アバークロンビー家の反応
前半は父様、後半はシャル視点になっています。
アルが転移魔法陣によって行方不明になった。
聞いた話によると、ソフィアちゃんを庇ったという。さすがは俺の子だ。命をかけて女の子を庇うとは。
アルが死んでしまったのか、それはわからない。生存確率は圧倒的に低いだろう。だがあいつは、そんな簡単に死ぬようなやつじゃない。
…… これは願望なのかもしれんな。もともと、そんな気がするってだけの話なわけだし。だが、これは実は、妻も同意見だったりする。
シャルは、その話を聞いてから一ヶ月ほど表情が暗かったが、最近はなんとか持ち直して、学院に入学するために頑張っている。
あんなにお兄ちゃんっ子だったから、相当つらいだろうに。本当に強い子だ。
母上は、アルが消えたことを喜んでいた。これでフィリップが領主になれると。
孫が死んだかもしれないのにこれとは…… 母上は完全に腐ってしまったな。
そんな母さんに、散々アルが無能だと教え込まれたフィリップは、悲しむ様子も喜ぶ様子もない。アルが死んだと聞かされた日から、ただただ一心に剣を降っている。
そしてたまに、剣を横に置いて瞑想をしている。その頰には、涙が流れていたのが見えた。
「フィリップ……」
「…… 父さん、僕は、兄さんになにもしてない。母さんに言われた通り、なるべく関わらないようにして、自ら距離を置いて……」
一番影響力の高い母や祖母に、兄についていろいろ言われつつも、フィリップはフィリップで、アルのことを考えていたんだろう。
兄は本当に無能なのか。剣闘祭の結果はなんなのか。それをずっと一人で抱えて、考え込んで…… 結局は兄と話すタイミングもなく、アルは行方不明。
「なら、これから仲良くなればいいだろ?」
「でも…… 兄さんは……」
「アルは絶対に生きてるさ。あいつは努力の化け物だからな。簡単に死ぬようなやつじゃないんだよ。だから、帰って来たら話しかけてやれ。兄弟らしく、仲良くな?」
「…… そうだね。なら、僕もまだまだ努力しなくちゃ」
そうしてフィリップは立ち上がり、また剣を振り始めた。
フィリップは、俺のことを目標にしているため、騎士になろうとしている。なので、もちろん剣を扱っているのだが、アルほどの才能はなかった。
元々フィリップは、五歳の魔法適性でいい結果が出てしまい、調子に乗って努力をしていなかった。
だが、アルは十歳の時に剣闘祭を準優勝したのだ、と聞かせると、それから努力をするようになった。
そして、今度は自分の意思で、いつか帰ってくるだろう兄に認めてもらうために、フィリップは努力をし始めた。
アルが行方不明になったと聞いてから三日後、バレンタイン伯爵が家に来て、ソフィアちゃんとの婚約解消を言い渡してきた。
アルの生存確率が低いことと、同じ爵位だったために強くは出れず、受け入れてしまった。
騎士団長の権威なんてないに等しかった。なんて不甲斐ないんだ、俺は。
それから一週間後、バレンタイン伯爵は学院で、婚約解消についてソフィアちゃんに話をしたらしい。
すると、断られた挙句、ソフィアちゃんは自主的にバレンタイン家を出ていったそうだ。
彼女は、本当にアルのことが好きなんだな。まさか名を捨ててまで探しに行くとは…… うちの息子も幸せ者だ。
暗闇の洞窟については、王国の調査団が調べている。
なぜ、初心者向けのダンジョンに、転移魔法陣のトラップがあったのか。そして、サイクロプスという危険な魔物が出たのか。
すべては不明。調査開始から三ヶ月が過ぎたが、なにもわかっていないらしい。
いや、そういえば一つだけわかったことがあったな。
あのダンジョンに、魔族が入り込んだ形跡が見つかったらしい。実に巧妙に自分の魔力痕を隠してあり、最近見つかったその侵入形跡は、約千年前のものだったそうだ。
よくもまあ、そんなに前のものを見つけられたものだ。調査団の調査能力も侮れないな。
それにしても、千年も前から転移トラップを準備していたのなら、なぜトラップにかかったのはアルだけだったんだろう? もっと前に、誰かが引っかかるだろ、普通。
もしかすると、トラップになにかしらの条件が仕掛けられていて、それに該当するのがアルだった、とかかもしれない。
そうだとしたら検討もつかんな。
アルは確かに不思議な子だったが、別に特殊な子ではなかったし。いや十歳で剣闘祭の決勝戦に出るあたりは特殊だったが。
まあ、それは考えても仕方のないことか。
まったく、いろんな人に心配かけてるんだ。早く帰ってこいよ、アル。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
お兄様がいなくなってからもうすぐ半年になります。
お兄様は、学院に通っている間も手紙をくれたり、長期休暇にこちらに帰ってきてくれたりしていたのですが、まさか当分帰ってこられなくなるとは。
まったく、妹への愛情が足りないのではありませんか。
ですが、仕方ありません。ソフィアお姉様を庇ってトラップに巻き込まれたと聞きましたし、その優しさに免じて許してあげます。
お兄様は、魔法があまり得意ではありませんので、ちゃんとダンジョンの中でやっていけるか心配ですが、おそらく大丈夫でしょう。
お兄様は対応力の高いお方ですから、すぐにダンジョンの環境にも適応してしまうと思います。
私は、一年後には学院に通わなければなりません。お友達ができるのか心配ですが、お兄様は「シャルなら大丈夫だよ」と言ってくださいましたので、おそらく問題ないでしょう。
私は今、学院で優秀な成績を残すために、魔法の勉強を頑張っています。
最近は、上級の氷魔法が使えるようになりました。ソフィアお姉様ほど上手くはいきませんが、自分なりに頑張っているつもりです。お兄様もそうしていましたから。
他にも、学院で習うことの大半はもう予習してあるので、勉強ができなくなる心配もありません。これで一年後、安心して学院に通うことができますね。
できることなら、お兄様に私の制服姿を見ていただきたかったのですが、それまでに帰ってくるのでしょうか?
そういえば、ソフィアお姉様が、バレンタイン家を出ていったということを聞きました。お兄様を探すために旅に出ているそうです。
実は私は、家族には内緒で、ソフィア様とはお手紙でご連絡を取らせていただいております。
今は教国にいると言っておりました。確か教国は、真神教の大聖堂があるところですね。魔王が出てくると、勇者様を選定する所でもあります。
ソフィアお姉様は確か、勇者様と出会ったと言っておりました。
お姉様ほど優秀な魔法師なら、もしかしたら勧誘されているかもしれませんね。
お兄様、私はずっとお帰りをお待ちしております。どうかお体に気をつけて、生きて帰ってきてください。
シャルのブラコンが加速していく……
次回からアル視点に戻ります。