家族と成長
「あうあうあ〜う〜あ」
……知らない天井だ。って言いたかったんだ。
あうあうとしか声が出ない。舌がうまく回らなければ、声帯も未発達なのだろう。
ガチャッ
誰かが入ってきたみたいだ。
顔を見たところ女性のようだ。この人が俺の今世での母親なのだろうか?
それにしても美しい女性だな。俺の父親はこんな人を嫁にもらったのか、羨ましい。
「●▽□▲✗♭✧ゞ〆ー」
何を言っているのかさっぱりわからん。これがこの世界の言語なのだろうか?
だが、どうやら俺にご飯をくれるらしい。胸を出して、俺に押し付けてくる。
ち、ちょっと待て、まだ心の準備が…… し、深呼吸をするんだ。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、よし。
はむっ
こ、これはなかなか背徳感があるな。すごく気まずい。
だが、これにも慣れないといけないな。乳を飲まなければ、赤ん坊は飢えてしまう。当たり前のことだ。
だからこれは仕方ないのだ。そう、こんなきれいな女性の胸をしゃぶっても仕方ないのだよ。
乳を飲んだら眠くなってきた。
今の俺は赤ん坊だからな。食欲と睡眠欲には抑えが効かない。このまま眠ってしまおう……
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺の今世の名前は、アルフレッド・アバークロンビーだと判明した。アバークロンビー家の長男だ。
家族が、俺のことをアルと呼んでいることが分かり、それが名前だと思っていたのだが、どうやら愛称だったらしい。
そしてここは、アバークロンビー伯爵邸。俺の父親は伯爵だったようだ。
これは後でわかったことだが、転生してきてから俺の自意識が目覚めたのが、だいたい生後三ヶ月ころだったらしい。
ちなみに、俺は今二歳なのだが、ここで、俺が育ってきた経緯を思い出してみようと思う。
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〈生後半年〉
俺は今、ハイハイをしている。俺もやればできるじゃないか。
これで部屋の天井や壁を見つめるだけ、という暇な生活から解放される。自由になった気分だ。
そして、ハイハイができるようになったおかげで、家中をすみずみまで動き回ることが可能になった。
まずは、家の大きさや構造を覚えないとだ。
俺が家の中をハイハイして歩き回っていると、ほとんどの場合はメイド服を着た人に追いかけられる。たまに執事服を着た人にも追いかけられる。
おそらく、この家の使用人だろう。それなりに数が多いのは、うちが伯爵家だからだ。
ちなみに、俺の最近のブームは、使用人に捕まえられないように全力で逃げることだ。
え? 迷惑だって? ふっ…… 知らんな。
〈生後十ヶ月〉
ついに俺は歩けるようになった。
前世では気に留めなくてもできていたことだが、いざ歩けるようになると嬉しい。
これで家中を走り回れるぞ。フハハハハッ!
つるっ
「へ?」
調子に乗って床に顔面ダイブした。めちゃくちゃ痛い。泣きそう。
「大丈夫!?」
母様が来てくれた。大丈夫じゃないです。めちゃくちゃ痛いです。
鼻血が出ていたので、医者に連れて行ってもらい、止血して包帯を巻いた。骨に異常はないらしい。
いろんな人に心配してもらえたのだが、それがむしろ恥ずかしかった。体はともかく、精神はいい大人なのだ。
〈一歳〉
今日は俺の誕生日だ。テーブルには豪華な料理が用意されている。あとでケーキも出てくるようだ。
だが、俺はまだ消化のいいものしか食べられない! 目の前にご馳走があるのに、我慢しなければならないのだ!
俺の誕生日なのに! なぜ俺がこんなつらい思いをしているんだろう!?
「「アル、誕生日おめでとー!!」」
「ありがとー」
父様、母様ありがとうございます。お二人のおかげで、一歳までにこの世界の言語を覚えることができました。発音も練習してきたので、バッチリです。
「「ア、アルが喋ったー!?」」
この日のために、俺は自分が言葉を話せることを、全力で隠してきた。
そして、そのおかげで、二人ともとても驚いてくれた。
父様なんかは「うちの子は天才か!? 天才なのか!?」とか言っていて面白い。隠していた甲斐があったぜ。
ご飯を食べ終え、ケーキが出てきた。ケーキには、一本のロウソクがささっている。
俺は、そのロウソクの火を消すために、息を吹きかける。だが、火はいっこうに消えてくれない。
俺の肺活量ではまだ無理なのだろうか? いや、ここで諦めるわけにはいかない。
息を吸い込んで、消えてくれと願いながら火に向かって思いっきり吹く。すると、ロウソクの火は意外とあっけなく消えた。
そんな俺のことを両親は微笑ましそうに見ていた。
それから母様は、父様とケーキを切り分けて食べ始めた。俺がその様子を物欲しそうな目で見つめていると、一口だけ貰えた。
んん!? ケーキ美味い! 幸せ!
〈一歳と二ヶ月〉
誕生日を迎えてから二ヶ月が経ち、俺はここ最近ずっと、父様の書斎で本を読んでいる。
誕生日の時に、両親の前で文字を覚えたいといったからだ。
何があっても大丈夫なように、後ろにはメイドが控えている。いつも同じ人だが、名前は知らない。
書斎にはいろんな本があるが、魔法の本を見つけた時は心が踊った。文字が読めるようになったら、絶対に読もう。
「なんだアル、また書斎にいたのか」
「はいとうさま。べんきょうはおもしろいので」
父様が書斎に入ってきた。
メイドは父様に向かってうやうやしく礼をする。きれいな四十五度の礼で、とても洗練されている。
「そうかそうか、それは良いことだ。父さんは頭のいい息子が出来て嬉しいよ」
「ありがとうございます」
見た目は、百九十センチ超えの全身ムキムキの大男で、顔に歴戦のものと思われる傷がいくつもあるという、中々に怖い顔をしているが、その見た目に反して、実はかなり優しい。
仕事は、騎士団の団長をしているそうだ。王国最強の騎士らしい。
〈二歳〉
二歳になるころには、ほとんど文字を完璧に覚えることができた。今は魔法の本を読んでいる。
魔法の原理は、精霊の力を借りているんだそうだ。発動方法もいくつか発見されている。
早く俺も使ってみたいが、魔法を使うためにはまず、自分の魔力を感じないといけないみたいだ。
試しに目を閉じて、自分の体に集中してみる。すると、左胸のあたりから体全体を巡って、また左胸に戻ってくる流れを感じた。
これが魔力?
ちなみに、これを体の一部に集めたり、循環を早くしたり遅くしたりすることを、魔力操作と言うらしい。
これができないと、魔法は使えない。
「なかなかむずかしいな、これ」
「何が難しいんだ?」
「とうさま!? べ、べんきょうのことだよ。べんきょうってむずかしいよね」
「そうだよなぁ。勉強は難しいよなぁ。俺なんて、文字読めるようになったのは、五歳のころだぞ」
五歳……だと!?
父様は勉強が苦手だったのだな。いや、それにしても遅すぎないか!?
とにかく、魔力操作と練習は、なんとか誤魔化すことができた。
魔力操作はこっそりと練習したいからな。
それにしても、父様は騙されやすいな。まあ、二歳の息子が嘘をついているなんて思わないか。
魔法の他にも、この世界についていろいろ知ることができた。
例えば、この大陸の名前は、ディヴェルト大陸というそうだ。他の大陸があるかどうかはわからない。
なぜかというと、船を出しても魔物に襲われてしまうため、まともに海を横断できないのだそうだ。
そして、俺のいるこの国の名前はラント王国。
人口は一千万人、その内の二十五万人が騎士団で、二十五万人が魔法師団をしている。
この大陸の中では、最大の戦力だ。
そして、一万人ほどの数の、冒険者がいるらしい。
冒険者…… そう冒険者だ!もはや異世界名物と言っても過言ではない!
ちなみに、この大陸での冒険者は、ギルドで依頼を受注して魔物を狩ることで生計を立てている。他にも採取や護衛などもあるが、魔物狩りが主だ。
ものすごくやってみたいが、貴族だからやる事は無いだろう。とてもとても残念だ。
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どうだろう? 俺の成長過程は。
今のところは、貴族であるため裕福で、幸せに暮らせている。
両親からの愛もあり、毎日学びたいことを学べる。
控えめに言っても、素晴らしい生活だと、俺は思う。
今日もいつも通り、父様の書斎に行こうとしていたのだが、母様に二人目の子供ができたということを、父様から聞いた。
どうやら俺は、お兄ちゃんになるみたいだ。
兄妹ができるのはとても嬉しい。今日は、母様をお祝いしてあげよう。
「母様、ご妊娠おめでとうございます」
「あらあら、ありがとう。アルは弟と妹どっちがいい?」
「俺は、かわいい妹がいいです」
「なら、妹を産めるように頑張るわね!」
頑張ってください、母様。楽しみにしています。