臨海学校
俺たちA組は今、馬車に乗っている。
行き先は、王都から少し離れたところにある湖だ。
馬車と言っても、魔道具によって車輪が自動で動くという、補助がついた物だ。
引いている馬は五匹で、乗れる人数は五十名と、前世のバスのような物である。
なぜ俺たちがこんな大型の乗り物に乗り、遠出をしているのかというと、一泊二日で水中生物と触れ合おう、という目的で行われている、学校行事なのである。
簡単に言うと臨海学校だ。海ではなく、湖だが。
なぜ湖なのかというと、海には魔物がごまんといるため、魔物のいない湖で、毎年臨海学校を行うしかないのだ。
俺たちの今から行くシャール湖は、ジネヴラ領のにあり、観光名所としても有名である。
周辺には、ジネヴラ侯爵の建てた宿泊所が複数あって、俺たちは、湖に最も近いホテルに泊まることになっている。
「ジネヴラ侯爵って、アリスさんのお父さんよね?」
「ええ、そうですわ。私は、次女でしてよ」
そういえば、アリスのファミリーネームはジネヴラだったな。
こんな観光名所が領内にあると、侯爵もかなり儲けがいいのだろう。
「湖にはよく来てたのか?」
「あまり来てないですわね。遊びよりも、剣と魔法の練習をしていましたわ」
なんだもったいないと思ったが、俺がここに住んでいても、似たようなものになるな。
理由は、きっと飽きるだろうからだ。
「あ、でも、リューリク様は、何度か来たことがあるはずですわ」
みんなの視線が王子に集まる。
王子なら、観光名所に何回も来れるだろうから、やはりどのくらい来てるのか気になる。
「そうだね。でも、十五回くらいしか来てないよ」
王子は、苦笑しながら言い返した。
俺は王族の暮らしはよく知らないが、十五回は、‘‘しか’’とは言わないと思う。
男は羨望の目を向け、女は少し興奮した様子で王子を見ていた。
男たちよ、女子の水着とかいっぱい見れるのは、正直羨ましいよな。
女たちは、結婚したら連れてきて貰える、的なことを考えているのだろうか?
「ソフィ、水着ってどんなの買ってきたんだ?」
「ふふ、見てからのお楽しみ」
男子陣から「おおっ!」と声が上がった。
「どうやらみんな、ソフィの水着が楽しみなようで」
「私は、アル君にだけ見てもらいたいなあ」
ソフィは少し上目遣いでそう言った。
男子陣からの嫉妬の目線が俺に刺さる。嫉妬どころか、殺気を放っている者までいる。
ソフィは学院でも一、二を争う美少女だ。俺という婚約者がいると知りながらも、告白してくる男子の数は両手でも数えきれない。
というか、俺のような無能が婚約者だからと、割と舐めてかかるようなやつが多いせいで、ソフィへの告白が増えている節まである。
だが、その男子たちの告白を、一言で切り捨てていくその姿は、女子たちがソフィのことを、お姉様と呼ぶ要因の一つとなった。
ちなみにこの行動により、ソフィの一途な性格が、男子たちの評価をさらに上げさせたのは、もはや言うまでもないだろう。
というわけで、婚約者である俺は、いつも嫉妬の視線を浴びているのである。
「ソフィアさんの水着には興味あって、私には興味ないんですの?」
俺のことを睨みながらアリスが言う。
「ほう、楽しみにしてもいいのか?」
「ギャフンと言わせてみせますわ」
アリスは決闘をした時から、俺に対して少し柔らかくなった。気が強いのは変わらないが、俺を蔑むようなことはなくなった。
「いつのまにか、うちのアリス君が懐柔されているようだね」
「リューリク様!? 私は懐柔なんかされていませんわ!?」
少なくとも、サバイバル訓練の時よりは、距離が近くなっただろうな。
そんなことを話していると、馬車が止まった。どうやらシャール湖に到着したらしい。
今日の予定は、このまま一旦ホテルへ行き、そこで昼食を食べ、午後から湖で自由時間となる。
ちなみに、今の時刻は昼前だ。
「アル君、昼食は、湖の新鮮な魚が出るんだって」
「へぇ、魚なんて、いつぶりだったかな」
この世界は、保冷して運ぶ技術がないため、ほとんどの魚は塩漬けにされて輸送される。そのため、新鮮な魚などは、海や湖の近くの町でしか食べることができない。
俺は、塩漬けの魚なら何度か食べたが、塩辛くてとても美味しい物ではなかった。なので、新鮮な魚というのは初めて食べる。
前世では簡単に食べれた物が、十数年間食べれなくなると、味が恋しくなるものだ。ああ…… サンマが食べたい。
バスを降り、ホテル内の食堂に案内され、五十人全員が席に着き、料理が次々と並んでいく。
さすがに刺身はなかったが、焼き魚はあった。とてもご飯が恋しくなるような献立だが、主食はパンが出てきた。がっかりである。
久しぶりの焼き魚を食べてみる。
「ああ、うまい……」
「初めて食べたけど、お魚美味しいね」
ソフィは初めて食べたのか。まあ、俺も今世では初めて食べたんだが。
やはり新鮮なだけあって、身がぷりっとしているな。香ばしい匂いと、皮の焼け具合が食欲をそそる。
できることなら醤油をかけて食べたい。
しかし、そこにパンはどうなんだろう?パンにするなら、魚のフライを作った方がいいと思うんだが。
食事が終わり、自由時間になった。
クラス全員が、各部屋に自分の荷物を置きに行き、水着に着替えて湖に出る。
部屋は一人一つあり、一部屋十畳はある程大きかった。
装飾もかなり豪華で、お金のかかりようが、見るだけでもわかるくらいだ。
「日差しが強いな」
季節は夏で、しかも今年は猛暑だ。あまり雨が降らないおかげで、ギルドへの依頼で、水魔法師に畑の水やりをやらせるという依頼が出た、という話まである。
だが、その分、湖の水が冷たくて気持ちがいいだろう。
既に、クラスの男子のほとんどは浜辺に来ており、遊び始めている。
一方で、女子は準備が遅いので、まだ来ていなかった。
俺は、砂浜に持参したビーチパラソルを取り付け、ビーチチェアを置いて寝っ転がった。サングラスがあれば、完全にハリウッドスターだ。
「アル君、何やってるの?」
ソフィが俺の上から、頭だけ見えるように顔を出した。
「湖を楽しんでいるんだ」
「いや、寝てるだけじゃないですの」
上を向いているせいで見えないが、どうやらアリスも来たようだ。
「楽しみ方は、人それぞれだろう?」
俺は体を起こし、アリスを視界に入れる。
赤と白のボーダーのビキニで、胸と腰にはフリルがついている。
アリスの体は、年齢の割に体は育っていて、さっきからクラスの男子の目が、チラチラとアリスに動いている。
「へぇ、なかなかやるじゃないか」
「当たり前ですわ!」
腰に手を当て、髪をバサっと搔き上げる姿は、なかなか様になっていた。
これは予想以上だったな。
「アル君、私は?」
「ソフィは完璧だ。結婚してほしいくらいだ」
「もう、アル君ったら。いつも冗談めかすんだから……」
そう言いつつも、赤く染まった頰に手を当て、体をくねくねしている。
ソフィの水着は白いビキニだが、その上に黒い上着を着て、前のボタンを外している。
胸はまだまだ成長途中のため、大きいとは言えないが、その芸術的なまでの肢体が、ない…… もとい、慎ましい胸の魅力を引き立てている。
男子の視線がソフィに行っているので、俺はソフィと男子の間に割って入って邪魔をしつつ、ソフィの水着を堪能する。
「これは…… いつまでも見ていられるな」
「そ、そんなに見てないで、早く湖に行こ!」
俺がずっと見ていたことに気がついたソフィは、次は顔全体を赤くしながら、俺の手を引っ張って、湖に連れて行った。
俺は、されるがままになった状態で浅瀬に入ると、ソフィの体術によって深くなっている所に投げられた。
「よいしょっ!」
「うお!?」
バッシャーン! と音を立て、湖に沈む。水の中で目を開けてみると、透き通った青色の水や、そこらじゅうを泳ぎ回っている魚が目に入った。
この世界では珍しく、安全に見ることができる、自然の美しい光景だ。
ずっと見ていたかったが、次第に息が苦しくなり、水面に顔を出す。ソフィに文句の一つでも言ってやろう。
「ソフィ、いきなり投げるなんてひどいじゃない…… って、おわっ!?」
「とおっ!」
今度はソフィが飛んで来た。俺はソフィの体を受け止め、また水に沈む。
目を開けるとソフィと目が合い、ソフィはしてやったりという表情でニヤッと笑った。まったく、どんな表情をしても可愛いな。
抱き合ったまま水面に顔を出す。
「ずいぶんといきなりだな」
「だって、こうやって遊ぶの久しぶりなんだもん」
確かに学院に入ってからは、二人で遊ぶ機会なんて滅多になかった。はしゃぎ足りないお年頃なんだしな。
まだ俺たちは十三歳だが、俺は転生しているぶんだけ精神年齢が高い。こうやって遊んでいると、子供と遊んでやってる気分になるのだ。けれど、たまには本気で遊ぶのも、いいかもしれないな。
「今日はいくらでも付き合いますよ、お嬢さん」
「やった! いっぱい遊ぼ!」
いつもは大人っぽいソフィも、遊び場を見つけてはしゃぐところは子供なんだな。
俺は今日一日、ソフィについて行くことにした。