協力のため、滅亡のため
アーサーさんを部屋に案内し、対面して座ります。
「なんというか…… 生活感が溢れる部屋だね」
部屋に入ってのアーサーさんの第一声がこれです。
ただ、部屋の状況を見れば、それも納得できると思います。
部屋の中には今座っている椅子の他に、ベッド、勉強用の机、服をしまうクローゼットなどなど…… 私の自室だし、仕方ないですね!
「すみません…… 今は入れる部屋がなくて……」
「ああ、いや、別にいいんだけどね。その…… 女の子の部屋に入るのは、ちょっと緊張しちゃうな、なんて…… あはは」
そんなこと言わないでくださいよぉ! 私だって恥ずかしいんですからぁ!
一つ咳払いをして、話を元に戻します。
「さて、部屋のことはともかく、話し合いをしましょう」
「ああ、そうだね。これからの方針決める、大事な会談だ」
「はい。私たち魔族が望むのは三つ。人類との戦争の回避。魔物を倒すための共闘。土地の分割です」
アーサーさんは顎に手を当てました。考えごとをする時、手を顎に当てるのが癖みたいですね。
「人間も、魔族との戦争はなるべく避けたいし、この魔王城周辺の土地を任せることに異論はないだろう。でも、魔物を倒すっていうのは?」
「先ほども言った通り、私たち魔族は魔物とは違います。その例として、魔族も魔物に襲われるのです」
「魔族が……?」
「はい。魔族が、です」
「同じ種であるのに…… どうして?」
「簡単なことです。魔物には自我がない。魔物は目の前にいる魔力を欲する。それ故、魔力の目標が魔族であろうと、構わず襲いかかってくるのです」
人間は、魔族が魔物を操れると思っている節があります。ですが、そんなことは不可能です。命令を守れるの魔物は、私が生み出した魔物ちゃんたちだけですから。
「なるほど…… 僕たちは根本的に勘違いをしていたのか……」
「はい。私たちにとっても、魔物は厄介な存在です。それを一緒に叩けるのなら、これ以上のことはありません」
「人類も、魔物のせいで領土を奪われてきた。その雪辱を晴らせるのなら、喜んで協力したい。だけど……」
アーサーさんは、表情を曇らせました。
「なにか問題が?」
「僕はクラリスさんのことは信用している」
「それは、ありがとうございます」
思わぬ告白に、若干ニヤついてしまいます。いけないいけない。大事な話ですからね。
「でも、魔族全体が信用できるとは思っていない」
けれど、この一言で口角が下がりました。
この共存において、一番の問題点がそれです。私とて、すべての魔族の考えがわかるわけではありませんから、いつどこで誰が裏切るのかを予想することはできません。
急に魔王として君臨したことで、周りからの信頼を得ているとも思えません。
ですが……
「私は魔王です。魔族の管理くらい、できなくては名乗れません」
ここは、私の信用を前面に押し出すしか、乗り切る方法はありませんね。
アーサーさんは、そんな私の目をじっと見つめると、一息つきました。
「わかった。そう言うんだったら、僕はクラリスさんを信じるよ」
ほっ……
「ありがとうございます」
「ああ、ただ、これは一度教国に持ち帰らせてもらえるかな? 僕一人の判断じゃ、うまくいかないと思うし」
「もちろんです。私は、アーサーさんを信頼していますからね」
「はは、これはプレッシャーだね」
「勇者なんですから、そのくらいの影響力はあるでしょう?」
「そうだね。僕は、そうだと信じたいよ」
アーサーさんはそう言うと、窓の外に目を向けました。
「アーサーさん?」
「…… 僕は嬉しいんだ。魔王がクラリスさんで」
「というと?」
「僕はてっきり、魔王は人類を滅ぼそうとするのかと思っていたからね。それがこうして、協力する体制を考えてくれているなんて、感激しているんだ。やっぱりあの時、クラリスさんを斬らなくてよかったんだなって。あの時のゲンさんの行動は正しかったんだなって……」
「アーサーさん……」
「教国の上の人たちはみんな、魔王を倒せ倒せって…… 魔王が悪だなんて、そんな情報どこにもないのに…… それを決めつけて…… 僕はもう、そんなのには懲り懲りだったんだよ。今は亡きゲンさんのためにも、僕は頑張らなくちゃいけない」
窓の外をぼんやりと眺めながら、膝の上で強く拳を握るアーサーさんを見て、私はアーサーさんの拳に自分の手のひらを重ねました。
すると、アーサーさんはびっくりしたように、私の方を向きました。
私も、アーサーさんの目を強く見つめます。
「私だって同じです。魔族も、人間は悪だって…… 納得させるのに、すごく時間がかかりました。でも、みんな協力できるんだって説明して、それで納得してくれたんです。だからきっと、私たちは共存できるんです」
「そうだね。きっとそうだ。僕たちは協力し合える。一緒に、僕たちの未来を作っていこう」
「はい! これはそのための第一歩です!」
アーサーさんは、私の手のひらを握り、私もアーサーさんの手のひらを握り返しました。
「お互い、頑張ろう!」
「頑張りましょう!」
お互いが満遍の笑みを浮かべ、私たちの会談は終了しました。
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私は魔道具を作りながら、同士の報告に耳を傾ける。
「どうやら、魔王様と勇者の会談が終了したようです。結果は……」
「わかっている。お互い、共存の道を望んだのだろう?」
「やはり、魔王様は……」
私は、心配そうな顔をした同士に、低いトーンで答えを言い切る。
「ああ…… やはり、魔王様は私たちを滅ぼす気だ」
「……」
「おそらく、ディヴェルト王国、教国と手を組み、私たちを殲滅する予定なのだろう。なにせ魔王様は、魔王になる前、ディヴェルト王国と接触していたからな」
「なぜそんなことを……」
悔しそうに、私の同士が拳を握る。信頼していた魔王様に裏切られたのだ。仕方のないことだろう。
「決まっているさ。魔王様は私たちより、人間を選んだのだ。私たち魔族と人間は交わることができない。だから魔王様は、信頼を集めている魔族を騙し、滅ぼそうとしているのだ」
「…… キュレギム様! もはや頼れるのはあなたしかいません! 私たちにどうか…… どうか救いを!」
「もちろんだ。しかし、その時は今ではない……」
そもそも教国が、こんな共存の道を選ぶわけがない。吸血鬼であることを隠し、人間に化け、教国に潜伏して魔道具の研究をしていた私だからわかる。
教国のあの大司教が、教皇が…… 魔物を毛嫌いしているあの連中は、意地でも私たちとの共存を認めないはず。
ならば! 断られたことを大義名分にし、こちらから戦争をしかければよいのだ!
「同士よ」
「はい!」
「この情報、魔王様にバレないように、なるべく多くの同士に広めてくれ」
「もちろんです! 私にお任せを!」
「頼んだぞ」
「は!」
魔王様はもういらない。これからは、私が魔族を率いる。
裏切りの魔王を見破った、魔族の英雄としてな。