魔族の意思
椅子に座っている私から、正面の扉に向けて伸びている紫色のカーペット。その上を歩くのは、勇者アーサーと、その仲間三人。
盾役の男、レギンス。
斥候の女、メラニア。
後衛の女、テレサ。
それぞれが、私の作るAランクの魔物と同じレベルの戦力です。
そんな四人が、私にゆっくりと近づいてきます。
ああ、緊張する。説得は自信ないんですけど…… いや、ここでやらねば、いったい誰がやるんですか!
勇者たちは、私から少し距離を置いたところで立ち止まり、アーサーさんが口を開きました。
「魔王よ、僕たちに話とはなんだい?」
「…… あなたたちに、お願いがあります」
私はアーサーさんの目を見て、威厳たっぷりに言いました。すると、斥候のメラニアが、アーサーさんの耳元に口を近づけました。
「まともに聞いちゃだめよ?」
む。完全に信用されてませんね。
「人間に悪い話じゃありません。ただ、手を結ぼうというだけのことです」
それを聞いて勇者パーティはさらに、私に疑いの目を向けてきました。
「私たちは魔物とは違います。私たちには自我があり、意思がある。それすなわち、人間と同じだということです」
後衛のテレサが質問をしてきました。
「あなたたちがいくら自我を持っていたとしても、魔族という存在は魔物と変わりありません。あなたたちの目的は、人類を滅ぼすことなのでは?」
それに便乗して、盾役のレギンスが切り出しました。
「実際、人間を襲った魔族も存在している」
「確かにその通りです。しかし、それは魔族単体であったからこそ起こった、事件のようなものなのです」
アーサーさんが首を傾げました。
「つまり、どういうことなのかな?」
「私たち魔族は今、魔王である私の中心にして、組織となって動いています。それ故に、私たちの中でも決まりごと…… つまりは法律があります」
「なるほど。人間を襲わないと決めれば、協力も可能だと言いたいんだね?」
「お話が早くて助かります」
勇者パーティは、顔を近づけて相談を開始しました。
その内容が、地獄耳の私にも聞こえてきます。
「アーサー、信じちゃだめよ」
「そうかな? 僕はいいと思うけど……」
「あんなことを言っていますが、いつ背後から切られてもおかしくないのです」
「信じた者を裏切るのは容易い」
「そう…… かな」
アーサーさんはともかく、あの三人が厄介ですね。魔族というものを、根本的に信用していないみたいです。
しばらくして、四人は私の方を向きました。
「話し合いは終わりましたか?」
「ああ、結論は出たよ」
アーサーさん……
「では、お聞きしましょう。私たちと協力して、ともに生きますか? それとも、真っ向から戦いますか?」
「僕は……」
次の一言が出る寸前、アーサーさん以外の三人は、一斉に武器を引き抜きました。
「僕は…… クラリスさんの言うことを、信じてみようと思う!」
「「「な!?」」」
武器を持った状態で固まる三人。
やっぱり…… やっぱりそうだ。アーサーさんは、魔族を差別していない!
私が魔族だと知っていても、人のように接してくれたあの親切さ。実力的には隊長であるゲンさんを無視して、私に斬りかかってきてもおかしくなかったのに、わざわざ私を追うことをやめたあの優しさ。
やっぱりあなたは……
私は立ち上がり、声を大にして言う。
「話はつきました! その物騒な物をしまってください!」
私を睨みながら、三人は武器をしまった。
「さて、それでは早速、私は勇者アーサーとお話があります。二人きりにしては頂けませんか?」
「そんなことできるわけ……!」
私の要望に、斥候のメラニアが噛みついてきました。しかし……
「わかった。僕と一対一で話しがしたいんだね? 別に構わないよ」
「アーサー!」
「メラニア、クラリスさんは親切な人だ。人間にとって、害になるようなことはしないよ」
「そんなの、信用できるわけ!」
「僕が奇襲を受けると思っているのかい?」
「それは……」
メラニアは黙り込みました。
それもそうでしょう。人類の最高峰である勇者が奇襲を受けるなど、あるわけがない。
他の三人ならともかく、アーサーさんなら、ケルベロスとも互角の戦いを繰り広げられるでしょうから。
「それでは、部屋に案内します。勇者アーサー、ついてきてください」
「わかったよ。三人はどうすればいい?」
「そうですね。部屋の前にいてもらって構いませんよ。どうせ防音なので、声は聞こえないでしょうし」
「みんな、行こう」
アーサーさんの一声で、私の後ろについてくる勇者パーティ。
さて、あとはうまくまとめ上げるだけ…… 無理難題は押しつけず、互いに利益が出るように、妥協点を見つけていくだけ。
きっとアーサーさんとなら、うまくいくでしょう。
ええ、きっと。いえ、絶対。