グングニル
私とアーサーは白虎ちゃんに乗って、戦場に向かいます。
「クラリス、どうやって戦争を止める気なんだい?」
「私が最前線に四獣を作り出します。魔族と人間がそれに驚いているうちに、私とアーサーでキュレギム…… 現魔王を倒します」
「なるほど。現魔王がいなくなれば、魔族は統率が取れなくなる。だけど、最前線に四獣を出したりしたら……」
「この際、多少の犠牲は仕方ありません」
「…… わかった。なるべく迅速に現魔王を倒ーー」
それは一瞬の出来事でした。突然後ろから、
「クラリス! 危ない!」
というアーサーの声が聞こえ、背中を強く押されると、アーサーの体をなにかが貫通し、白虎ちゃんからアーサーが落ちました。
背中を押された私も地面を転がり、上手く受け身を取ったところでアーサーを見てみると、アーサーの周りには血溜まりができていました。ここで、私はようやく状況を理解することができました。
「…… アーサー!!!」
慌ててアーサーに近寄って体を確認すると、腹から胸までをなにかが貫通していて、アーサーは今にも虫の息でした。
「クラ…… リス……」
たった四文字を喋っただけで、アーサーの周りの血溜まりが目に見えて広がります。
「アーサー! 喋らないでください! 今止血しますから!」
私がアーサーの腹のあたりに手を伸ばそうとすると、アーサーは私の手首を掴みました。
私は驚き、アーサーの顔を見ます。するとアーサーは、首を横に振っていました。
「ダメ、だ…… 魔石を…… やられ、た……」
よりにもよって、魔石を!?
魔石は魔力の心臓部です。体から魔力がなくなってしまえば生き物は死にますから、その器官が破壊されたとなれば……
「今すぐ光魔法が使える人を……」
「間に、合わない……」
そんな! なら、どうすれば………… ひとつだけ、いい方法がありました。
「…… 私の魔石を……」
アーサーはその言葉を聞いて、私の手首を強く握りしめました。
「い、けない……」
私は胸が苦しくなってきます。
「でも! それじゃあアーサーが!」
「いい、んだ…… クラリ、スが、怪我していない、なら……」
「そんな! 嫌です! 私はまだ、アーサーとやりたいことがーーんむっ!?」
アーサーは私の頭を引き寄せて、自分の唇を私の唇と合わせました。
互いの唇が離れると、赤色の糸が切れます。
「アーサー、どうして……? 私は不死身なんですよ?」
少し落ち着いた私がそう言うと、アーサーは私に向かって微笑みました。
「…… クラ、リス、君はもう…… たくさん傷ついた。人間に、魔族に、責任に、僕に…… たくさん、傷つけられた。だから、もう傷つかなくて、いいんだ……」
その言葉を最後に、アーサーは動かなくなりました。
「アーサー?」
呼びかけても、返事はありません。
「嘘ですよね?」
頭では、嘘ではないとわかっています。
「また起き上がってくださいよ」
そんなことは、もう二度とないのでしょう。
「また笑顔で…… 私を抱きしめてくださいよ……」
アーサーは、私の前ではいつも笑顔です。だってほら……
「どうして…… 笑顔のまま死ぬんですかぁ……」
私が動かないアーサーの胸にすがり、歯を食いしばっていると、槍を持った女の人が近づいてきました。
「アハっ!…… アーサーが死んだぁ…… 私、槍投げる上手いなぁ…… あはは!」
私が声のする方を見てみると、全身が血まみれで、片足を引きずりながら歩くメラニアさんが見えました。
「アハっ…… 次は魔王の番だよぉ。ちゃんと当てて、褒めてもらうんだからぁ。えへへ、私が魔王を倒したって言ったら、お父さん喜んでくれるかなぁ……?」
「…… メラニアさん……」
「いくよぉ…… えいっ!」
メラニアさんは身体中から血を吹き出しながら、槍を投げました。
あの槍はどうやら、投げられるのと同時にメラニアさんの魔力を吸っているみたいです。メラニアさんの体は、槍が手から離れた瞬間にさらに傷つきました。
投げられた槍は私に向かって、凄まじい勢いで飛んできます。
槍は容易に私の体を突き破ると、一瞬で消えて、またメラニアさんの手の中に戻りました。
「えへへ…… 殺せたぁ…… やったぁ!」
私の体に空いた穴は、一瞬で塞がりました。
それに気がつかず、メラニアはぴょんぴょんと踊り踊っています。
私は静かに右手を前に出しました。
「〈フォーム・ケルベロス〉」
私の目の前にケルベロスちゃんが現れ、私がなんの指示をしなくとも、ケルベロスちゃんはメラニアさんに向かって走ら出しました。
メラニアさんはケルベロスちゃんに気がつくと、手に持っている再び槍を投げました。
槍はケルベロスちゃんの真ん中の頭を貫きましたが、ケルベロスちゃんは右の頭を一つ消費して自己再生をし、最後の一つとなった頭でメラニアの肩に噛みつきました。
「い、痛い! あれ? なんで魔王が死んでないの? なんーー」
最後まで言い切る前に、私のケルベロスちゃんは、メラニアを槍ごと噛み砕きました。
辺りには静寂が残り、風が私の髪を揺らします。
「…… 仇を取っても、虚しいだけですね」
私はケルベロスちゃんに魔力を与え、頭を再生させると、アーサーの近くでじっとしていた白虎ちゃんの背中に三つの魔法陣を描きました。
一つは〈フォーム・朱雀〉
一つは〈フォーム・玄武〉
一つは〈フォーム・青龍〉
「白虎ちゃん、人間と魔族の争いに終止符を打ってきてください」
「ガゥ」
白虎ちゃんは、私の右頬をつたう涙をひと舐めすると、走り去って行きました。
私はふと、アーサーの顔を見ます。
「…… なにが傷つかなくていいですか…… 今が一番、苦しいですよ……」
私はアーサーの遺体とともにケルベロスちゃんに乗り込みます。
「さぁ、私たちも裏切り者を倒しに行きましょうか」
「グルゥ……」
「ケルベロスちゃん、私を心配してくれているんですか?」
「グゥ」
「私は大丈夫ですよ。だって、あなたたちが側にいますからね」
ケルベロスちゃんは私からゆっくりと視線を逸らすと、魔王城に向けて走り出しました。
ケルベロスちゃんの背中はなんだか、いつもより揺れが少ないような気がしました。