表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/169

逃走

 それから一週間ほどアーサーさんには会えず、若干悶々としながら仕事をしていると、大通りを歩いているアーサーさんを見つけた。


「アーさん! 寄っていきませんか?」

「あ、クラリスさん。そうだね。寄っていってもいいかい?」

「もちろんです! いらっしゃいませ!」


 席に案内し、アーサーさんのところに水を持っていくと、アーサーさんはいつもの優しい表情ではなく、少し悩ましい顔をしていた。


「アーさん、なにか悩みごとですか?」

「え? ああ、そうなんだよ。クラリスさんは聞いたかい? このディヴェルトに、人型の魔物が潜んでいるって……」


 ……!?


「それは……」

「怖いことだよね。クラリスさんなら、大丈夫かもしれないけど、気をつけるんだよ」

「あ、はい。ありがとうございます……」


 間違いなく、私のことだ。

 私はずっとさらしを巻いているから、目を目撃されたことはないはずだし、いったい誰がそんな噂を……


「それじゃあ、僕はまた焼き鳥を頼もうかな…… って、クラリスさん?」

「…… え? あ、すみません。なんて言いました?」

「焼き鳥をもらえるかい?」

「あ、はい! わかりました! 少々お待ちを!」


 裏で焼き鳥を作り、アーサーさんの席に持っていく。

 その途中で、居酒屋の前を走りながら通り過ぎていく、ディヴェルトの兵士が見えた。


「アーサーさん、さっきの話、本当に噂なんですか?」


 私は焼き鳥をテーブルに置きながら、質問した。


「……」


 アーサーさんは私の質問に答えず、焼き鳥に手をつけた。

 私は、アーサーさんが焼き鳥を食べ終えるまで、ずっとアーサーさんからの答えを待っていた。

 そして、焼き鳥を飲み込んだアーサーさんは、目を伏せながら口を開いた。


「さっきの話…… あれは噂なんかじゃない。本当のことだよ」

「そうですか……」


 その答えを聞いて、私はアーサーさんに背を向け、離れようとした。しかし、アーサーさんは唐突に私の手を掴み、話を続けた。


「それでね…… その魔物が誰なのか。それも、もうわかっているんだ」

「…… アーサーさん、私は……!」


 慌てて振り向いた私の眉間すれすれを、なにかが掠めた。

 さらしが切れて床に落ち、私の視界には、ナイフを振り終えたアーサーさんが立っている。

 そしてその後ろには、槍を構えたディックと並んだ兵隊。

 全員が、私の目を直視していた。


「そんな…… 違います。私は……」


 私は腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。


「ごめんね、クラリスさん。僕は君の友達だ。だから、僕が君を楽にする」

「アーサーさん……」


 後ろの兵士から剣を受け取ったアーサーさんは、その剣を鞘から引き抜き、大きく上に掲げた。

 そして、その剣が私に向かって振り下ろされた時、突然横から叫び声が聞こえた。


「ぬぉおお! させるかぁ!」

「きゃあ!?」


 私は、叫び声を上げながら突撃してきた人物に吹き飛ばされ、壁に激突した。しかしそのおかげで、アーサーさんの剣から逃れることができた。


「ゲンさん……」


 アーサーさんの残念がる声が聞こえる。


「アーサー! この子は確かに魔物だ! だけどな、この子の心は人間だ!」

「た、隊長さん……」


 隊長さんが、また私を助けてくれた。


「ゲンさん、その気持ちはわかります。僕もその子と一緒にいて、僕が勇者だと知っていても、まったく敵意を持っていなかった。いえ、むしろ好意すら伺えました」

「ならなぜ!?」

「その子が魔物であると、僕はディックから聞いていました。なので独断で調査していたのですが…… こうして噂が広まってしまった以上、場の収集をつけるほかありません」


 隊長さんは、私をかばうようにしながら、アーサーさんと話していた。

 というか、今アーサーさんが言ったことってつまり…… 私は初めから疑われてたってこと? しかも、それをバラしたのはディック?


「ディック!…… 私はあれほど、この子のことを隠しておけと……!」

「ゲン隊長、魔物は皆、悪なのです。許しておけません」

「違う! 少なくともこの子の心は、人間と共存しようとしていたじゃないか! それをどうして……」

「ゲン隊長、俺の両親は、そいつのように人間に化けた魔物に殺されたんです! そうやって悪意のなさそうな顔をして! あいつは…… 無抵抗な俺の両親を、八つ裂きにしたんですよ!」


 ディックにはそんな過去が…… だから私にあんなに敵意を……


「ゲンさん、そこを退けてください。僕がクラリスさんを斬ります」


 アーサーさんがそう言うと、店の裏方から大きな声が聞こえてきた。


「あんた! 絶対に退くんじゃないよ!」

「わかってる! この子はこの店の…… 大切な従業員だ!」

「それが、あなたたちの答えですか……」


 その瞬間、アーサーさんの目つきが変わった。

 いつもの優しさなど垣間見えず、ただ一つ、敵意だけを込めたような瞳。


「ぬぉおお!」


 隊長さんは、そんなアーサーさんに突撃していった。


「クラリス! ほら、行くよ!」


 そして、カーラさんが私の手を引き、兵士たちを突き飛ばして、お店の外に連れ出した。


「待て!」


 ディックの叫びが聞こえたが、私は振り向かず、カーラさんについていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ