私は、自分にとっての『大切な何か』を知っています。
私たち魔族には、魔王の誕生というのが自然とわかるようになっている。
魔王に必要なものは、戦闘能力、魔力量、キレる頭、カリスマ性…… おそらく他にもいろいろあるだろうが、すべてはわからない。ただ、その中で最も大切な部類は、間違いなく魔力量だろう。魔力の量だけできることが増えるというのは、我ら魔族の中では常識的なことだ。
私はただのゾンビから魔族である吸血鬼になった時、魔法を発動する時に働く精霊と、その精霊が使う魔法陣が見えた。
魔法適性がゼロであった私は、嬉々として魔法陣を描き、様々な魔道具を作り始めた。そして、変装に適した魔道具を作った後、より多くの人間を殺すため、人間の国に潜入をしたのだ。
私は町の魔道具屋を開いて生計を立てつつ、裏では夜道に一人で歩いている憲兵を狙い、完全犯罪を繰り返していた。
しかしある時、私の殺人という行為が、とある人物に見つかってしまったのだ。その人物とは、私が情報を集めるために利用していた、教皇専門のシェフ。
教皇の人柄を知るため、わざわざ友達のふりをしていた人間だったのだが、そいつはあっさりと私のことを憲兵にバラしたのだ。
私は大事になる前に、そいつとそいつの妻を殺し、教国を脱出した。あまりに急いでいたせいでガキ二人を仕留め損ねたのだが、まあ、脅威にはならないだろう。
外の世界に出た私は、魔物に紛れてかなりの数の魔族がいることを知った。
私は人間の国で学んだ話術を使い、魔族を一つにまとめ上げた。そして、リーダーを決めなくてはいけなくなった時、頭の中に魔王の存在を知らせる合図が鳴ったのだ。
魔王の存在を知った私は、怒りで狂いそうになった。
ここまで魔族をまとめ上げたのは私なのだ! それをなぜ! 何処の馬の骨ともわからない女なぞに渡さなければいけないのだ!!…… と。
こうして私は魔王の部下として、いつかは魔王の座に就き、人間を滅ぼすために全力を尽くし始めた。
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キュレギムは、自らがやってきたことを洗いざらい吐いてくれました。両手を広げて語り部を装うその姿はとても楽しそうで、目はキラキラとしていました。
「それで私を裏切り者に仕立て、その後自分が魔王になれたから、人間に戦争を仕掛けたと?」
「その通りです! それをあなた本人に聞いていただけるとは…… なんたる幸運!」
「はぁ…… わかりました」
なんたる自負心でしょう。私を裏切ろうとしていたことを、本人の前で堂々と語りますか? 普通。
ですが、これで決定しましたね。
「クラリス様…… やる気ですか……?」
「ええ。あなたがやる気でなくとも、私はあなたを殺します」
「二代目魔王として、ここで殺されたくはありません…… 本気でやらせていただきます」
「あなたに私は倒せません」
私は不死身ですから。
「いえ、倒す必要はありません。逃げれば勝ちです!」
キュレギムはポケットからボタンを取り出すと、私の目の前でそれを押しました。すると、突然部屋が閃光に包まれ、私は視力を奪われました。
「またお会いしましょう! クラリス様!」
私は魔王の直感と聴覚を集中させ、光の中で動いているキュレギムを捉えました。
「ふんっ!」
私は思いっきり拳をふるいます。
「ガバァッ!」
拳に伝わる確かな感触と、キュレギムの悲鳴。
しかし、私の視力が戻る頃には、キュレギムはいなくなっていました。
「逃しましたか……」
私が魔王城の壁にぽっかりと空いた穴を眺めながら呟くと、後ろから魔族が近寄ってきました。
「クラリス様……? お戻りになられたのですね!」
嬉しそうに笑顔を見せる元部下を見て、私は少し罪悪感を抱きます。
ごめんなさい。私がここに来た理由は……
「ケルベロスちゃん、お願いします……」
ケルベロスちゃんは私に一礼をすると、私の後ろにいる魔族を前脚で弾き飛ばしました。
すると、それを見た他の魔族の表情が一変します。
「ど、どうして……」
そんな元部下の声を虚しく、ケルベロスは城の中にいるすべての魔族を喰い殺しました。
帰り際に、魔族と教国が戦争していた場所を通りかかると、そこにあったものは死体、死体、死体…… 魔族のものも人間のものも、すべて亡骸となって転がっていました。
そんな中で、私のかわいい四獣が近寄ってきます。
「あなたたち、ありがとうございます。こんなに綺麗にしてくれていたんですね」
四獣のそれぞれが、得意になったように叫び声を上げました。
「戦争は終わりましたね……」
私の髪の隙間を、風が虚しく過ぎ去っていきます。
私は大きく息を吸って、気持ちを切り替えました。
「さあ、帰りましょうか! 帰るお家はありませんけど、みんなで住める大きなお家を作ってあげますね!」
私は、四獣とケルベロスちゃんとアーサーとともに、新しいお家を建てる場所を求めて旅に出ます!
そうだ! ダンジョンのようにするのがいいですね! これから先、私と同じような境遇の人がいるかはわかりませんが、少なくともそんな人が来るまで、私は閉じ込もらなければいけません。
…… ごめんなさい、アーサー。やっぱり私は弱いみたいです。あなたがいないとこんなにも…… こんなにも、魔王になってしまうのですから。
私は、冷たくなったアーサーの頭を撫でます。
アーサー、平和を作ろうとして失敗した私には、もうなにをしていいのかがわかりません。なので、待ってみようと思います。
この子たちと一緒に閉じ込もって、じっとして…… いつかは平和を目指した私のように、意志の固い人が来てくれるかもしれません。
この世界から人間が消えるのか、魔族が消えるのか、はたまた共存してしまうのか…… それを決めるのは、意志を持った未来の人たちに託します。
そして私は、その人を応援してあげたいと思ってます。例えそれが、この世界の滅亡に繋がったとしても……
この世界の命運が決まったら、私はあなたと元に逝きますね。あなたからのプレゼントである、この赤いメガネと一緒に。
私がメガネに指を触れさせると、メガネから暖かな魔力が漏れ出しているように感じました。
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これは後から知ったのですが、私が人類に与えた被害は甚大なものでした。私の四獣たちは剣士、魔法師、技術者のすべてを無に変え、魔法科学を大きく衰退させ、間接的にディヴェルト王国を滅ぼしました。
教国はなんとか持ちこたえましたが、勇者パーティを失ったのは痛かったようで、戦力としての国の力は大きく衰えました。
これが後の世にどのような影響を与えたのか…… それはわかりませんが、少なくともディヴェルトの自然は守られたみたいですね!
この被害は人間だけに及ばず、魔族たちにも大きな影響を与えました。
人間の数が大きく減ったことによる食物の減少。つまりは魔力の補給を絶たれたせいで、魔物や魔族同士の争いが勃発。その数を大きく減らしました。
ちなみに、このことは人類史には載ってはいません。なにせこの頃は、人間は国と呼べるものを作っている途中でしたからね。
しかしそれでも、人間と魔物の戦いが終わったことはありません。
人間を敵と認識した竜種、いわゆる邪竜と呼ばれる存在を倒した英雄は、その力を教国に認められ、帝王を名乗ることを許されました。この帝王が作った国が後に、帝国という巨大な軍事国家になっていきます。
それと時を同じくして、魔物との戦いの最前線である魔王城西側にて、アバークロンビーを名乗る剣士とバレンタインを名乗る魔法師が現れ、この二人を防衛線とした線引き…… 魔物と人間の領土の境目である、ラント王国が建国されました。
帝国とラント王国。この二つの国が完成し、魔物と人間の対立が再びハッキリとした時、冒険者ギルドと言われるものが設立されました。
今までは魔物の討伐は兵士の仕事でしたが、ギルドの傭兵制度のおかげで、軍の被害がグンと下がりました…… おっと、ダジャレじゃないですよ?
しかし、良いことが起きれば、別な部分で悪いところが出てきます。
この傭兵制度は、簡単に言えば一般人を戦わせるわけですから、今度は国民の死亡率が上がってしまいました。国は国民でできている、と言われる通り、国民の数が減ればそれだけ国としての力が弱まってしまいます。
この被害を最小限に抑えるためにできたのが、等級です。鉄級から白銀級までの五つのランクが作られ、それに合わせてモンスターにもランクがつきました。
そして、私が戦争を終結させてから千年が立ち、立て続けに私のところに地球人がやってきます。
私は千年前に誓った通り、その人たちに未来を託して……! あとは本編を見ればわかりますね!
こんな私の昔話に付き合って頂き、ありがとうございました。
それでは最後に、私がなぜみなさんに話しかけられるのか、ということを話したいと思います。
その理由はですね…… 天国にいるので、なにをしてもオッケーなんです!
ここには四獣ちゃんたちがいて、ケルベロスちゃんがいて、そして…… アーサーがいます。
過去にどんなに辛いことが起きたとしても、それを吹き飛ばしてくれる何か…… それが私には、ハッキリとわかります…… それはーー
「クラリス〜! 今日のご飯はなんだい?」
「アーサー! 今日はオムライスですよ!」
「お! やったー! クラリスのオムライスは美味しいからね!」
それは、『大切な何かを、大切だとわかっている』ということです。
クラリス編、これにて終幕となります。
出てきた当初から過去の事は考えていたのですが、こうして形にしてみると救われない話ですね。まあ、死後の世界が本当にあるとしたら、彼女は今幸せなのでしょうが。
よかったら感想など書いてくれると嬉しいです!
それでは!