架け橋
「それは本当ですか!?」
「は、はい! 今さっき、教国から送られてきた使者からの情報です!」
「そんな……」
私は椅子に倒れ込む。
人類と魔族の共存の件。教国はこれを受け入れ、約束しました。しかし、これには条件がありました。
それは、私の命と引き換えに、この条約を成立される、というものです。
私は不死身のリッチ。死ぬ方法は、心臓に光の魔力を受けることのみ。
教国で私を殺せる人間といえば……
「アーサーさんだけ……」
私が死ねば、魔族と人間は協力し合える。
私が死ねば…… 私が死ねば……
「アーサーさん…… 説得失敗しちゃったんでしょうか?」
それとも…… もとから私の首が、欲しかった?
「魔王様! 今の話は本当ですか!?」
「キュレギム……」
「魔王様は死んではいけません! あなた様が死んでしまったら、私たちはどうやって生きていけば……!」
そうでした。魔族は私が率いらなければまとまりません。でも、私が死ななかったら……
「魔王様! やはり人間など、信じてはいけなかったのです! 人間は卑屈で、卑怯なのです! 私に命じてください! 人類を滅ぼせ、と!」
でもそれじゃあ、アーサーさんと交わした、あの握手の意味が……
「魔王様! ご決断を!」
私は、私たちはきっと…… 手を取り合って、協力し合って生きていけます。
アーサーさんとのあの握手は、そのための…… 第一歩。
「…… わかりました。キュレギムに命じます」
「は!」
「私を、教国に連れて行きなさい!」
「は!………… 今、なんと?」
「私は…… 平和の架け橋になりに、教国に向かいます」
キュレギムは目を見開いた。
「そんな! いけません! 私たちの未来は……!」
「キュレギム、あなたのカリスマ性は私以上です。私が死んだあとは次代魔王として、魔族をまとめ上げてください」
「私がですか!?」
「はい。これは魔王命令です」
キュレギムなら問題ありません。
なにせ、私に魔王の振る舞いを叩き込んだのは、このキュレギムなのですから。
「今すぐ馬車を出してください。私は教国に向かいます」
「…… わかりました……」
キュレギムは悲しいのか、うつむきながら部屋から出ていった。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「なぜだ!」
私は怒りに任せ、強く壁を叩く。
「キュ、キュレギム様?」
同士が私の名を呼んでいるが、そんなことは知ったことではない。
「なぜ教国はこの条約を受け入れたのだ!」
あの魔物嫌いたちが、私たちを受け入れるだと?
いったいなぜ!…… まさか…… あのアーサーとか言う勇者…… たかだか勇者一匹と侮っていたが、まさかそこまで影響力があるとは…… くそ! 魔王様も死ぬ気でおられるし、これでは私の計画が……
「いや、待てよ……」
よくよく考えてもみれば、魔王様は私たちの希望。それが死ぬとなれば、黙っていられない魔族がほとんどのはず…… だが……
「キュレギム様? 大丈夫ですか?」
それでは、今まで魔王様を悪だと言い聞かせていた同士たちを裏切ることになる……
魔王様反対派は、今や魔族全体の一割程度にもなっている。となれば……
「…… 反逆者として、切り捨てるか……」
仕方がない。なにせ、この私が直々に次代魔王に指名されたのだ。英雄などではなく、魔王に。
これを捨てる手はない。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
教国の城にて、私は教皇と大司教の前に、跪かされていました。
「ふぉっふぉっふぉ! お主が魔王か! これは滑稽じゃのう?」
大司教が面白そうに、私を見下しています。
「そなたは明日、中央広場にて処刑される。私はそれが楽しみで仕方がないでおじゃるよ!」
真っ白な顔をした教皇も、椅子に座りながら、私を嘲り笑っています。
でも、ここは堪えなければいけません。それが、平和のためです。
「…… 私が死ねば、魔族と共存するのですよね?」
「ふぉっふぉっふぉ! 少なくとも貴様は、そう思って死ねばよいのじゃよ!」
含みのある言い方だけど、きっとアーサーさんがなんとかしてくれるはず。だから、私は安心して死にます。
しばらくあの二人に笑われたあと、私は地下牢に連れていかれました。
狭くて寒くて息苦しいですが、これも見せしめのため…… 仕方ありませんね。我慢します。
でも、ベッドがないのは、ちょっと嫌ですね。
私も女の子なのに、これじゃあ、気持ちよく寝れませんよ。
私は、手足に繋がれている鎖を気にしつつ、ぼーっと天井を眺めていました。すると、遠くから足音が聞こえてきました。看守さんでしょうか?
「クラリスさん……」
「…… アーサーさん……」
看守さんではなく、まさかのアーサーさんでした。
…… っ!? これは恥ずかしいです! 私は今、薄い布切れ一枚しか着ていません!
アーサーさんは私の姿を、無言でジッと見つめていました。
「ア、アーサーさん…… その…… あんまり見ないでください。恥ずかしいです……」
「あ! ご、ごめんよ!」
アーサーさんは慌てて、私に背を向けました。
やっぱり、こういう女の子慣れしていないところもかわいいですね。
「…… クラリスさん、本当にごめんよ。僕が無力なばっかりに……」
「なにを言っているんですか! 大成功ですよ! 共存への第一歩! 私は平和の架け橋になるんです!」
「…… クラリスさん…… 声が……」
あれ? おかしいな…… 視界がぼやけて、うまくアーサーさんを見れません。最後くらい、アーサーさんのイケメンぶりを堪能したかったのになぁ!
それに、声も震えていて…… これじゃあまるで、私が泣いているみたいじゃないですか!
魔王が泣くなんて、そんなこと、あってはいけません!
「だ、大丈夫ですよ! 私は、私は…… 笑顔が取り柄の、魔王ですから。死ぬなんて、そのくらい…… 怖く、ないですから……」
アーサーさんは、いきなり私の方に振り向きました。
私は顔を見られたくないので、慌てて下を向きます。手になにか暖かい液体が何度も当たりますが、そんなのは気のせいです!
すると、私の手を覆い隠すように、アーサーさんの手が置かれました。
「…… 僕が、なんとかするから」
アーサーさんはそれだけ言うと、暖かい手を退けて、どこかに行ってしまいました。