親衛隊は怖がらない
俺は夕食を食べた後、部屋に戻り、ベッドの上で寝っ転がっていた。
夜はいつも剣を振るか、ヨハンと一緒に魔道具の研究をしているので、なにもやることがないのは久しぶりだ。
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「開いてるぞ」
扉を開けて入って来たのは、案の定ソフィだった。
「アル君、もうすぐ肝試しが始まるよ」
「もうそんな時間か……」
臨海学校の行事の一つに、夜の肝試しがある。
ルールは、五人で班になり、森の一番奥にある祠に置いてある、木の棒を取って帰ってくるというものだ。途中リタイアはありで、木の棒を取って来た人には、なにやらプレゼントがあるらしい。
驚かせ役ももちろんいて、肝試しをしている五人以外が、自由に木や茂みの中に隠れ、来た人たちを驚かせる。
「外で、アリスさんたちが待ってるよ」
「わかった。すぐに行くよ」
俺の班はサバイバル訓練の時と同じ班で、王子とその護衛、そこに俺とソフィが加わる。
ソフィと二人きりでの肝試しなら、可愛い姿が見れるかも…… で済むが、クラスのやつらが隠れているとなると、なにをされるかわからないな。
制服に着替え、一応護身用にナイフを持っておく。さすがに生徒には使わないが、動物なんかが出てくるかもしれない。
部屋に鍵をかけ、ソフィと一緒に外に出る。
ソフィが言っていた通り、王子たちは既に来ていて、俺を待っていたようだ。
「遅いですわよ」
「悪い、少し準備で遅れた」
しばらくするとA組全員が集まり、肝試しの説明と、行く順番が決まった。
俺の班は一番最後だったので、それまで自由になった。
「それじゃあ、怖がらせに隠れよっか!」
「俺、そういうの苦手なんだが……」
「いいから行くよ!」
ソフィに腕を引かれ、森に入る。もちろん、クラスの男子からの嫉妬の目線が刺さる。
こちらを見ながら森に入るやつらも、複数いた。
王子たちは、自由時間を見学に使うらしい。どんな様子なのかを、外から見てみたいそうだ。
外から見たら、悲鳴しか聞こえないと思うけどな。
俺たちは、一番目の班が来るまで木の陰で待機する。
しばらく経つと、五人全員が男子の第一班が近づいて来た。
ソフィは嬉しそうにそれが来るのを待っていた。そして、俺たちの前を横切る寸前、
「わぁっ!」
とソフィが飛び出した。すると男たちは一瞬固まった後、
「ソ、ソフィアさんだ!」
「皆、敬礼だ! 心臓を捧げよ!!」
「「「「はっ!」」」」
と言って、某巨人漫画のような敬礼をし始めた。
「……」
それを見たソフィは、笑顔で固まってしまった。
敬礼しているところを見ると、こいつらは親衛隊っぽいな。
ソフィには、バレンタイン親衛隊という名でファンが存在する。
この団体は、ソフィに惚れた男子や、尊敬をしている女子が集まってできたものだ。
目的は、寄って来る害虫や危険からソフィを守るというものである。ちなみに、害虫の中には俺も含まれていたりする。
笑顔で固まる美少女と、そこに敬礼をしている男子五人。なんだ? このカオスな状況は。
さすがに見ていられなくなった俺は、ソフィの前に出る。すると、男たちは俺を見た瞬間に戦闘態勢に入った。
「害虫を一匹発見!」
「皆、排除しろ!!」
「「「「ラジャっ!」」」」
男子五人は、それぞれが臨戦態勢に入った。
「いや、ラジャじゃねぇから」
「ええい害虫め! 今すぐ駆除してやる!」
なんなんだ? この面倒な集団は。
「はぁ…… いや、そんなことよりな……」
「なんだ……?」
俺が害虫だとか、そんな話よりも大事なことがある。
「お前ら…… ソフィが脅かそうとしたんだから、しっかり驚いてやれよ! 親衛隊だろうが!!」
「「「「「…… あっ!」」」」」
そう、これが一番大切なことだ。
せっかくソフィが驚かしに入ったのに、こいつらは親衛隊のくせに、まったく驚かなかったのだ。ソフィのことを考えるなら、そこはしっかり驚けよ!
「それがわかってないなら、お前らに敬礼する資格はない! 今すぐどこかへ行け!!」
「くそ! 皆、出直すぞ!」
「「「「了解!」」」」
そう言って、親衛隊は森の奥に進んで行った。
「アル君……」
「森、出ようか」
「うん……」
おそらく、A組の誰にやってもこうなるだろう。なぜなら、A組の男子は、ほとんどが親衛隊なのだから。
ソフィもそれは知っているので、これから来る人を驚かそうとしても、無駄なことがわかったのだろう。
森を抜けると、王子たちの目の前に出た。
「あれ? もう戻って来たのかい?」
「親衛隊がいることを、忘れていましてね……」
「ああ、なるほど。ソフィア君も大変だね〜」
そうは言うが、女子生徒でハーレムを作っている王子も王子だと思う。
二時間ほど経って、俺たちに順番が回って来た。
森の中にある道に入っていき、奥の祠へ向かう。
「こういうのは苦手ですわぁ……」
「アリス君、出てくるのはクラスメイトくらいじゃないか。怖いことはないよ?」
クラスメイトに驚かされるのが怖いのだと思うのだが、王子はまったく平気らしい。
俺は前世で、何度か肝試しをやったことがあるので、あまり怖くはない。だが、ソフィは意外にも怖いらしく、俺の後ろに隠れている。
「ソフィ、大丈夫か?」
「大丈夫だけど、いつどこでクラスメイトが襲ってくるのかと思うと、結構怖いかも」
「ソフィって、幽霊とかダメだったか?」
「いや、幽霊は全然平気だよ」
「……? あ、そういうことか」
親衛隊が怖いってことか。つまり、脅かされるのが怖いんじゃなくて、親衛隊が飛んで来るのが怖いんだな。
アリスが怖さを紛らわすために、いつもよりもお喋りになっていると、草むらからガサガサと音がした。
「ひっ!?」
アリスが驚きで声を上げ、ギランが無言で王子の正面に立つ。
てか、ギランまったく声を出さないな。根っからの仕事人なんだろうか?
みんなが草むらの方に集中していると、逆の方の木の陰から人が飛び出して来た。その姿はまるでルパ○ダイブだ。一直線にソフィに飛んでいく。
「あ、ソフィアさんに間違って触れてしま……ぶべらっ!?」
もちろんそんなことを俺が許すわけもなく、親衛隊隊員は、空中で俺の回し蹴りを顎にくらって、変な声を出しながら横に吹き飛んでいった。
「アルフレッド君、結構えげつないね……」
王子が、若干引きぎみに話しかけてくる。
「まあ、親衛隊の過激派は、気絶させないと収集つきませんから」
ソフィを守ることとは裏腹に、お近づきになろうというやつらも親衛隊に所属している。そいつらは過激派と呼ばれ、同じ親衛隊の中でも嫌われている。
道中、過激派の襲撃が何度かあったが、すべて俺に足蹴にされ、ソフィに触れることすら許されずに祠に到着した。
「あれが祠か」
「早く取って戻りたいですわぁ」
いつもの威勢はどこかへ捨てて来たのか、アリスは、涙目で木の棒を取りに行く。
すると、祠の奥の木がいきなり揺れ始めた。
「またですのぉ!?」
アリスは、もう完全に泣きながらこちらに戻ろうとする。しかし、それは間に合わない。
木の裏から、目の前に体長が三メートルほどの薄透明のピエロが、いきなり笑い声をあげながら現れた。
「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!!!」
アリスの悲鳴を聞きながら、俺はナイフを、内ポケットから引き抜く。
ギランも小さい魔法杖を取り出した。
ソフィは魔法の準備を始めている。
「ギラン、ソフィ、早く撃て!」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ!」
俺たちの殺気が高まったのを感じたピエロは、慌てて喋り始めた。
「儂じゃよ儂。学園長じゃよ」
ピエロが飛び出して来た方の茂みの中から、学園長が出てきた。
「これは…… 学園長の仕業ですか?」
「そうじゃ。驚かせてすまんかったの」
そう言うと、ピエロは光になって跡形もなく消え去った。
「今のは魔法ですか?」
「〈イリュージョン〉じゃよ」
幻影を見せる中級の闇魔法か。完成度が高すぎて、魔法だとは気づかなかった。
「まさか、一番最後で学園長が待っているとは思いませんでしたよ」
「他の生徒もそう思ったみたいじゃよ。儂の幻影を見た瞬間に驚いて、一目散に逃げおったわい」
「でしょうね。あんなに洗練された魔法を、一瞬で見抜ける生徒はいないでしょう」
「そうじゃのう…… そのせいで実は、おぬしらしかこの木の棒を取った者はいないんじゃよ」
どうやらさっきのを見て、逃げなかったのは俺たちだけらしい。
「じゃからのう、ここでおぬしらにプレゼントをやろう」
そう言って、学園長は自分のポケットを漁り始めた。
「これじゃ」
と言って、取り出した物を、一人一人貰う。
取り出した数は全部で五つだったのだが、全員受け取ったはずなのになぜか一つだけ余ってしまった。
「あれ? あと一つって誰の?」
「そういえば、さっきからアリスの声を聞いていないような……」
全員同時に後ろを振り返ってみると、アリスは立ったまま気絶していた。目は閉じていたが、口が大きく空いており、百年の恋も冷めるような顔をしている。
「いや、器用だな!?」
「アリス君が、まさか気絶するとは……」
「アリスさん…… 可哀想」
「まあ、なんじゃ…… 気をつけて戻るんじゃぞ」
全員がなんとなく気まずくなった中、ギランがアリスを担ぎ上げ、出発地点まで戻る。
今日はソフィの水着が見れたし、触手エロダコが現れたし、アリスが真似できない気絶の仕方するし、濃い一日だったなあ。