初代魔王のお願い
いつもより少し長めです
一日休息を取り、魔法陣の前に立つ。
「オリヴィア、覚悟はいいな?」
「…… 大丈夫」
「よし、じゃあ合図したら同時に飛び込むぞ」
「…… わかった」
「せーの――」
俺たちは、息を合わせて、魔法陣の上に同じタイミングで乗る。
すると、魔法陣が銀色に輝きだし、目の前が真っ白になった。
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目を開けると、そこは和室だった。
畳が敷いてあり、部屋の中心にはちゃぶ台が置いてある。そして、障子張りの戸がついており、そこからは日の光が差し込んでいた。
「日本っぽいな」
「…… 日本みたい」
「「え?」」
おいちょっと待て、なぜオリヴィアが日本なんて単語を知っているんだ?
「「もしかして……」」
「そうなんです! お二人はどちらも転生者なのですよ!!」
「「いや誰だよ!?」」
いきなり戸が開いたと思ったら、謎の女が部屋に飛び込んできた。
黒髪で、赤い目に赤縁のメガネをしている少女で、年齢はだいたい二十歳くらいだろう。髪を後ろで一つ結びにしていて、腰あたりまで髪が届いている。
「申し遅れました! 私は初代魔王にして、日本からの転生者! クラリスという者です!!」
クラリスさんだそうだ。とても元気がいい。洞窟ばっかりで暗くなり始めていた俺たちには、うるさいくらいのテンションだな。
「…… うるさい」
オリヴィアも同じことを考えていたか。まあ、うるさいというか、うざいんだが。
「ひどいです! というか、そこの男の人! 今絶対に失礼なこと考えてたでしょ!!」
「カンガエテマセンヨー」
「カタコトすぎるでしょ!?」
本当に鬱陶しいな。だが、そんなことより、さっき気になるワードを言っていたな。
「初代魔王と言ったな?」
「あ、はい、そうなんですよ! 私が初代魔王なんです!」
「なぜ、こんなところにいるんだ?」
初代魔王は千年前に勇者に討伐されたはずだ。こんな所で生きているというのはおかしい。
俺は普通の目と魔眼の両方を使って、初代魔王と名乗った少女を観察する。
「あうぅ、怖いです。そんなに睨まないでください……」
「…… ほんとに魔王?」
オリヴィアがそんなことを口にするが、実にもっともな疑問である。俺も、こんなのが魔王とは思いたくない。
だが、魔力量や魔法適性を見ると、とんでもない才能の持ち主だということはわかった。
「それは本当ですよ! なにせ、このダンジョンを作ったのも私なのですから!」
「こんなのが作ったのか……」
「…… 魔王のイメージが崩れた」
「お二人ともひどいです!!」
てか、こんな残念なやつが日本にもいたのか。魔王としても残念だが、人間としても残念だな。
あれ? それって結局のところ、生物的に残念なんじゃね?
「はぁ、まあいい。それで、なんで死んだはずの魔王がこんな所にいるんだ?」
「ええとですねー、実はいろいろありまして、私が倒されることはなかったんですよ」
「出回っている本は、偽の物語ってことか?」
「ええ、そうです。私は逃げ延びて、このダンジョンを作って待っていたんですよ。ここに日本人があらわれるのを……」
「…… なんで日本人なの?」
「え? 日本の話がしたいからですが?」
「斬るぞ?」
「わわわ! 冗談ですから! 剣を抜かないでください!」
本当に話したいだけでこんなダンジョン作られたら、攻略側はたまったもんじゃない。
もし、本当にそうだったのなら絶対に斬る。
「…… アルフレッドって、転生者だったんだ」
「オリヴィアこそ。驚いたぞ」
「…… 私も驚いた。仲間を見つけた気分」
「あの〜、私も転生者なんですが〜」
「「そういえばそうだった」」
「素で忘れないでください!!」
となると、ここには日本人が三人も集まっているのか。いろいろと募る話もありそうだな。
「それで、なんでダンジョンなんか作ったんだよ」
「試練を与えるため、ですかね。私からのお願いには力が必要になるので」
「…… なんのお願い?」
「ええとですね、今の魔王を倒してほしいんですよ」
「なんでだ?」
「結論から言いますと、現魔王は魔族だけではなく、魔物を操ろうとしています。それを食い止めるためです」
「…… 魔物を操る?」
「ええ、現魔王は千年前、私の腹心だった男です。彼は魔力量だけは圧倒的でしたが、魔法がほとんど使えませんでした」
「確かに、現魔王は魔法を使えないと聞いたことがあるな」
「ですが彼は、一つだけ特異魔法を手に入れました……」
「…… なに?」
「別の生物に、自分の魔力を送り込み、操る魔法です。それを使って、この大陸の魔物すべてに自分の魔力を注ぎ、操ろうとしています」
別の生物に自分の魔力を送り込もうとすると、ほとんどの場合、どちらの生物の魔力も拒否反応を起こす。そのため、まともに魔力を入れることはできないのだ。
まあ、魔力操作の技術によっては、少量の魔力なら入れられないこともないのだが、
だがもし、無制限でそんなことができる魔法を手に入れ、しかも魔力量だけは圧倒的ときたら、とんでもなく厄介な能力だな。
「状況はわかった。だが、なぜ魔王であったお前がそんなことを頼むんだ?」
「私が平和を求める魔王だからですね!」
「どういうことだ?」
「私は、当時勇者だった人間に交渉したんですよ。魔族と人間、どちらの種族も協力して生きようと」
「…… できたの?」
「交渉自体は成功しました。ですが、魔王を討ち取らないというのは教国が許さず、私だけは殺されることになりました。ですが、勇者は私を逃し、今の今までこのダンジョンの中に住んでいたわけですね!」
「なるほど。御伽噺の内容は、勇者が教国に対して報告した嘘の話ってところか」
「おそらく、そういうことでしょうね」
本の中では、魔族も魔王も死んだことになっていたんだが。まあ、時間が経つにつれて内容が変わっていくなんて、情報伝達能力の未発達なこの世界では、よくあることだ。
真実を簡単に言ってしまうと、魔族は殺されず、魔王は勇者の手によって隠されたっていうところだな。
「それにしても、なんで日本人なんだ?」
「え? だって、転生者だから強いじゃないですか」
「…… それだけか?」
「それだけですよ」
「「「……」」」
どうやらこの初代魔王さんは俺に殺されたいらしい。
横を見てみると、オリヴィアも魔法の準備を完了させていた。
「あ、あのお二人とも…… なんでそんなに殺気立っているんですか……?」
「つまりお前は、転生者だから大丈夫だろうと思って、このダンジョンを作ったと?」
「ええ、そうですけど……」
「オリヴィア」
「…… わかってる。いつも通りにやる」
一瞬の間をおいて、俺は魔王に斬りかかった。
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「ぜぇぜぇ、はぁはぁ。酷い目にあいました〜!」
「俺は今、清々しい気分だよ」
「…… 爽快だった」
「本当にお二人とも酷いです!!!」
いやだって、俺たちここで死にかけてるし。このくらいは仕方ないよね。
「…… 私はこのダンジョンで両脚を失った。アルフレッドが来なきゃ、死んでた」
「あうぅ、ごめんなさい……」
「てか、あのトラップは、転生者以外には発動しないんだよな?」
「ええ、そうですよ」
となると、俺のせいでソフィは巻き込まれかけたのか。
悪いことしたな。戻ったら謝らないと。
「ははぁ〜ん。その顔は、もしやコレですね?」
クラリスは右手の小指の立てて言ってきた。普通に「恋人ですね?」っては言えないのか?
「どこかの誰かさんのせいで、もう何年も離れ離れだがな」
「うぅ、本当に申し訳ないです……」
まあ、このダンジョンは嫌な思い出もあるが、魔力を手に入れるちょうどいい機会でもあった。
そのため、そこまで初代魔王を恨んでいるわけでもない。
攻略し終えたのなら、早くここから出て行ってしまおう。
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俺とオリヴィアはここを出るために準備中だ。装備の修復やら、荷物の整理やらをしている。
今度は外に出るため、ある程度大きめの革袋を作り、そこに魔石をいくつか入れておいた。冒険者ギルドで売る用だ。
「魔王を倒す以外に、なにか頼みたいこととかないのか?」
「特にないですね。もう会えるかどうかもわかりませんし……」
「ならいいか」
「反応うっす!? もっと悲しい顔する場面ですよ、今のは!?」
「知らん。面倒ごとを一つ聞いてやるだけでありがたいと思え」
「冷たいですねー、そんなんじゃ彼女に振られちゃうますよ?」
「彼女にこんな対応したことないから、そいつは無駄な心配だな」
「つまり私に対してだけですか!? 本当に酷いですね!?」
ソフィ、元気にしてるかなあ。俺がいなくなって寂しがってるだろうなあ。
「…… ここ抜けたら、どこに出るの?」
「王都の近くの森の中にある遺跡です」
どうやら脱出はできるらしい。何年ぶりの外だろうか? 少し緊張してきた。
俺たちはワクワクしながら、クラリスの用意した魔法陣の上に乗る。
「あ、これ私の連絡先です。困ったら電話してください」
「なんでスマホがあるんだ!?」
「魔道具ですよ。家臣に作ってもらったんです」
奇妙なスマホ型の魔道具を渡された。こんなものまで作っていたのか。発想力だけ現代チートみたいなもんだな。
少しだけこの茶の間が名残惜しくなってくるが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「それじゃあな、また会おう」
「…… さよなら」
「ええ! お元気で! また会う日までー!」
その言葉を最後に、俺の視界はまた真っ白に染まっていった。
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《魔王》
魔族の中から最も優秀な者が貰い受ける称号。
基準はさまざまで、戦闘力はもちろん。統率力や頭の良さも含まれる。
魔王はすべての魔族を従える能力を持つが、魔物を従えることはできない。
魔王が死ぬと、即座に次の魔王が選定されるようになっている。
《勇者》
人間の中から最も優秀な者が貰い受ける称号。
魔王とは違い、戦闘力と人望によって教国が選定する。
魔王を倒すための、人類の希望。
魔王が本格的に動き出す時に選定される。
残念キャラって、なんかいいよね