんだ、アルフレッド。早く治療しないとだろ?」
「俺が行く」
俺は少し前に出て、冒険者の全身を眺めた。
冒険者は全身に包帯を巻いており、苦しそうな顔をしてこちらに歩いてくる。だが、その魔力の動きは、元気そのものだった。
俺は冒険者の前まで歩いていき、正面で止まる。
「治療をお願いします……」
「わかった」
俺は一気に姿勢を低くし、冒険者に向かって抜刀した。そのまま横薙ぎに剣を振り抜く。
「な!? アルフレッド! なにしてんだ!?」
「それはあの姿を見てから言え」
俺の攻撃を咄嗟に後ろに避けた冒険者は、腹から少量の血を流しながら構えを取っていた。そして、その頭には狼の耳、尻には尻尾が生えていた。
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《オーガ》
Bランクの魔物で、怪力を武器にしている。
魔物にしては頭がいいほうで、棍棒などの武器を持っていることも少ないはない。だが、激昂すると武器を投げ捨て、拳による肉弾戦を仕掛けてくる。