壁の向こう側にいたのは……
学院に入ってから一年が過ぎ、俺は二年生になった。
そして今、俺たちのクラスはダンジョンの入り口にいる。
「ダンジョン実習では、絶対に全員無事に帰ってくるんだぞ」
サバイバル訓練のせいでいろいろと大変だったルイ先生が言うと、なかなかに説得力があるな。
二年生の行事の一つ、ダンジョン実習がもうすぐ始まる。
この実習はクラスごとに、王都の近くにある〈暗闇の洞窟〉に潜る。
目的はサバイバル訓練と似たようなものだ。だが、それよりも危険度が高い。先生が念を入れて注意を喚起するのも頷ける。
必要な物は武器と食料。実習期間は一日だから、量は少なくても問題ない。
「ダンジョンか…… 男心をくすぐられるな」
「それで注意散漫になって、怪我しないでね」
それは本当にありそうだな。気をつけておこう。
「よし、じゃあダンジョンに入るぞ! みんな、気をつけながら進んでくれ!」
ルイ先生はあれ以来、生徒に対して過保護になったなあ。俺たちが入学した時は、かなり適当な感じだったのに。
ルイ先生が話している、過保護な言葉を聞き流しつつ、A組はダンジョン内に入った。
ダンジョンの中では、五十人が固まって移動するわけにはいかず、五人一組の班になる。
横に五人が並んでおり、それが五列作られている。
一番前の班の戦闘が一番多くなるため、ある程度時間が経つと、一番前の班は一番後ろに回る。そうやって、ぐるぐると戦う班を交代していくのだ。
さながら、長篠の戦いの鉄砲の三段撃ちのような陣形だ。三段ではなく、五段になっているがな。
俺の班は、いつも通りのサバイバル訓練の時の班だ。
今回は王子が俺の班に来ても、あまり嫌な視線を送られなかった。努力の成果だな。
そういえば、今ごろヨハンは大丈夫なのだろうか? サバイバル訓練で班員がみんな死んでしまったからなあ。ボッチになってそうだ。
「魔物が出たぞ! レッサーウォーウルフ三匹だ!」
前の方で、そんな声が聞こえた。
俺たちの班は今、前から四番目の列にいるため、戦闘の状況がよく見えない。聞こえてきた声で、どんな魔物が出たのかがわかるくらいだ。
このダンジョンの魔物のランクは、FもしくはEで、学院の生徒は、気をつけてさえいれば怪我もしないだろう。
「このダンジョンは、トラップがないんでしたっけ?」
「正確にはあるが、数があまりにも少ないため、ほとんど発見されていない」
アリスが聞き、ギランが答える。
この二人は、昔から王子の護衛をしているおかげで、一応仲がいいそうだ。
この情報はソフィから聞いた。なぜソフィは、そんなことを知っているんだろうか?
しばらくして陣形が回っていき、俺たちの班が一番前に出た。
「やっと順番が回ってきたな」
「後ろは退屈だから、時間が長く感じるよね」
ようやく剣を振れるな。と思ったら、レッサーウォーウルフが来た。
よし、真っ二つにしてやろう。
「〈ウィンドショット〉」
キャイ〜ンッ!
いや早いな!? 出てきてまだ二秒よ!? レッサーウォーウルフがかわいそうだな!?
さっそくソフィに獲物を取られてしまった。やっぱり魔法はずるいなあ。遠くから攻撃できるんだもの。
ソフィをチラッと見たら、勝ち誇ったような顔をしていた。イラッとするよりも、かわいいなと思ってしまった。まるで子どものようだ。
「ソフィ、索敵うまくなったな」
「私だって毎日訓練してるんだよ!」
一年前のソフィなら、俺がレッサーウォーウルフを倒すまで気づかなかっただろう。
ソフィは両腰に手を当てて、胸を張る。まるで、えっへんと効果音がつきそうなポーズだ。
「それに、魔法の発動速度もかなり上がってる。これなら、俺の出番はなさそうだな」
「えへへ〜」
この班は、ソフィだけでも他の班に匹敵するか、それ以上の戦闘力を持っている。
本当にチートレベルだな。うらやましい。
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ダンジョン実習は、途中までは特に問題なく進んでいた。しかし……
「おいおい、何匹いるんだよこれ!?」
「そんなのわからないわよ!」
「クソッ! なんでこんなに魔物がいるんだよ!」
俺たちA組は、百匹以上の魔物の大群に囲まれていた。
「全員落ち着け! 焦らなければ、倒せない数じゃない!!」
ルイ先生が大声をあげて、みんなを落ち着かせようとする。だが、
「助けてくれー!」
「嫌だ! 死にたくない!」
「これでもくらえ! 〈ファイアーボール〉!」
焦りや恐怖心から、クラスの全員が取り乱し始めた。
しかし、一人が魔法を放ったことにより、落ち着きをなくした全員が、自分が魔法を使えることを思い出したようだ。
「〈ウィンドカッター〉!」
「〈ウォーターブレッド〉!」
「〈ファイアーブラスト〉!」
それぞれが、自分の最も得意のしている魔法を、魔物に向かって撃ちまくる。
しかし、火属性と水属性の魔法は、互いに打ち消し合ってしまうため、全体の三分の一ほどの魔法がかき消えてしまっていた。この乱戦の中でまともに使えるのは、風属性のみだ。
「あれじゃあ、まともに魔物の数は減らないね。〈ウィンドショット〉!」
「あの魔法の密度じゃあ、俺が剣を持って突っ込むこともできないしな。しかも、全員焦ってるせいで、魔法が消えてることに気づいてない」
俺は一応最前線にいるが、魔物に突っ込めない。魔法も使えないため、完全に役立たずだった。
魔法を抜けてきた魔物だけでも斬っておくか。
「全員落ち着け! 使う魔法は風属性のみにしろ! 火属性と水属性は使うな!」
ルイ先生が、風属性の魔法を使いながらみんなに向かって叫ぶ。
この人、実はすごい有能なんだな。非常事態でも焦らないし、クラスをまとめようとする。
だが、先生の言葉は届かない。生徒たちは、撃ってる魔法の数に対して魔物が減らないことで、余計に焦燥感が高まっているようだ。
すると、魔物が一匹抜けてきた。レッサーウォーウルフだ。素早い魔物だから、魔法を抜けられたのだろう。
みんなより少し前に出て、剣に魔力を込める。そのまま自分の左側に剣を持っていき、腰を低くして構える。
レッサーウォーウルフは、一番近くにいた俺に向かって、真っ直ぐ突っ込んで来た。
俺はそれを、すれ違いざまに横薙ぎに剣を振る。すると、レッサーウォーウルフは真っ二つになった。おそらく即死だろう。
さすがはミスリル製だ。あまり魔力を込めなくても、切れ味がいい。
俺が、魔法を抜けて向かって来る魔物を斬って回っていると、魔物がだいぶ少なくなっていた。
途中から、ルイ先生の声が生徒たちに届いたらしく、風魔法が使える者は魔法を撃ち、その他は武器を構えて魔物を待ち構えていた。
魔物百匹に囲まれたら、最初は誰でも焦る。それでも、途中から落ち着きを取り戻せるのだから、生徒たちも有能なんだろう。
「よし! 魔物が減ってきた! 一気に押せぇぇ!!!」
ルイ先生が最後のひと押しを叫ぶ。その瞬間、魔法がさらに激しくなり、魔物を全滅させることに成功した。
「ふぅ、やっと終わった。ソフィ、大丈夫か?」
「うん、アル君が守ってくれてたから、怪我ひとつないよ」
死者はゼロ。だが、軽症者が数名いるため、応急処置をしなければならない。
「みんな、よくやった! 早く……」
ルイ先生おそらく、「早く帰ろう」と言いたかったのだろう。
しかし、その言葉を言い切る前に、ルイ先生はダンジョンの壁ごと吹き飛ばされた。そのままベチャッという音を立てて、反対側の壁にぶつかる。
そして、先生がいた方の壁には、十メートル以上もある大きな穴が空いていて、そこから出てきたのは……
「サイクロプス……」
Aランクの魔物だった。
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《レッサーウォーウルフ》
レッサーウォーウルフとは、Eランクの魔物である。
素早いのが特徴で、群れを作って生活している。一匹ではゴブリン並みに弱い魔物だ。
たまに群れを逸れて、一匹で行動しているのもいるが、その場合のランクはFになる。
《サイクロプス》
サイクロプスとは、Aランクの魔物である。
一つ目の巨人で、身長は十メートルほどある。
体を魔力を使って強化しているため、とても頑丈。
山をも砕くと言われているほどの筋力を持っている。
次回、ようやく苦難が始まる…… かも?