銀色の髪
朝起きると、オリヴィアは俺の右脇を枕にして寝ていた。スゥスゥと小さな寝息を立てて、俺に抱きつくように眠っている。
こうもぐっすり寝られると、起こすのも悪く思えてくるな。
まだ日の出だったので、オリヴィアにとっては早い朝だろう。毎日そんな時間に起こすのも気が引ける。少しの間、貸しておいてやるか。
しかし、こうも近いと、男としてなにかと意識をしてしまうな。
今までは死と隣り合わせで生きていたため、あまり気にしてなかったのだが、こうして間近で見てみると、オリヴィアは相当な美人だった。
水色で癖がなく、肩で切り揃えてあるサラサラな髪。まだ少し子供っぽさの残るあどけない顔に、男なら誰もが守りたくなるような華奢な体躯。
人にもよるだろうが、まるで、男の理想を詰め込んだような姿だな。
「んん…… アルフレッド?」
「おはよう、オリヴィア」
「…… この状況は、夢?」
「現実だぞ」
そのあと、なかなか俺の腕の中から動かなかったオリヴィアをなんとか引き離し、朝ごはんを食べた。
「…… 今日は、あの状態で寝たい」
「却下だ」
「…… 離れると寂しい」
「ダメだ」
「…… アルフレッドのいけず」
やはり、すぐに起こすべきだったか。オリヴィアが調子に乗り始めている。そのせいで、いつもより諦めが悪い。
「なんだいなんだい、痴話喧嘩かい?」
宿屋のおばちゃんが、口論を聞きつけてこっちに来た。
「…… そう、アルフレッドが抱いてくれない」
おい、その言い方は間違ってはいないが、絶対に勘違いされるだろう。
「あんた、こんなかわいい子を持ってるのに、まだしてないのかい? 据え膳食わずは男の恥だよ!」
そして、おばちゃんまで口論に参戦してきた。
「俺には思い人がいるんですよ」
「何人でも受け入れるのが、男の甲斐性ってもんだろう?」
「…… 甲斐性なし」
おばちゃん口論強いな。というか、甲斐性なしはひどくないか。せめて一途って言ってくれ。
「はぁ…… もう、やめてくれ」
「…… いつかは抱いてもらう」
「アッハッハ! オリヴィアちゃん、頑張るんだよ!」
おばちゃんはカラになった食器を片付け、調理部屋の方に戻っていった。
俺は何もなくなった机に突っ伏し、ふて寝を始めた。
それから十分ほどでオリヴィアに起こされ、ギルドに向かう。
今日からは金級になることを目標に、難易度の高い依頼をこなそうと思っていたが、Aランクの魔物がいなかった。しかも、俺たちはまだ銀級だったため、Bランクの魔物の討伐依頼も受けられなかった。
「結局はCランクの魔物の討伐か」
「…… 二秒で終わる」
「依頼数こなして金級になるしかないな」
そこから一週間は、Cランクの魔物を狩り続けた。
朝にギルドに行き、十個の依頼を同時に受注。そして、森や草原で目的の魔物を連続で狩り、ギルドで報酬を貰うという繰り返しの毎日だった。
「おめでとうございます、お二人とも金級に昇格ですよ!」
「やっと昇格か、長かったな」
「一週間で銀級から昇格した人は、歴代でもなかなかいませんよ!」
「まあ、一日に依頼を十個程度じゃこんなもんか」
「十個程度って……」
リリーに呆れたような顔されたが、所詮Cランクの討伐だからな。一回が二秒で終わる訳だし。
まあ、捜索時間は結構かかったので、十個を受注するのが限界だったのだが。
俺たちがリリーと話していると、ギルドの扉が強く開き、屈強な男たちが三人入ってきた。すると、ギルドの中にいた冒険者たちがざわめき始める。
「鉄壁のジャガンだ……」
「なんで王都にいるんだ?」
「俺たちの仕事が、またなくなっちまうよー」
「でも、Aランクの魔物は今いないぜ?」
どうやら二つ名持ちの有名な冒険者らしい。鉄壁という二つ名と体格、それに大楯を持っていることから、防御力が高いのだろう。
「おい、ここの魔物の捜索をしに来たんだが」
ドスのきいた野太い声だ。他人を威圧するのに向いているだろう。そんな声がリリーを襲う。
「え、ええと、魔物の捜索依頼はもうありません……」
「なんだと?」
「ひっ、あ、あの……」
「俺たちが解決した」
ギルドでリリーには良くしてもらってるから、助けない理由はない。それと、そんなに怖がらせないであげてほしい。
「お前らが、解決しただと?」
「ああ、文句があるのか?」
冒険者の依頼は早い者勝ちだ。遅く来て依頼が解決していたとしても、文句を言われる筋合いはない。
「ふふ、ふははは! お前らみたいなのが解決できるような依頼だったのなら、俺が受けるまでもなかっただろうな!」
「…… アルフレッドは、あんたみたいなポンコツと違う」
怒気を含めた声で、オリヴィアが言い返す。すると、周辺のの冒険者から「おぉ!」と歓声が上がる。完全に見世物状態だな。
「ほぅ、どの程度弱いのか見てみたいもんだな」
「…… 存分に体で思い知るといい」
ジャガンに言い返され、風魔法を発動させようとするオリヴィア。だが、ここで発動させるのは少しまずいな。
「一体なんの騒ぎだ!」
また扉が開いたと思ったら、今度は四人組の冒険者が入ってきた。男が二人、女が二人の四人パーティだ。
そのうちの一人の男が、こちらに近づいて来る。
「ちっ、厄介なのが来やがったな。おいお前ら、行くぞ!」
ジャガンはそう言って、仲間とともにギルドから出て行った。
「オリヴィア、魔法を止めろ」
「…… わかった」
呆然としているリリーが「ゆ、勇者様……」と言ったのが聞こえた。
勇者パーティか。確かに面倒なのが来たな。軽い喧嘩で済ませるつもりが、人望チートを持った人間に目をつけられるとは。上手く躱さないと、俺たちが厄介者扱いされかねない。
「どういう状況だったんだ?」
「少し言い争いをしてたんだ」
嘘はついてない。実際に言い争いを俺たちはしていた。そこに魔法が使われかけただけで。
「俺には、そこのお嬢さんが魔法を使おうとしたように見えたが?」
「…… 脅しのつもりだった」
これは完全に嘘だな。あれは絶対に発動させるつもりでいた。
「脅しでも、町の中で魔法を使うな…… って、ええ!?」
勇者は突然目を見開き、口をパクパクされながら驚き始めた。そして、俺も突然の出来事に驚いた。
勇者パーティにいた女の一人が、俺にいきなり抱きついていたのだ。
その女は綺麗な銀色の髪をしていて、俺より頭一つぶん背が低い。
俺は、いきなり抱きつかれた驚きで少しの間、思考が停止していた。だが、よくよく考えてみると、この人物には見覚えがある。
俺が見間違えるはずもない。この髪、そしてこの姿は……
「ソフィ……」