ひとりの力
俺は傷ついた体を無理やり動かして、なんとか起き上がる。
「テレサ…… 生きてるか?」
「はい…… なんとか……」
テレサは潰れたテントの下から這い出てきた。
「なんだったんだ? あの槍は……」
メラニアが目の前に現れた槍を手に取った瞬間、唐突にメラニアの雰囲気が変わり、ここにいた兵士たちが一瞬で吹き飛ばされた。
俺とテレサはなんとか無事だったが、メラニアの近くにいた兵士たちは確実に死んだだろうな。
「それよりも、本部は大丈夫でしょうか?」
「確かに、メラニアがあの調子だとすると、めちゃくちゃになってる可能性もあるな」
俺は単眼鏡を使って戦場を観察してみる。
「どうですか?」
「兵士に動揺は見られないな。指揮系統は無事なようだ」
俺とテレサが安心した途端、戦場の方から大きな音が聞こえ、突然地震が起こった。
「今度はなんだ!?」
「…… レギンスさん…… あれ……」
テレサが震えながら指をさした方を見てみると、そこにはあまりにも大きな山ができていた。さらにその上には、身体中に火を纏った鳥が飛んでいる。
「な……」
二人で絶句していると、巨大な山が動き出し、頭のような部分を外に出した。
「あれは…… 亀、ですか?」
「そんな馬鹿な…… あんな巨大な魔物、見たことないぞ……」
魔物大図鑑にも載ってなかったはずだ。載っていたら確実に覚えているだろう。あんな巨大すぎる魔物を、俺が忘れるはずがない。
亀のような魔物は口を開け、空気を吸い始めた。
「なにをしようとしているんでしょう?」
「わからん。わからんが、とにかくあればやばい。テレサ、しゃがーー」
亀が一度口を閉じ、再度口を開けた瞬間、俺は宙を舞っていた。
空中からは戦場がよく見える。いや、もうそこは戦場などではなかった。戦場であったものはすべて吹き飛ばされ、更地と成り果てていた。
俺の体はもう動かない。近くで意識なく浮かんでいるテレサに、手を伸ばすこともできない。なにも聞こえず、ただ視界だけが開けている。
もう考えることしかできない俺に、火の鳥が近づいてきた。火の鳥は、俺とテレサの目の前で口を大きく開ける。
ああ…… 勇者の仲間になんかなるんじゃなかった……
次の瞬間、俺の視界は真っ赤に染まった。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
私が魔王城の豪華な椅子で優雅にワインを嗜んでいると、突然慌てた部下が駆け寄ってきた。
「ま、魔王様! 大変です! 四獣が現れました!」
「四獣? 四獣というと、クラリス様の魔法の?」
「はい! その四獣が、無差別に魔族を襲っております!」
どういうことだ? クラリス様は死んだはず…… なのになぜ、クラリス様の作り出した四獣のみが暴れているのだ?
可能性としては二つ。クラリス様が死んでもなお、魔力が切れるまで動き続けるようにプログラムされたか、もしくは……
私がそこまで思考を進めると、魔王城が大きく揺れた。
「なんだ!?」
私はワインを机に置き、立ち上がる。すると、さらにもう一人の部下がやってきて、私に向かってこう言った。
「ケ、ケルベロスが! 魔王城に乗り込んできました! しかも! クラリス様が乗っています!」
嬉しそうな部下の表情とその報告を聞いて、私は今が最悪の状況だということを悟った。
私は部下になにも言わず、ここから立ち去ろうとした。これは逃げているわけではない。ただ勝利のためだけに、一時撤退をするだけだ。
魔王城の裏門まで行ければ、そのまま夜に紛れて……
「どこに行くのですか? キュレギム……」
間に合わなかったか……!
部屋の壁をぶち破って出てきたクラリス様に、私はあくまで堂々と振り返り、一礼をする。
「おお、これはこれはクラリス様…… 何度見てもそのお姿は麗しゅうございます」
これは嘘ではなく、本当のことだ。あの甘ったるい瞳を除けば、彼女は美しい。
「顔を上げなさい、キュレギム」
「はっ……」
そこで私は初めて、戦慄という感情を知った。
私の目の前にあるあの瞳から発せられるものは、明らかな殺意……! あの甘っちょろい小娘の目が、まさかここまで恐ろしいものになるとは……
クラリス様はケルベロスから降りると、私に詰め寄ってきた。
「聞かせてもらいますよ。なぜ教国を攻めたのか……」
私はイエスと言わざるを得なかった。