最初の魔王
「ゲンさん、カーラさん…… どうして……」
私は、ディヴェルト王国でよくお世話になっていた二人の亡骸の前に膝をつく。
「姉さん、その二人は反逆者だ。悲しむ必要なんて、どこにもない」
弟はそう言いながらも、ゲンさんとカーラさんに目を向けない。
二人はクラリスとかいう魔物を逃がそうとして、アーサーに捕らえられた後、憲兵の独断によって殺された。二人を殺した憲兵は新米で、居酒屋ザークに行ったこともなかったという。
それもそのはずだ。もし一度でもザークに立ち寄っていたら、そんなことができるはずがない。
兵士たちを連れて、たとえ絶望的な状況であろうと先頭立ち、仲間たちを鼓舞し続けるゲン隊長に、任務の後、たくさんの仲間を魔物に喰われて落ち込んでいる私たちに、励ましの声をかけてくれたカーラさん……
この二人の優しさと情熱に触れていたら、何があっても殺すことなんてできない……
「これもすべて…… 魔物のせいか」
「……」
私…… そしておそらく弟の脳裏にも、あの光景が広がっている。
タンスで一緒に震えながら隠れたあの一夜。両親の惨殺死体。黒の中にぽつんと輝いていた赤い目。魔道具屋の人間に化けた、モンスター。
「許さん……」
ここ数年、本当に大切なものを失っていなかったせいで鈍っていた。勇者パーティへの選抜で浮かれていた。
バカが……!
私なんかより、弟の方がずっとあの日の思いを胸にし続けているじゃないか! どの感情にも勝る憎悪…… それを私は、手放しかけていた!
「ディック、私は勇者とともに魔物を滅ぼす。お前も早く、教国の騎士団に入れる力を身につけろ」
「わかってるよ、メラニア姉さん」
私は二度と動くことのない死体から目を離し、立ち上がる。
外を見ると、雨が降っているようだ。だが、そんなことは関係ない。私が行く道は、これでいい。
私は弟を連れて、冷たい雨を全身で受けながら教国へ歩き出した。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
「待てぇ!」
後ろから聞こえる声を無視して、私は森の中を駆ける。
私の横にはもう、カーラさんはいない。私がディヴェルトから出る時、カーラさんが時間稼ぎのために残ったのだ。
「隊長さん…… カーラさん…… どうして私のことを……」
逃がしてくれたんだろう? 私は魔物なのに…… 人類の敵なのに……
あの二人は、私の心を人間と言ってくれた。その通り。私の心は人間だ。魔物なんかじゃない。
でも、どうして……
やっとの思いでディヴェルトの兵士を振り切った私は、葉っぱの隙間から空を見上げた。
「なんで、争いが起こるんだろう……」
魔物はここ十数年で爆発的に増え、人類を追い詰めている。でも、そのほとんどは自我を持たない、人を食べるためだけに生きている魔物だ。
でも、私は違う。
私は自我を持っているし、人は食べたくない。
ディックは、自分の両親を襲った魔物がやったことを、八つ裂きにしたと言っていたけど、食べたとは言っていなかった。
「自我を持っていて、人を食べない魔物と、自我がなくて、人を食べる魔物…… いったいなにが違うんだろう?」
「知りたいですか?」
「ひゃあ!?」
唐突に現れた謎の男に、私は驚いてしまった。
「お迎えに上がりました。魔王様」
「だだだ、誰ですか!?」
「はい。私は、魔王選出における魔族の代表…… キュレギムでございます」
そう言って男は、深く跪いた。
「魔王選出……? 魔族の代表……? キュレギム……?」
「はい。あなた様は今、魔族たちによって、魔王に選ばれたのです」
「ど、どういうことですか?」
「一からご説明いたします。まず、魔族についてですが……」
私はキュレギムという男から、さまざまな説明を受けた。
「…… つまり、魔物が進化して、自我を持った存在が魔族で、その魔族の中で最も魔力量の多い私が、魔王になると?」
「その通りでございます」
わけがわからない。
どうして人間の私が、魔王にならないといけないの?
「あの、お断りしてもいいですか?」
「ダメです」
「ええ……」
「魔王様は、私たちにとって絶対の存在でございます。私たち魔族の意向を決めていただくのにも、魔王様の存在が必要なのです」
「意向ですかぁ…… ん? それなら……」
「なんでございましょう?」
「あ、その、人類と仲直りするとか、そんな目標ではダメですか?」
「それが魔王様の目指す道であるのなら、魔族一同、それについていく所存です」
これなら…… 自我のある魔族たちがみんな、人間と手を取り合おうとしたのなら、きっと私のようにはならないはず。
私を逃がしてくれた二人の弔いのためにも、なんとかして人類と魔族を共存させる! …… 隊長さんとカーラさんが、死んでいるかはわからないけど!
「わかりました。今日から私が魔王…… 魔王クラリスです!」
「は!」
それから私の、魔王としての生活が始まりました。
私がいなくても、もともとある程度まとまっていた魔族たちでしたが、私が人間との共存の道を提示して、それに従わせました。
派手なマントをつけて、魔族の前で堂々と演説して、反対する魔族を説得させて…… 毎日がつらいです。
でも、こんなつらい生活を送っているおかげか、私に特殊な魔法が舞い降りてきました。それが魔物を作る魔法です!
魔物は普通、自我を持っていないため、魔族にも襲いかかってくるのですが、私の魔物ちゃんは別で、私の命令を確実に聞いてくれます。
その中でも最も強いのが、ケルベロス! もしかしたら、種族がリッチである私よりも強いかも…… いやいや! きっと私の方が強いに決まってます!
「あ、なんだか、威厳を出すために使い始めた敬語が癖になってますね…… まあ、いっか」
そういえば、あの時私を魔王にしてくれたキュレギムは、私の腹心として働いてくれています。
彼はどうやら、魔法が使えないかわりに魔道具が作れるらしく、今はスマホを作らせています。
スマホのだいたいの機能は話したので、たぶん完成するとは思うんですが…… まあ、なくても困りませんけどね!
「魔王様! 大変です!」
「どうしました?」
ディヴェルトから東に行った所に建てた、魔王城のご立派な椅子に座っていると、部下が慌てて部屋に入ってきました。
「ゆ、勇者が! 教国の勇者が、魔王城に向かって進行中! 数は四人ですが、あまりの強さに、我々魔族だけでは抑えきれません!」
「な!? バカ! 今すぐ兵を引いてください! 私たち魔族は、人間とは戦いません!」
「し、しかし! それでは魔王城が!」
「私が話をつけます! 勇者を魔王城に案内してください!」
「は! わかりました!」
部下は慌てて部屋から出ていった。
ようやく動き出しましたね、アーサーさん。
さあ、ここからが正念場です。
先週投稿できなかったので、今週は日曜日も投稿します!