同刻
私は魔王城のテラスから、集まってくれた同士を見下ろす。
「私たちの魔王、クラリス様は、人間たちの手によって殺された! 条約を結ぶため、教国の人間どもに強制的に連れていかれてな!
これを許してなるものか! 私たちは魔王様のために生き、魔王様のために死んできた! この秩序を乱した人間たちに、私たちは罰を与えなければならない!
魔王様の命を惜しむすべての者たちよ! その気持ちを今! 怒りに変え、すべて人間たちにぶつけるのだ!
さもなければ…… 私たちは、人間たちの奴隷となってしまう!!」
始めは静かであった空間も、今は魔族の叫びによって、空気が震えるほどの熱を帯びている。
「魔王様を失った私たちがするべきことは一つ! それは弔い合戦である!
今こそ! 我らの力を一つにし、人間たちを滅ぼそうぞ!!」
目の前で起こる大歓声。私はそれを直に受け、実感する。
これが『魔王』なのだと。
さあ、待っていろよ、人間ども。この大陸は、私たち魔族のものだ。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「それじゃあ、行ってきます」
「はい! いってらっしゃい!」
僕はクラリスに見送られて、今日も訓練場に向かう。
最近は本当に幸せだ。家に帰ったらクラリスがいるし、温かいご飯もできてるし、夜の方も、あれだし……
ただ、問題もあって、クラリスが魔王から身を引いたせいで、最近魔族の動きがまったくわからない。友好条約を結んでいるから、こっちに攻めてくることはないだろうけど……
まあ、そこらへんは勇者である僕が頑張らないといけないな。
考えごとをしながら訓練場に入り、訓練用の剣を手に取る。そして、そこで気がついた。
「あれ? 今日はみんな、訓練しないのかな?」
メラニアも、テレサも、レギンスも、誰もいない。
確かに昨日までは、訓練場に入り浸ってだはずなのに……
とりあえず、あとで来るのかもしれないので、僕は素振りをし始めた。
二時間経ってもみんなが現れなかったので、訓練場から出て、教国の街を通って家に向かう。
そういえば今日はやけに人が少ないような……?
教国を抜け、ディヴェルト王国との国境線に来た時、人気のない森の中からなにか動く影が見えた。
「そこにいるのは誰だい?」
僕に声をかけられて、影は動きを止め、沈黙が訪れる。
しばらくして観念したのか、茂みの中から出てきたのは、僕が雇い、今は教国の館で働いているメイドだった。
「ニコレッタ? どうした君がここに?」
「アーサー様…… お覚悟を……!」
僕の正面に立ったメイドのニコレッタは、突然姿勢を低くしたかと思うと、腰からナイフを引き抜き、僕に襲いかかった。
「な、なにを!?」
「はぁっ!」
僕はそれを紙一重で避けて、ニコレッタの手首を掴む。
「やめるんだ、ニコレッタ!」
「申し訳ありません、アーサー様。しかし、これは教皇様のご指示なのです!」
ニコレッタは、僕が掴んでいる方とは逆の手でなにか布に包まれた球を出し、地面に投げつけた。球は破裂して、煙が辺りを覆う。
すると、いつのまにか僕の手からニコレッタはいなくなっていた。
煙で周りが見えない中、構える僕。
煙がようやく晴れて、周りがだんだんと見えるようになってきた時、僕の後ろから影が現れた。
「そこだ!」
僕は敵意を頼りにニコレッタの場所を特定し、左手で振り下ろされた刃物を掴む。
目の前からは、驚きで息を呑む声が聞こえてきた。
「ごめん、ニコレッタ」
僕はニコレッタに一言謝って、右手の拳でニコレッタの腹を殴打する。
「かはっ……」
ニコレッタは力なく倒れた。
完全に煙が晴れてから、僕はニコレッタに話しかける。
「どうしてこんなことをしたんだい? それに、教皇様の指示って?」
「申し訳、ありません、アーサー、様。しかし、目的は達成、致しました。あなたを足止めするという…… 目的は……」
そう言い残し、ニコレッタは気絶した。
教皇様からの命令で、僕を足止めする? 一体なんのために……?
僕が考えていると、ディヴェルト王国の果ての森から、爆発音と黒煙が舞い上がった。
「…… まさか!」
僕は急いで、我が家に向かった。