魔王の番犬
俺たちは階段を降りていき、百層に到達した。
そこは正方形の部屋になっていて、壁には松明が刺さっている。
俺たちとは反対側の壁には、サイクロプスでも通れそうなほど大きな扉がある。そして、その手前には、この部屋の主と思わしき魔物が寝ていた。
魔物は、十五メートルはあるであろう巨体を、四本の足を使って持ち上げる。その三つの頭についている目は、俺たちをじっとと見ており、その視線から漏れ出る殺気で、足が竦みそうになる。
「ケルベロス……」
初代魔王が、自らの能力で作った最初の魔物であり、最強の魔物。魔王が気に入らないやつはすべて、ケルベロスの餌になったという逸話を持つ。
そして、初代勇者が初代魔王を倒すにあたって、最も苦戦したという相手。
「なんでこんな所にいるんだよ……」
「…… それはわからないけど、倒すしかない」
「それもそうだな。準備はよろしく」
「…… わかった」
今回オリヴィアには、魔法の他に、もう一つの準備をしてもらう。うまく当たればいいんだが。
ケルベロスは姿勢を低くして、すでに臨戦態勢に入っていた。俺もそれに合わせて剣を構える。
恐怖と緊張はあるが、それよりも集中力を高めて、感情を消す。
俺はケルベロスの方に警戒しながら進んで、少しずつ間合いを詰めていく。俺が近づくにつれて、ケルベロスも警戒を高めるように牙を剥く。
そして、間合いに入った瞬間、一気にケルベロスの方へと踏み出した。
ケルベロスは、俺から見て左側の頭で噛みついてくる。俺はそれを上に飛ぶことで回避し、近づいた頭に向かって剣を振った。
俺の剣はケルベロスの額をかすり、浅く傷をつけた。
俺はそのままケルベロスの上に乗り、背中をヒヒイロカネのナイフで突き刺す。魔力を送り、高熱でダメージを与える。
ケルベロスは、体を傷をつけられた怒りで、俺を背中から振り落とそうと暴れる。
俺は耐えようとしたが、さすがは魔王の番犬だ。あっさりと振り落とされてしまった。
ケルベロスは、俺に追撃を仕掛けるために口を大きく開く。
そこから出てくる攻撃方法は、噛みつきではなく魔法。真ん中の頭が、火のブレスを吹いた。
「魔法まで使えるのかよ!?」
俺は咄嗟に、シールドを使って魔法を防ぐが、近づいてきたケルベロスの右手によるパンチは、防ぐことができなかった。
直撃を受けて吹き飛び、壁に激突する。急いで全身をヒールで治し、状況を確認する。
すると、ケルベロスはすでに俺の目の前に迫っており、今度は左手の引っ掻き攻撃が、俺の体をかすめる。
たったそれだけで、俺の右手は切断され、腹にも半分くらい爪が食い込んだ。
「…… アルフレッド!」
「こっちは気にするな! 準備を進めておけ!」
ヒールとシールドを同時に発動し、自分を守りながら回復をする。
ケルベロスのスピードとパワーはともかく、魔法まで使うのは厄介だな。
ケルベロスは確実に俺を仕留めるため、俺だけに狙いを絞っている。それだけがありがたいことだった。
「光魔法の真髄、見せてやる……!」
俺は目を瞑り、右手に魔力を集中させてライトの魔法で閃光を放った。
いきなり目の前で激しい光が発生したケルベロスは、当分は目が見えないだろう。
「ずるいなんて言わせねぇぞ!」
俺はケルベロスの真下に潜り込み、ヒヒイロカネのナイフを腹に当てながら股下を抜ける。
弱点を傷つけられ、ケルベロスは暴れるが、視力が戻っていないため、俺を捕捉できていない。
俺は剣に多めに魔力を流し、ケルベロスの右頭の首を切断した。
ガァ! と苦しみの声を上げる、ケルベロス。そこにオリヴィアの風魔法の準備が完了し、俺が離れてから、それは発動した。
「〈テンペスト〉」
最上級魔法で体をズタズタにすると、ケルベロスの動きが鈍くなった。
その隙を見て、俺はケルベロスに突っ込む。すると、ケルベロスは風魔法を口から出して、俺の接近を妨害してきた。
俺は、魔法攻撃をシールドを使って防ぎつつ、ケルベロスの下に潜り込み、剣を横薙ぎに思いっきり振って、今度は左前脚を断ち斬った。
ケルベロスが倒れこみ、チャンスが生まれる。俺は真ん中の首を狙って剣を振るが、左の頭が使った風魔法によって、距離を取らざるを得なくなった。
「これなら、アレを使わなくても勝てるかもな」
「…… それが一番いい。〈ダークネス〉」
オリヴィアの上級の闇魔法〈ダークネス〉が発動する。相手の視界を奪う魔法だ。
それを受けて、ケルベロスの動きが止まる。その隙を見逃さず、俺はもう一度ケルベロスに近づいていった。
だが、ケルベロスは待ってましたとばかりに、真ん中と左の頭が、同時に魔法を発動させた。
火と風の魔法が互いの威力を高めあって、大きな火の竜巻となって俺を襲った。
俺は咄嗟に、全方位に〈シールド〉を張ってダメージを減らすが、あまりの威力にガードを破られ、全身に大火傷を負った。
ヒールを使って回復をし、ケルベロスを見る。すると、頭が一つ減っていて、体にあった傷がなくなっていた。
「どういうことだ?」
「…… ケルベロスが、自分の頭を減らして回復した……」
どうやら、回復できるのは俺だけじゃなかったらしい。右側の頭も斬り落としておいてよかった。
頭が一つになったケルベロスは、口から炎の魔法を撃ってくる。俺はその攻撃を回避し、ケルベロスの横に回り込んで、腹を斬りつけた。
だが、尻尾による攻撃で反撃され、後ろに転がることで、受け身を取って立ち上がった。
すると、そこに追撃のブレス撃ち込まれ、横に飛んでなんとか避ける。
さっきよりもパワーが落ちたが、スピードが速い。どうやら、頭が減ったおかげで軽くなったらしい。
「〈ウィンドブラスト〉」
上級の風魔法〈ウィンドブラスト〉によって作られた風の弾丸が、ケルベロスに飛んでいく。
ケルベロスはそれをステップで避け、オリヴィアに向かって火のブレスを撃った。
「……!?」
「オリヴィア! 避けろ!」
オリヴィアは、横に頭から飛び込むことでなんとか避けたが、そこには、いつのまにか移動していたケルベロスが待っていた。
俺は、唖然として動けないオリヴィアの所で走り、ケルベロスの左手の一撃を体で受け止める。
「ぐっ!」
一撃の重さに耐えきれず、俺の体は壁まで吹き飛ばされた。それを好機と見たケルベロスは、俺に向かって嬉々として走ってくる。
ケルベロスが、嬉しそうにこちらに走ってくる姿を見た俺は、思わず口元をにやけさせてしまった。
完璧だな、これは。
ケルベロスが俺の元にたどり着き、爪を立てる寸前、ケルベロスの真下の地面が、突然大爆発を起こした。
砂けむりが舞い上がったことで視界が塞がり、俺はそのうちにヒールを使って回復する。
しばらくそこで動かないでいると、オリヴィアが俺の所まで走って来た。
「…… アルフレッド、無茶しないで」
「悪い。でも、完璧な誘導だっただろ?」
地面が爆発した理由は、俺が戦っている間にオリヴィアが設置した魔道具で、魔法の他に準備をしてもらっていたというアレだ。
オリヴィアの錬金術で魔道具の部品を作り、俺が魔法陣を描くことによって完成した物で、大型の魔物対策として準備していた魔道具だ。
地面に埋めることで、密閉された空間の中で大爆発を起こす爆弾。簡単に言ってしまけば地雷だな。
とは言っても、前世で使われていた物とは、比べ物にならないほど強力な物だが。
「さて、ケルベロスはどうなったかな?」
「…… 死んでると嬉しい」
砂けむりをオリヴィアの風魔法で払い、ケルベロスの状態を確認する。
「…… すごい、生きてる」
「でも、四肢がなくなってるな」
ケルベロスは生きていた。四本の足がすべてなくなった状態で。
俺は、瀕死のケルベロスに近づき、心臓に剣を突き立ててトドメを刺す。
ケルベロスはしばらくもがいていたが、いずれ力尽きて動かなくなった。
「なんとか、勝てたな」
「…… ギリギリだった」
「もう体がボロボロだ。これ以上の戦闘は、今日はできそうにないな」
「…… あの扉の先が終わりだと思って、進むしかない」
ケルベロスの命を絶った瞬間、次の階層への扉が開いていた。休憩所とかだとありがたいな。
俺は、ケルベロスから魔石を頂戴し、オリヴィアとともに扉へ進む。
扉の先には、魔法陣以外なにもなかった。
「これが出口だといいなあ……」
「…… 今日はここで休みたい」
「そうだな。体力も魔力も回復させてから進もう」
この魔法陣の先が、出口であることを祈るばかりである。
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《ケルベロス》
初代魔王が、魔物を生み出すという特異魔法を使って生み出した一番最初の魔物で、ランクはSS。
一つの頭につき、一個の魔法を使用することができ、それを扱うための知能を持ってはいるが、魔族ではない。あくまで、魔王が使役している魔物という存在である。
最終手段ではあるが、頭を一つ消費することにより、自身の体力と魔力を完全に回復することができる。
《特異魔法》
使用できる者が一人しかいない、本当に特異な魔法。光や闇魔法のように、複数いることはありえない。
発現方法は不明。生まれつき持って生まれた子もいれば、突然使えるようになることもある。
だが、これらに共通して言えることは、特異魔法が使える者たちは、皆、魔法適性が高い傾向にあるということだけだ。