メラニアの苦悩
魔王クラリスの処刑から一ヶ月が経ち、表向きには、魔族と人間との友好条約が締結した。
勇者パーティの中で斥候である私は、特にすることもなく、ここ最近は訓練場に入り浸っている。
これに関しては、レギンスもテレサも同じで、それぞれがもしもの時のために備えて、自らを鍛えているのだが、一人だけ例外がいる。
「やあ、今日もみんな頑張ってるね」
「アーサー! 訓練はサボるなと、あれほど言ったじゃないか!?」
「怖いなあ、メラニアは…… 僕だってサボってるわけじゃないよ。一応、毎日訓練はしてるしね」
確かにアーサーも、訓練は毎日している。だが、私たちと比べれば、それは天と地ほどの差になるほど、やっている時間が少ない!
「してるとはいっても、たかだか二時間程度だろう!? それは勇者としてどうなのだ!?」
「もう戦う必要はないわけだし、そんなに鍛えなくてもいいと思うけどなぁ……」
甘い。アーサーは、圧倒的に甘い。というか、魔族を軽視している。
あいつらは、人間の隙をついて虐殺を行う、ゲスのようなやつらだ。だから、このまま友好条約が安全に機能していくなど、夢物語でしかない。
「もしもの時というのは、いったいいつ起こるかがわからないから備えるんだ。それを軽んじてどうする?」
「そのために、僕だって二時間は訓練してるんだよ。もしもの時、疲れてたらいけないしね」
そう言ってアーサーは、訓練用の刃の潰れた剣を持ち、振り始めた。
それから二時間ほど、各自が訓練をすると、突然アーサーが立ち上がった。
「それじゃあ、僕はこれで……」
「早すぎる!」
「まあまあ、メラニアさん、アーサーさんにだって、自分の時間があるんでしょうし……」
「テレサ、お前まで……!」
「そう。僕は少し、やりたいことがあるから」
「ほら、本人もこう言っていますから」
「…… アーサー! 明日もきちんと来るんだぞ!」
「わかってる。サボりはしないよ」
アーサーは、訓練場から出ていった。
私はその後ろ姿を見て、訓練場の壁を殴りつけた。
「どうしてあんな問題児が勇者なんだ!?」
「メラニアさん、それは彼の努力家だからであり、今まで重ねてきた努力の賜物です」
「ならなぜ! 今その努力を捨てる!?」
アーサーはいつもそうだ。勇者が嫌になれば勝手に出ていって、しばらくすると自然に戻ってくる。周りの迷惑などお構いなしで、自分のことしか考えていない。
いや、それでも前まではよかった。なにせ、訓練はしっかりとやっていたからだ。だが、今はどうだ!? 簡単な訓練を二時間ぽっちしかやらず、勝手に帰り、そのあとは姿も見せない!
「やはり、勇者としての自覚が足りないんじゃないか!?」
「メラニア、落ち着け」
「レギンス!? お前はおかしいとは思わんのか!?」
「思う」
「なら……!」
「女だ」
「…… は?」
唐突になにを言いだす?
「あの顔。そして、時間をなるべく取ろうとする行動…… 間違いない。女だ」
すると、レギンスの意見に、テレサまでもが納得したようすを見せた。
「…… ああ! なるほど! 確かにそうですね! ついにアーサーさんにも、恋人ができましたかぁ……」
「な!? 恋人だと!?」
そんなもののために、訓練時間を減らしているというのか!?
私は、怒りで立ち上がった。
「メ、メラニアさん? いったいどこに行くんですか?」
「アーサーのあとをつける!」
「やめておけ。プライベートなことだ」
「レギンスは黙っていろ! これは仲間としての義務だ!」
テレサがレギンスを見たが、レギンスは諦めろと言わんばかりに首をすくめていた。
その動作に、私は余計に腹が立ってくる。
「行ってくる!」
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確かアーサーは、お昼頃には戻るって言ってましたので、今日はお昼ご飯を作ります。
私は赤縁のメガネをかけて、顎に手を当てて献立を考えます。アーサーの真似事なんですが、なんかこれ…… ちょっと頭良さそうですね!
ちなみにこのメガネは、アーサーが作ってくれたものです。特殊な魔道具で、魔力を込めると私の赤い目を黒に見せてくれます。
そのおかげで、私は問題なく買い出しに行けるようになりました!
「そうですね…… 今日はオムライスですかね!」
冷蔵庫の魔道具から材料を取り出し、フライパンに火をつけ、鶏肉と玉ねぎを炒め、ご飯を入れます。
そこにケチャップを加えれば、チキンライスができます。
そしたら別の小さいフライパンを温め、溶いた卵を投入し……
「ほっ!」
チキンライスの上に乗せれば、オムライスの完成です!
ふふふ…… 愛情たっぷりの新妻ご飯…… アーサーならきっと喜びます!
私がオムライスを作り終えると、家の扉が開く音と、聞きなれた声が聞こえてきました。
「クラリス、ただいま」
「アーサー! おかえりなさい! ご飯、できてますよ!」
「いい香りだね。これはオムライスかな?」
「正解です! さあさあ、手を洗ったらどうぞ召し上がってください!」
男を落とすのなら、まずは胃袋から掴む…… まあ、私が料理を披露したのは、プロポーズされたあとなんですけどね!
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な…… ! これはどういうことだ!? なぜ魔王が生きて…… まさか、アーサーが魔王を助けたというのか!?
そんな馬鹿な…… しかし、魔王の処刑を行なったのはアーサーだ。だとすると、あの状況で魔王を救えるのは……
「これは、レギンスとテレサに伝えなければ……」
私は、ディヴェルト王国の果てにある一軒家の窓から離れ、教国へと走った。