淡水魚館
次の日、部屋でしっかり眠って疲れを癒した俺は、水族館に来ていた。
臨海学校の二日目は、午前中水族館に行き、午後に帰るという予定になっている。つまり、この水族館が終われば、臨海学校も終了だ。
この世界の水族館は、前世の現代ほどのガラス技術はないため、透明度は低いが、魔道具のおかげで見えにくくはない。少しだけ黄ばんでいるような見え方だ。
「アル君、一緒に回ろうね!」
「二人で回るか?」
「うん!」
水族館デートとは、学院はなかなかロマンチックな行事を用意してくれたものだ。
ちなみに、この世界も前世の世界も、あまり動物や昆虫の生態系に変化はない。魔物が存在しているか、していないかくらいの違いだ。
魔物は、魔力を持っていない動植物や昆虫に興味を示さないため、生態系を大きく狂わせなかったのだ。
その性質を生かして、魔物に卵を産み付ける昆虫なんかがこちらにはいるが、魔物も自然と耐性がついてくるため、大繁殖することはない。なにせ、魔物の進化速度は圧倒的に早いのだ。
「時間になったら呼ぶから、各自好きなように行動してくれー」
昨日からの疲れを引きずっているのか、いつもよりも気だるそうなルイ先生が、適当に今日の予定の説明をした。
「行くか」
「最初はなに見たい?」
「ナマズとか見たいな」
「よし! じゃあ行こー!」
この水族館は、昨日の昼に入った湖にいる魚を集めたものなので、淡水魚しかいない。
前にも言ったが、海は魔物の巣窟で、深いところではとても魚が取れるような環境ではない。そのため、こういう水族館のほとんどが淡水魚館になっている。
「やっぱり、ナマズ目とコイ目が多いな」
「なにそれ?」
「ナマズとコイの仲間が多いってことだ」
「へぇ〜、アル君は物知りだなあ」
前世では、インターネットと本で無駄に知識を収集していたからな。
ちなみにこの世界の情報は、家にあった本と、学院の図書館で調べ尽くしたため、だいたいのことは知っている。
「コイの餌やりとかやってみるか?」
「やりたい!」
あの湖にはコイもいるらしい。ここの観光客は金持ちばかりだから、餌には困らなそうだな。
コイの餌やり場は、水族館の外の少し開けた場所にある。
真ん中に大きな池があり、そこにはコイと鴨がたくさん泳いでいた。
「うわあ……! いっぱいいるね!」
「鴨も、餌が欲しくて集まってくるんだろうな」
俺は大銅貨二枚で餌を二袋買い、一つをソフィに渡す。
餌の何個かを手に取り、池に放り投げる。すると、コイがどんどん集まってきて、餌の周辺をコイの口が埋め尽くした。
「なんか、気持ち悪いね!」
言葉とは対照的に、楽しそうな笑顔を浮かべ、ソフィも池に餌を投げる。それも、鯉によって一瞬で食べ尽くされてしまった。
コイはもっとくれと言わんばかりに、こちらに口を向けて水面に出てくる。
俺とソフィはその姿を面白く思い、餌をどんどん池に投げてやった。
途中からは鴨も来て、コイとの早食い競争を開始する。だが、餌がなくなると、興味が失せたようにすぐにいなくなってしまった。
「ふふ、水族館楽しいね」
「ああ、本当に楽しいな」
「また来たいなあ……」
ソフィは、俺のことをチラ見しながら、そんなことを言ってくる。
「困ったことを言うやつだな」
「別に期待なんかしてないもん」
「嘘をつけ。でもまあ、そのくらいは稼いでやるよ」
「やった! アル君大好き!」
抱きついてきたソフィの頭を撫で、次は釣り体験をすることにした。
俺は、前世で釣りはやったことがあったので、意外と簡単に釣れたのだが、ソフィは初めてだったため、なかなか釣れなかった。
「アル君、引っかかるけど釣れないよ?」
「浮き玉が沈んで、少ししてから引き上げてみろよ」
「こう?」
言った通りにやるが、まだ引き上げるのが早く、見事に餌だけ取られている。これは完全に才能がないな。ソフィの意外な弱点だ。
「こうやるんだ」
ソフィを後ろから抱くようにして竿を持つ。少しソフィの体に力が入るが、こればかりは仕方ないと思うことにした。
魚がかかるのをじっくりと待ち、しばらくすると浮き玉が沈んだ。
「アル君、早くしないとお魚逃げちゃうよ?」
「そこで、少し待つのがコツだぞっと!」
言葉と一緒に竿を上げる。すると、少しサイズの大きいニジマスがついていた。それをそのままバケツに入れ、体を掴んで口から針を抜く。
「ほら、ちゃんと釣れただろ?」
「わぁ! アル君すごい!」
どうやら、釣った魚はその場で食べられるらしいので、お金を払って塩焼きにしてもらった。
「うん、やっぱりお魚美味しい!」
「塩焼きは美味いよなぁ」
サバイバルとか、自分の力で釣り上げて、その場で塩焼きにした魚が、魚料理の中で一番美味しいと思う。
「次に来る時は、一人で釣れるようにしような」
「私は、あんな簡単には絶対に釣れないと思う」
「練習すればすぐできるようになるさ。まずは焦らないことだな。それとも、しばらく後ろから支えてた方がいいか?」
「できれば、後ろから抱きついてて欲しいな…… なんて……」
顔を赤くして目を逸らしながら、そんな可愛らしいことを言う。
「まあ、それで緊張して、体がガチガチになるようならダメだな」
「あぅ…… アル君のいじわる!」
ついついいじわるを言ってしまった。だが、ソフィは物覚えはいい子だから、釣りもすぐに覚えられるだろう。
その後は水族館内を回り、ほとんど全て見たところで、ルイ先生から召集がかかった。
「今日も楽しかったね!」
「そうだな。また二人で来ような」
「…… 次は三人がいいな」
「ん? 誰だ?」
「ほら、私たちの子供も合わせて…… ね?」
「ぐはっ!?」
「アル君!?」
ふざけて倒れたつもりが、まさかの本当に鼻血が出てきた。
しっかりしろ、俺。興奮しすぎだ。
俺は、ソフィにバレないようにうつむき、〈ヒール〉をかけて治す。
立ち上がってみると、クラスの男子から殺気の込められた目線が向けられていた。今夜は夜道に気をつけないと、本当に殺されるかもしれないな。
「だ、大丈夫だ。ただ、ほんのちょっと気絶しかけただけだ……」
「それ、全然大丈夫じゃないよ!?」
「冗談だよ」
「もう! いきなりびっくりさせないでよ!」
「悪い悪い」
だが、ソフィとイチャつくのはやめない。ソフィは一生、俺のものだからな。
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臨海学校の全行程が終了し、来た時にも乗った馬車に乗り込む。
「アルフレッド君、水族館は楽しめたかい?」
「ええ、十分なほど楽しみましたよ」
「そうかい。ところで、学園長に貰ったプレゼントは見たかい?」
「あ、そういえば忘れてました」
あの時はなにも考えずに受け取っていたから、貰ったものを覚えていない。
「ええと、確かここに……」
バックの中からプレゼントを取り出す。そして、貰った人たちと見せ合った。
「「「「「スプーン……?」」」」」
そこには、ティースプーンと思わしき物があった。
というか、久しぶりにギランの声を聞いた気がする。サバイバル訓練以来じゃないだろうか?
だが、そんなことはどうでもいい。このスプーンには、学園長のサインが書き込んであったのだ。
何度でも言おう。確かな貴重な物だ。そう、貴重な物なのだが……
「「「「「いらねぇ……」」」」」
五人の心が一致した瞬間だった。