用済み
兵士を引き連れ、教国陣営の陣地までやってきた私は、テントの中にいるレギンスとテレサに駆け寄る。
「どういうことだ! なぜ魔族との戦争を始める!?」
「メラニア、魔王は打ち取れたか?」
レギンスは私の言葉を無視して、質問を返した。
「…… 魔王は逃げた。それも、アーサーを連れてな」
「そうか……」
レギンスは腕を組んで、なにかを考え始めた。
「…… それより! 私の質問にも答えろ! なぜ戦争が始まっているんだ!?」
「メラニアさん、教国はもとより、魔族と手を組む気なんてなかったんです。まあ、それは魔族も同じだったようですが……」
「ならなぜ! 私にそのことが伝わっていない!? お前らには情報が伝達されていたんだろう!?」
「……」
私がそう言うと、テレサは黙り込んでしまった。
「な、なんだ? 私がなにかしたのか!?」
自分の過去を思い返してみるが、私が教国の不利になるようなことを働いた記憶はまったくもってない。
レギンスが口を開いた。
「メラニア、魔王とアーサーが一緒に住んでいたという件。実は、教国は初めから知っていた」
「…… は?」
魔王が生きていたことを、教国は知っていた? それはつまり、見て見ぬ振りをしていたというのか?
「教皇様含め、上の人たちは彼らを害なしと判断していました」
勇者と魔王が同棲していることが、害なしだと……!?
「ふざけるな! そんなことを誰が認めるか!!」
「誰も認めないだろうな」
レギンスが端的に答える。
「ならどうしてーー」
「だから隠していた」
私の言葉に被るように、レギンスはさらに端的に答えた。
「…… ならなぜ、今更始末するという話になったんだ?」
「メラニアさん…… まだ気がつきませんか?」
「なにがだ?」
レギンスとテレサは互いに目を合わせると、ため息をひとつついた。
「二人して、なにを私に隠している!」
「メラニア、お前が台無しにしたんだ」
「なにを?」
「メラニアさんが隠していた情報を…… 魔王が生きているという事実を公開してしまいました」
……!?
「貴族に、兵団に…… 国に」
「噂は庶民たちにもすぐに届き、国中に広がりました。そうなってしまえば、いくら後で利用価値があろうとも、始末するしかありません」
そんな大きな失態を…… 私は犯していたというのか? いやだが…… 魔王を利用するなど、あってはならないことだ。私は正しい。魔物はすべて滅ぼさなければいけないのだ。
落ち着いた私は、一番最初の質問に答えられていないことに気がついた。
「…… なら、私に情報が伝わっていないのはなぜなのだ?」
「それは……」
レギンスが珍しく口ごもる。しばらくして、意を決したように私の方を見た。
「メラニア、お前は魔王討伐作戦で…… 死ぬ予定だった」
「…… は?」
魔王ではなく、私が死ぬ予定だった……? いったい、レギンスはなにを言っているんだ?
「魔王をメラニアを含めた、たったの一部隊で倒せると思っているほど、教皇様も戦争に疎くはない」
確かに魔王を倒すのに数は少なかったが、それは私が信頼されているからではないのか?
「それはそうだが…… しかしそれは……」
「レギンスさん、もうはっきりと言ってしまいましょう」
「テレサ……」
テレサは私の目をじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「メラニアさん、あなたはもう用済みなのです」
テレサがそう言った瞬間、私の周りを兵士が囲った。
「私が…… 用済み……?」
「さあ! 兵士たちよ! メラニアを殺しなさい!」
テレサが叫ぶのと同時に、私の頭の中ではある光景が浮かんでいた。
昔、父にシチューを作ってもらったことがある。いつもは仕事で、私が寝るまで帰らなかったのに、その日だけは早く帰ってきてくれた。
初めて食べた父の手料理の味はとても味わい深くて、子供であった私にも一口で父が料理上手だということがわかった。家族で食卓を囲んで、私の隣に座っていた弟が幸せそうな笑顔を浮かべていたのを覚えている。
それもそのはず。父は教皇様の食事を作る仕事をしていたのだ。
だが父は、魔族によって殺された。
教国に長く居座り、魔道具屋として生計を立てていたとある魔族に、ズタズタに切り裂かれたのだ。
私はその時誓った。父を殺した魔族を、父とともに倒れた人間たちのために、必ず滅ぼしてみせると…… それが今やこれだ。四方八方から槍を向けられ、今にも殺されそうな状況…… 教国のためと思って行動したことも、教国に不利益をもたらした。
挙句の果てに、唯一の家族であった弟も魔王に首を刎ねられ、私はひとりぼっちになってしまった。
私は結局、間違ったことをしちゃったのかな…… お父さん……
そう思った瞬間、私の目の前に突然紫色の槍が現れた。
「なんだ!?」
レギンスが叫ぶ。
私はその槍の謎の魅力に惹かれて、槍を手に取ってみた。すると、頭の中に一気に大量の情報が駆け込んできた。
『あなたに力を授けましょう。今は亡き、あなたの愛おしいお父上と、弟さんの仇のために……』
「…… アハっ」
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
私は、もともと同士であった者たちを切り捨てた。今でも、あの時の元同士の悲鳴が耳について離れない。
「キュ、キュレギム様!? な、なぜ!?」
「なぜ? はて…… なんのことかわからんな?」
「そ、そんな…… あなたは、私たちを導いてくれると……!」
「ふん、ハエの言葉は魔族には通じん。首を落とせ」
「はっ!」
私の部下が元同士を押さえつけ、斧を振り上げる。
「キュレギム様!? キュレギム様ぁぁあ……」
命の途切れる音が聞こえた。
「キュレギム様、これでよろしかったのですか?」
「ああ、アレは反乱分子だ。私に刃向かうものは容赦せん。私は…… 魔王だからな」
つい昨日のことだ。
叫び続ける声、首が落ちる音、血の暖かさ…… すべて…… すべて……
私の体が勝手に震え出す。ついでに、口元もつり上がってくるのがわかった。
「ふふ…… 魔王……」
心地がいい。