正面衝突
私とアーサーの愛の巣が突然爆発しました。
「もう! 一体誰ですか!?」
「いたぞ! 魔王だ! 討ち取れぇ!」
あの人が犯人ですね…… いいでしょう。我が家を壊した罪は重いですよ。ケルベロスの餌にしてあげます!
というかあの顔、どこかで見たことがあるような……?
「あ! ええと、確か…… メラニンさん!」
「誰がメラニンだ! 私はメラニアだ!!」
そうでした。斥候のメラニアです。
でも、どうしてここに?
「おらぁ! くたばれぇ!」
私が首を傾げていると、メラニアの指揮下のガタイのいい男が、私に向かって斧を振り降ろしました。私は人差し指と中指の間で斧を受け止めます。
「なに!?」
「魔王を倒すのに一人で特攻するなんて、大バカ者以外のなんでもないですよ?」
私は斧の持ち手をしっかりと掴んで、頭の上で振り回して投げました。すると、最後まで斧をがっちりと掴んでいた大男は、斧のついでに飛んでいきました。
というか、私が魔王だってバレてるんですね。せっかくアーサーがバレないように処刑のフリをしてくれたのに、これじゃあ意味がありません。
「なにをしている! 早く討ち取らんか!」
メラニアさんの怒号が響きます。
ひえぇ…… 女性なのにあんな声出して、怖い人ですね。
メラニアさんの指示で、今度は四人の大男が私を囲みました。うーん。この状態だと、あの子の出番ですかね。
「「「「覚悟しろ! 魔王!!」」」」
「〈フォーム・白虎〉」
四人が大剣を持ち上げた瞬間、私の白虎ちゃんが四人の首を切り落としました。
「さすがは白虎ちゃん! 偉いですね! よしよし!」
「がぅ!」
私は、戦果を挙げた白虎ちゃんの頭をナデナデします。白虎ちゃんはゴロゴロと喉を鳴らして、とても嬉しそうです。
「ま、魔王が、魔物を操っている……」
教国の聖騎士から、そんな声が聞こえてきました。
これは…… 少しマズイことをしてしまったかもしれませんね。魔族が魔物を操れると勘違いされては困るんですが。
「やはり、あの時に殺すべきだったか……」
「ん? あなたは……」
どこかで見たことのあるような鋭い目つき……
「魔王クラリス! 今ここで貴様を殺す!」
紫色に輝く槍を私の方に向ける姿は、あの洞窟のことを彷彿とさせますね…… あ、思い出しました。
「ディックとかいう人!」
「貴様がいなくなってから、俺は血の滲むような努力を重ねた! そして! 今こそその悲願を果たす時! 死ねぇ!!」
ディックは私に槍を突き出しました。私が槍をひらりと避けると、白虎ちゃんの爪がディックの首を落としました。
すると、兵士たちに動揺が走ります。
「あのディックが……」
「俺たちに勝てるのか……?」
兵士たちの弱気な声を聞いて、メラニアさんは舌打ちをし、小さな声で続けました。
「あのバカ……」
私がどこか苦しさを堪えているような、寂しさを押し殺しているようなメラニアさんの表情を見ていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「…… クラリス! 大丈夫か!?」
「アーサー! 私は大丈夫ですよ!」
私が返事をすると、アーサーは私の目の前に現れました。
「クラリス! 無事でよかった!」
「私は不死身の魔王ですよ? このくらいでは死にません!」
アーサーは安心したように微笑み、私の頭を撫でました。そして次に、私を倒しにきたメラニアさんを鋭い目で睨みつけます。
「メラニア、これも教皇様の命令なのかい?」
「ええ、そうよ。魔王を戦闘不能にして連れてきなさいってね。
アーサー、戻るなら今しかないわよ?」
アーサーはメラニアに見えないように、拳を強く握りしめていました。
「僕は……」
私に味方すると、アーサーは……
「…… アーサー、私のことは気にせず、勇者としての役目を果たしてください」
「クラリス……」
「あなたでなければ、魔族と人間を共存させられる人はーー」
「クラリス! 僕は…… 愛する人を見捨てるようなことは、絶対にしない!」
アーサー…… いけません。こんな状況なのに、不覚にもきゅんとしてしまいました。
「残念だよ、アーサー!」
「メラニア様!」
メラニアさんが右手を上げ、それを振り下ろそうとした時、メラニアさんの部下が突然声を上げました。
メラニアさんは右手を上げた状態で止まり、部下に視線を向けています。
「なんだ?」
「大変です! 教国と魔族が…… 国の境で全面戦争を始めました!!」
…… はい?
「なんだと!? どういうことだ!? 条約は!?」
「わかりません! 魔王城に送り込んでいた教国の使者とは一切通信が取れず、魔族がどのような意図で攻めてきたのか…… また、なぜ我が教国が攻めていたのか、まったく情報がありません!」
…… キュレギム。一体なにを考えているんですか? 私とアーサーが作ろうとした平和を……
「〈フォーム・朱雀〉」
私の魔法で、火を纏った鳥が現れました。私は朱雀ちゃんの背中に飛び乗り、指示を出します。
「朱雀ちゃん! 白虎ちゃんとアーサーを持って、飛んでください!」
「ピィー!」
朱雀ちゃんは私の命令通りに、右脚に白虎ちゃん、左脚にアーサーを持って、飛び上がりました。
「な! 待て!」
メラニアがこちらに向かってなにかを叫んでいますが、私と朱雀ちゃんはそれを無視して、ディヴェルト王国から離れていきました。
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私の朱雀ちゃんは、王国と魔王城から離れた森に着陸しました。私は朱雀ちゃんの背中から降りて、頭を撫でてあげます。
「朱雀ちゃん、ありがとうございました。もう、休んでもいいですよ」
私がそう言うと、朱雀ちゃんは魔力に変わって消えてしまいました。
「クラリス、ありがとう。わざわざ僕まで……」
そりゃあ、あんなことを言われたら、一緒にいないわけにはいきませんからね。恥ずかしいので口にはしませんが。
「アーサー、ここで待っていてください」
私は白虎ちゃんの背中に飛び乗ります。
「クラリス? どこに行くんだ?」
そりゃあもちろん……
「戦争を止めに」
その言葉を聞いて、アーサーは息を飲みました。
「だ! だめだ! 君は行っちゃいけない!」
「どうしてですか?」
「それは……」
「私には、あの戦争を止める義務があります」
私が、次代魔王の選択を誤らなければ、もしかしたらこの戦争は起こらなかったかもしれません。それに…… キュレギムに教えてあげなければなりません。争いを始めた罪の重さを。
「そ、それでも、僕は君に行ってほしくない!」
「……」
すみません、アーサー。私は、私とアーサーで作ろうとした平和を、根本から破壊したキュレギムを止めなければいけないんです。
私はアーサーから目を背けて、白虎を走らせました。
「クラリス!」
アーサーはそれを見て飛び上がると、私の後ろに無理やり乗り込みました。
その無理やりな騎乗に白虎ちゃんはバランスを崩し、私とアーサーは宙に投げられました。
「きゃっ……!」
私はなにかに包まれながら地面を転がり、目を開けると、目の前にはアーサーの顔がありました。どうやら、押し倒されてるみたいです。
「ア、アーサー、こんなところで…… 恥ずかしいです」
「クラリス、ごまかさないでくれ」
…… むぅ、バレましたか。
「魔族と人間の全面戦争に一人で手を出そうなんて、いったいなにを考えているんだい?」
「あの戦争のトリガーは私です。ですから、止める義務というものがあります」
「それはそうかもしれないけど、ならどうして! どうして一人で行こうとするんだ!?」
「それは……」
アーサーが戦争に出たら、魔族にも教国にも狙われてしまいます。
「…… クラリスのことだ。きっと僕の心配をしているんだろう。けど、それは僕だって同じだ! 君は教国に狙われ、魔族に裏切られている!」
「アーサー……」
「だから僕も行く。僕は勇者だ。平和を守る義務がある」
アーサーの真っ直ぐで綺麗な目。その強い眼差しに、どうも私は弱いみたいです。
「白虎ちゃん、アーサーも乗せてくれますか?」
「ガウ!」
当たり前のことだとでも言わんばかりに、大きな鳴き声で返事をした白虎ちゃんは、私の横に座り込みました。
アーサーはそれを見て、私の上から退きます。
「クラリス、ありがとう」
「無理やり押し倒してきたくせに、今更なにを言いますか! ほら! 頑張りますよ!」
私が白虎ちゃんに乗り、私の後ろにアーサーが乗り込みました。
「白虎ちゃん! 全速力へ戦場まで駆けてください!」
「ガァウ!!」
私の合図で、白虎ちゃんは猛スピードで走り出しました。