覚悟
今回はソフィ視点です。
私の目の前には、半分になったサイクロプスが倒れている。
アル君は私を庇って、魔法陣に飲み込まれていった。
あの魔法陣はいったいなんなんだろう。銀色に輝く魔法陣なんて初めて見た。
「とにかく、ここから出なくちゃ……」
なにかのおもりを下げているかのように、足が上がらない。
私はなかなか動かない足を引きずって、出口へと向かった。
ダンジョンを出ると、みんなが笑顔で出迎えてくれた。生きててよかったと、泣いてくれる人もいた。
だが、ヨハン君とリューリク王子は、私が一人なのを見て顔を伏せてしまった。
「ソフィアさん、その…… アルフレッドは?」
アリスさんが、私を心配するように聞いてくる。
アル君は…… アル君は、死んじゃったのかな……
嫌…… そんなの嫌だよ。
「わかん…… ない、わかんないよ!」
ボロボロと大粒の涙を流して、大声で泣いてしまった。
アリスさんは、そんな私を慰めるように抱きしめてくれる。
「そうですか…… 大変でしたわね。ゆっくり休んでください」
私はそこでしばらく泣いて、気がつかないうちに意識を手放していた。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
目を覚ますと、そこには知らない天井があった。
「あっ! 目を覚ましたのね!」
この人は確か…… 医務室のリーゼ先生だ。
若い女の先生で、胸が大きい。羨ましい。
「先生、私はどうしてここに?」
「あなたはダンジョンを出て、すぐに気絶して、ここに連れてこられたのよ」
ああ、そうだった。私、気絶したんだった。
なぜ気絶したかって、それは……
「アル君……」
「そんな顔しないで、ソフィアちゃん。アルフレッド君になにがあったのか、聞かせてもらえないかな?」
「はい……」
それから、学院長なんかの先生方が集まってきて、私はダンジョンでの出来事を、できる限り詳しく話した。
サイクロプスを重傷まで追い込んだこと、そこから逃げる時にトラップが発動したこと、そして私を庇って、アル君がトラップに巻き込まれたこと。
「なるほど…… 半分だけサイクロプスが残っていたのか」
「それに、アルフレッド君が消えたことも含めますと……」
「転移魔法陣で間違いないじゃろうな」
一番目が魔法陣担当の先生で、二番目がリーゼ先生。三番目が学園長の言葉だ。
それより、転移魔法陣ってなんだろう?
「あの、転移魔法陣ってなんですか?」
「転移魔法陣は、魔法陣の上にあるものを別の場所に転移させる魔法陣じゃ。普通は上位のダンジョンにしか発生しないはずなんじゃが……」
なんで上位のダンジョンにしかないトラップが、あの下位のダンジョンにあるんだろう?
でも、今の話を聞く限りそれって……
「アル君は、まだ生きてる可能性がある……?」
「そうじゃな、まだ生きてる可能性はある。じゃが、それはとても低い可能性じゃ」
そう、可能性としてはとてつもなく低い。それでもアル君なら、あのアル君なら……
「…… 大丈夫です。アル君は、絶対に生きてます」
「なぜ、そう言い切れるんじゃ?」
「私はアル君を、なにがあっても信じてますから」
アル君は絶対に生きてるはずだ。他の人が聞いたら、なにバカなことを言ってるんだって言われそうだけど、それでも私は確信している。
アル君は、そのくらいで死ぬような人じゃない。どんな状況からでも、きっと這い上がってくる。
私は、しっかり休養を取ってから医務室から出る。
その足でヨハン君の所へ向かい、さっきのことを話すと、
「なるほど。確かにアルフレッドは、そのくらいじゃ死ななそうだな」
と言っていた。さすがアル君の一番の友達。ちゃんと分かってる。
それから私は、転移魔法陣のことについて図書室などを使って調べた。
どうやらうまく作れば、製作者の思い通りに転移させられるらしい。ただ、まだ人間が開発できていないほど難しい魔法陣だ。
あのダンジョンの製作者って、一体誰なんだろう? まず、それがわからない。
転移させる場所が決まっているとなると、暗闇の洞窟からどこに飛ばしたんだろう? そんなに遠くに転移はできないはずだから、あのダンジョンの近くのはずだ。
「うーん…… せめて地図があればなあ」
地図は戦争になった時に、最優先で手に入れるべき情報なので、国家機密になっている。
そんなことを考えていると、バレンタイン家からの使者が来たと、司書の先生が、私に話しかけてきた。 私に何の用だろうか?
先生に案内されて応接室に入ると、そこには実家からの使者……
「って、お父様!?」
お父様がいた。
「やあ、ソフィア。元気だったかい?」
「はい、元気でしたけど。お父様がなぜここに?」
「アルフレッド君のことなんだが…… 残念だよ、まさか死んでしまうなんてね」
お父様の言葉に、私はムッとする。
「アル君は、まだ死んだと決まったわけじゃありません」
「ダンジョンの転移魔法陣で飛ばされたんだろう? そうしたらもう、死んだも同然だよ」
「アル君は絶対に生きています」
そんな話をしに、お父様は学院に来たの? 我が父ながらひどい人。
「まあいいさ。事実を認めたくないというのはわかる。だからこそ私は、お前とアルフレッド君との婚約を破棄した」
…… 私とアル君の婚約を破棄?
「…… なっ!?」
「そして、新しい婚約者を見つけてきたんだ。それがこの、ソレイダス・アンドレアだ。公爵家の次男で、魔法も剣術も一流。ソフィアにぴったりだろう?」
「私がソレイダス・アンドレアだ。よろしく頼むぞ、ソフィア・バレンタイン」
ソレイダスと呼ばれた男は、私の体を舐め回すように見回した。
欲に溺れた汚い目だ。アル君なら、あんな目は絶対にしない。
「ふざけないでください! なにが新しい婚約者ですか!?」
「だが、アルフレッド君が死んでしまったのは事実だ。これをしっかり受け止めてもらわないと、私が困る。お前は、バレンタイン家の長女なのだから」
「アル君が死んだとはまだ決まっていません! アル君が死んだ証拠を見つけない限り、私は探し続けます!」
ふざけるな。アル君を捨てて、新しい男と縁を結べだと?
そんな、アル君を裏切るようなこと…… 私は絶対にしない!
「お前は、この事実を受け入れればいいだけだ。昔のくだらない男のことなど、忘れてしまえ」
ソレイダスが、つまらないと言わんばかりの顔で言い捨てた。
「私は、あなたなんかを受け入れたりはしない! それに、アル君のことを何も知らないくせに、くだらないなんて言うな!」
「アルフレッドという男のことなら知っているさ、魔法が使えない無能とな」
ソレイダスは、無能という単語を強調して言った。
アル君は無能なんかじゃなかった。魔法が使えなくても諦めず、いろんなことを努力して、それを習得してきた。
「あなたが知っているのは、たったそれだけだ! アル君は魔法が使えなくても強かった! 精神も肉体も、あなたなんかとは違ってね!」
「貴様、私を侮辱するか!!」
「きゃっ!!」
右頰を打たれ、尻餅をつく。
ほらみろ、自分に都合が悪くなるとすぐに手を出す。悪い男の典型例だ。
「ソフィア、いい加減諦めてくれないかね。私も忙しいんだ」
私を無理やりこんな男とくっつけようとして、よく言う。
もうこんな男を父だとは思わない。
「そうですか…… わかりました……」
椅子に座って、私は決断する。
「おお! やっとその気になってくれたかね!」
「ええ、私は…… バレンタインの名を捨てる決意ができました」
「…… はい?」
こんな男と縁を結ぶくらいなら、私は一人でアル君を探した方がマシだ。
「お父様、と呼ぶのもこれが最後です。あなたとはもう、二度と会いたくない。私は一人で生きていきます」
「ま、待てソフィア! 考え直せ!」
「いいえ、これは決定事項です。私は、一人でアル君を見つけ出してみせます」
「そ、そんな……」
唖然としている二人を横目に、私は部屋を出た。
そのまま寮に戻り、荷物をまとめる。
「ソ、ソフィアさん? 何をしているのですか?」
「アリスさん、今までありがとう。あなたのことは一生忘れないわ。剣も魔法も、頑張ってね」
「えっと、それってどういうことですの?」
「私、今日で学院を退学するわ」
「ええっ!?」
私は、アル君を探すために冒険者になる。
これからは伯爵家の長女ではなく、一人の冒険者として、愛する男のためにこの身を尽くす。
絶対にアル君を見つけ出してみせる。
ソフィがアルを捨てて、ソレイダスにつくのもありだなと、書いてて思いました。
ただそれだと、もう少し裏のありそうなキャラの方が良かったなって思ったので、ソフィはアル一筋で。