お料理選手権
「お料理選手権……?」
俺は、学院の掲示板に貼られていた、一枚の紙を見つけた。
お料理研究会というクラブがあり、それが年に一度開催する、料理大会なるものがあるらしい。
ちなみにクラブとは、自由活動をするためのもので、魔法研究会や魔道具研究会などの魔法系のクラブや、遺跡探究会やボディ研究会、スポーツ会などの体を動かすものなどもある。
「アル君、どうしたの? 掲示板の前で考えごと?」
たまたま通りかかったソフィに、声をかけられた。
「ソフィ、これを見てくれ」
「ん? お料理選手権?」
「ああ、そうだ。これさ、ソフィ出てみたらどうだ?」
実を言うとソフィは、お料理好きだったりする。
まだアバークロンビー領で遊んでいた頃、俺がソフィの作ったサンドイッチを、美味い美味いと言いながら食べていたことが原因だろう。
その次に家に来る時から、サンドイッチにどんどんアレンジが加わっていったのだ。
俺が前世の記憶を頼りに、トンカツやらタマゴサンドやらを教えたこともあり、ソフィの料理はどんどん進化していった。
今では、伯爵家筆頭の料理人にも認められるほどの実力者である。
「うーん…… でも、一人で出るのもなんか寂しいなあ」
「アリスでも誘ってみたらどうだ?」
「アリスさん、料理できるのかな?」
「聞いてみればわかるだろ?」
「それもそうだね。今日聞いてみるよ」
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〈お料理選手権当日〉
結局アリスも、ソフィの交渉によって参加することになり、他の出場者も十人程いた。
この学院に通うのは、基本的には貴族なため、料理をしてこなかったのはわかるんだが、それにしても参加者が少ない。少しは自分で料理したらどうなんだ?
まあ、俺が言えることではないが。
「さあさあ! 今年も始まりました! 第七十八回お料理選手権!
今年の参加者は少ないようですが、気にせず盛り上げて行きましょう!」
実況の、お料理研究会の副会長だ。なぜか、アバークロンビー剣闘祭を彷彿とさせる実況をしている。
「今年は実力者揃いと聞いたからな。人数は少なくても楽しみやな」
こっちは解説の会長だ。どこか訛りのある口調が特徴的だ。というか、完全にエセ関西弁である。
勘違いしてはいけない。これは、『エセ』関西弁である。
このお料理対決は、完成した料理を、この二人が食べて点数をつけるそうだ。一人につき五十点、二人合わせて百点満点の採点となる。
もう少し人数を増やした方がいいと思うんだが、クラブ員がこの二人しかいないらしい。
「ソフィ、頑張れよー」
「ありがとー!」
ソフィは、俺がサバイバル服を買った服屋で仕入れてきた、フリル付きのピンクのエプロンを着ている。
ちょっと派手だが、ソフィの落ち着いた雰囲気で相殺されて、可愛らしい着こなしとなった。
「アリス、お前も頑張れよ」
「言われなくてもわかってますわ!」
一応こちらにも声をかけておく。
アリスは、地味な黒いエプロンをしていた。だが、こちらもなかなか似合っている。
アリスは、声だけは出ているものの、緊張でガチガチになっていた。
果たして、アリスは料理ができるのだろうか?
「アルフレッド、なぜ僕を呼んだ?」
俺の隣に座っているヨハンが、不服そうに呟いた。
「ほら、一人だと、寂しいじゃん」
「料理なんてみるくらいなら、魔道具弄っていたいんだが」
「そんなんだから友達できないんだぞ」
「アルフレッドに言われたくないぞ!?」
まったく心外だな。俺は友達ができないんじゃなくて、人が勝手に離れていくのだ。
自分から近寄っていないヨハンには、言われたくないな。
「制限時間は一時間! それまでにお料理を二品以上作ってくださいね! それでは…… スタート!!」
副会長がスタートを宣言し、参加者たちが、材料の置いてある机へと向かう。
材料は調理台の前に置かれており、なんでも好きな物を持って行っていい。
しかし、材料の在庫はすべて早い者勝ちなため、早く献立を考えて材料を取りに行かないと、作りたい料理が作れなくなってしまう。
ソフィは、すでに作りたい料理を決めているようで、材料をぱっぱと取り、早速調理を開始した。
「おおっと、ソフィア選手! 調理に入るのが早い! これは料理にも期待できますね! 解説の会長さん!」
「せやな。あれは見事な包丁捌きやな」
一方で、アリスの方はと言うと、それとは対照的に材料の前で立ちすくんでおり、なにを作るかも考えていないようだ。
「ああっと、アリス選手! まるで献立を考えていない! 完全に動けないでいるぞ!」
「これは、いきなりのピンチやな。ここで止まるのは危険やで」
ソフィの方は、どうやらカツ丼を作るらしい。肉とパン粉、それにたまごを持って行った。そして今、油を加熱している。
話すと確実にシュールになる解説の人も言っていたが、本当にテキパキしている。
その姿を形容するとすれば、まさに主婦。俺にも早く作って欲しい。
「さすがはソフィアさん。手際が良すぎるな」
「ヨハンも、あんなお嫁さんを見つけるんだぞ」
「うぜぇ……」
「ひでぇ……」
アリスの方を見てみると、ようやく材料の確保に成功したようだ。心なしか嬉しそうな顔をしている。
思いついた献立に合った物でも、取ってこられたのだろうか?
視線をソフィに戻そうとした時、ある調理台から火の手が上がった。
「ファイアー!! 今年も出ました! スポーツ会! またもや火の調節を間違えたようだ!!」
「毎年恒例の行事やねんな」
いや、実況と解説してる場合じゃないだろ。三メートルは火が上がってるぞ。
だが、スポーツ会のマッチョマンたちは諦めない。火に囲まれて、ほとんど見えていないフライパンの取っ手を掴み、お玉をヘラのように使い始めた。
「…… って、そのまま料理続けるのかよ!?」
「スポーツ会は、脳筋の集まりで有名だからなあ」
「いや、お玉の方にツッコミいれろや!?」
今日もヨハンのツッコミが冴えてるな。ビシッと、効果音が出そうな勢いだ。
スポーツ会を自然と視界から外し、ソフィに目を移す。
どうやらカツ丼は完成したらしく、次の料理を作っていた。
あれは…… きんぴらごぼうか。またもや、俺が前世から持ち込んだ料理だ。
「おっと! ソフィア選手は、既に一つ目の料理を完成させていたようだ!」
「見たことのない料理やなぁ〜。食欲をそそるような見た目してんな」
アリスは、未だに一品目を作っていた。
あれは肉じゃがか? なぜアリスが、前世の料理を知っているんだろうか? 教えたことはないはずなのだが。
「アリス選手も、見たことのない料理を作っているぞー! こちらも楽しみだ!」
「手際は悪くても、丁寧に作ってるんやな」
そして、たまたま視界内に入ってしまったスポーツ会。
なんと、さっきのファイアーで作った料理は、目玉焼きだったらしい。黒焦げ過ぎて、形で判断するのもやっとだ。
「ス、スポーツ会! な、なんだあれはー!」
「真っ黒焦げのなにかやな」
あの二人は、あれをこれから食べるのか。お気の毒に。本当に体に毒だろうに。
そのせいなのかはわからないが、スポーツ会の実況が雑になってきているな。
その後、ソフィが二品目を完成させ、三品目のサラダを作り始めた。
そして、スポーツ会が豚汁かなにかを作ろうとして、また炎上し、実況と解説がなにも言えなくなっていた。
スポーツ会、おそるべし。
アリスの方は、肉じゃがに時間をかけ過ぎなのと、遅かったせいで材料が残っておらず、残った米と味噌で、焼きおにぎりを作っていた。
スポーツ会の暴挙によって黙り込んでいたお料理研究会が、焼きおにぎりのいい香りによって復活したのは、言うまでもないだろう。
「終〜了〜!!!」
「全員二品以上は作れてんな。スポーツ会以外は楽しみやわ」
一応、すべての料理が一時間以内に完成し、審判によるジャッチが行われていた。
まず、スポーツ会の料理を食べた二人がいきなり気絶しかけ、起きた瞬間に胃の中の物を戻す事件が発生。
当たり前のように、スポーツ会は最下位となった。
その他の料理も、審査員となった二人が一口ずつ食べていく。
順番が回ってきて、ソフィの料理を口にすると、食べたことのない味に驚き、カツ丼の脂っぽさを、サラダが取り除いてくれることも評価された。
「これは高得点やわ」
「美味しいです……」
呆気に取られた会長に、あまりの美味しさに惚け始めた副会長。これはソフィの優勝かな。
そして最後にアリスの料理が運ばれてきた。
「うぅ…… ソフィアさんの次なんて恥ずかしいですわ」
「大丈夫だよ! 美味しそうだもん!」
ソフィに励ましの言葉を貰い、アリスは、審査員に料理を出す。
焼きおにぎりと肉じゃが。なんだか、子供の頃を思い出す料理だ。
もちろん、始めて見る料理に、審査員は興味津々になり、肉じゃがをパクリ。
「うまい!!!」
会長、全力の叫び。青◯レストランかよ。
次に焼きおにぎりを食べ始めると、審査員は涙をポロポロと流し始めた。
「なんか、懐かしい味やわぁ。食べたことないのに……」
「三年間、お料理研究会でよかった……!」
どうやら、何かしらの感動があったらしい。簡単な割に美味しいからな、焼きおにぎり。
その後、すぐに優勝者が発表された。
審査員の反応からもわかるだろうが、優勝はアリス。焼きおにぎりがトドメを刺したらしい。
「やった! 優勝しましたの!!」
「アリスさん、よかったね!」
美少女二人が、エプロンをつけた状態でぴょんぴょんと跳ねている姿は、なかなか見応えがあった。ウサミミとかつけたら似合いそうだ。
ちなみに、アリスには優勝商品として、金のお玉が贈呈された。必要性は皆無だが、こういうのは気持ちの問題なのだろう。
「なあ、アルフレッド」
「どうした、ヨハン」
「僕、必要だったか?」
「さあ?」
「…… 魔道具作ろ」
「行ってらっしゃい」
そう言って、ヨハンは男子寮に戻って行った。その後ろ姿には、哀愁が漂っていた。
まあ、いいツッコミ役だったよ、ヨハン。