アバークロンビー家当主の憂鬱
アルが学院に行った後の父様の話です。
アルとソフィアちゃんが学院に旅出ってから、だいたい一ヵ月が経った。剣士仲間が一人減ると、なかなかに寂しいもんである。
俺の母上は、アルがいなくなってから、嬉々としてシャルとフィリップを育てている。
悲しいものだ。心なしか、少し落ち込んでしまった。
「あなた、アルなら大丈夫よ。きっとうまくやるわ」
我が妻が俺を慰めてくれる。いつまでたっても優しいな。俺の癒しだよ。
「そうだな。アルならきっと、うまくやるんだろうな」
そういえば、前に俺が落ち込んでいる姿を見たアルは、こんな事を言っていたな。
「父様が俯いて落ち込んでいると、それはもうホラーですよ」
ホラーとは一体どういう意味だったのか…… ? 少なくとも、褒め言葉でない事だけは明らかだ。
アル…… 不思議な子だ。戦う事にしか能がない俺から生まれる様な子ではない。
確かに、剣士としての才能はある。それも、俺以上にな。
だが、それ以上に頭のいい子だ。異常な程に……
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
確かあれは、アルが六歳の頃だった。剣術の稽古をしていない時は、俺の書斎にこもってずっと本を読んでいたのだが、その日のアルは、二歳の誕生日に貰った、宝石の付いたネックレスを持って、書斎に入っていった。
「なんで書斎に、ネックレスなんかを持っていくんだ?」
と聞いたが、
「へへ、内緒っ」
と言われた。そう言われると気になってしまい、こっそりと覗き見てしまった。
その時のアルは、書斎で、ネックレスに魔法陣を描いていたのだ。
思わず驚きで、へんな声を出しそうになってしまった。
まだ六歳だぞ! なんでそんな子供が、魔法陣なんか描けるんだ!?
しかし、それだけではない。なんとアルは、魔法陣二つを重ねて描いていたのだ。
今度は驚きすぎて、気絶するかと思った。
魔法陣の重ね合わせとか、王宮の魔道具職人達しかできない、達人レベルの技だぞ!? なんでアルが、それをできてるんだ!?
いかんいかん、騎士団長が気絶してたら、騎士達に示しが付かんな。
「よっしゃ! 出来たー!!」
まずい…… アルが書斎から出てくる。何とかして誤魔化さねば。
「ふんふんふん〜♪」
「あれ? 父様、こんな所で何してるのですか?」
書斎から出てきたアルが、俺に話しかけてきた。
「なななな、なにもしてないぞ。ただ、天気が良いから日向ぼっこをだな……」
「ここは屋内ですよ? 日向ぼっこなら、外でしたらどうです?」
呆れた様に言われた。息子に言われると悲しくなってくる。泣きそう。いや、騎士団長の俺が泣くわけにはいかん。
そのまま、アルは外に出かけた。
もちろん俺は、その後を追う。
ふふ、アルよ…… 俺の追跡に気付かないとは、まだまだだな!…… 子ども相手に何をしているんだ、俺は。
アルは、人気の無い路地裏に入った。そして、辺りを確認しネックレスを取り出した。
アルがそのネックレスに魔力を流すと…… 水が出てきた。更に魔力を流すと、その水が空中に浮き始めた。
なるほど、水属性と風属性の魔法陣を重ね合わせたのか。あれなら手を使わずに水が飲めそうだな。
って! なんで普通に成功してるんだよ!? おかしいだろ!? ウチの子はまだ六歳だぞ!?
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
今思えば一歳の頃、既にディヴェルト共通語をほとんど完璧に取得していた気がする。そして、二歳の頃には、文字も完璧だった気がする。
うん、やっぱりおかしい。普通、完璧に喋れるようになるのって三歳頃だし、文字を覚えるのももっと遅いはずだ。
しかも一度読んだ本は、その内容のほとんどを覚えているのだ。
俺なんか、五ページ読んだだけで飽きるのに……
まあ、ここまでは良い。いや、色々とおかしいんが、まだ天才だったで片付く。しかし、不気味なのはここからだ。
アルは、一度もその才能を、他人に言いふらした事がない。
それも、意図して隠しているように見えるのだ。
全てさらけ出せば、もしかしたらお祖母様に認められるかもしれない、と子どもなら普通は思うものだ。子どもはいつでも、誰かに認められたいと思っているものなのだから。
しかし、アルはそれをしなかった。
おそらく、それで正しいのだろう。そんな事をしても、気味悪がられるだけだ。
自分の行動で、相手がどう思うか。あの年でそれがちゃんと分かっているのだ。
それに、自分の感情のコントロールまでしっかり出来ている。
俺は、アルが剣術が上手くいかなくて八つ当たりをしていたところを、まったく見たことがない。メイドや執事にも聞いたが、アルがイラついていたところを、一度も見たことがないと言っていた。
これが、俺がアルを不思議に思う理由だ。
精神と年齢が、奇妙な程に噛み合っていない。まるで、体だけが子どもになったようだ。
もしかしたら、前世の記憶なんか持ってたりしてな……
「いや、そんなわけないか。何を馬鹿な事を考えているんだ、俺は。」
今日も仕事だあー。面倒だが、アルの学園費のためだ。頑張るぞー。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
〈アルの魔道具の実験を見てしまったあとの父様〉
魔道具の件は見なかった事にしよう。そう、全て幻想だったんだ。
さて気持ちを切り替えて、今度ある騎士団聖歌選手権に向けて歌う練習でもするか。
俺が歌うと、騎士団のみんなは、あまりの上手さに倒れるからな。今のうちに喉を慣らしておかないと。
ダッダッダッダ!!!
すると、後ろの方から走ってくる音が聞こえた。
「父様ーー!!!」
どうやらアルだったようだ。キキーッと音を立てて、俺の目の前に来る。
「うおっ!? アル、どうしたんだ?」
「父様! もしかして、あなたは……」
「お、おう」
ま、まさか、書斎を覗き見ていたことがバレたのだろうか? そしたらまずいな。なんとか言い訳を……
「歌の練習をしていたのですね!!!」
「…… へ?」
「やめて下さいよ! 父様は、救いようのないオンチなのですから! 絶対に歌わないで下さい!」
「グッハァ!!!」
覗き見はバレなかったが、心に大きなダメージを負った俺なのであった。




