逃走
それから一週間ほどアーサーさんには会えず、若干悶々としながら仕事をしていると、大通りを歩いているアーサーさんを見つけた。
「アーさん! 寄っていきませんか?」
「あ、クラリスさん。そうだね。寄っていってもいいかい?」
「もちろんです! いらっしゃいませ!」
席に案内し、アーサーさんのところに水を持っていくと、アーサーさんはいつもの優しい表情ではなく、少し悩ましい顔をしていた。
「アーさん、なにか悩みごとですか?」
「え? ああ、そうなんだよ。クラリスさんは聞いたかい? このディヴェルトに、人型の魔物が潜んでいるって……」
……!?
「それは……」
「怖いことだよね。クラリスさんなら、大丈夫かもしれないけど、気をつけるんだよ」
「あ、はい。ありがとうございます……」
間違いなく、私のことだ。
私はずっとさらしを巻いているから、目を目撃されたことはないはずだし、いったい誰がそんな噂を……
「それじゃあ、僕はまた焼き鳥を頼もうかな…… って、クラリスさん?」
「…… え? あ、すみません。なんて言いました?」
「焼き鳥をもらえるかい?」
「あ、はい! わかりました! 少々お待ちを!」
裏で焼き鳥を作り、アーサーさんの席に持っていく。
その途中で、居酒屋の前を走りながら通り過ぎていく、ディヴェルトの兵士が見えた。
「アーサーさん、さっきの話、本当に噂なんですか?」
私は焼き鳥をテーブルに置きながら、質問した。
「……」
アーサーさんは私の質問に答えず、焼き鳥に手をつけた。
私は、アーサーさんが焼き鳥を食べ終えるまで、ずっとアーサーさんからの答えを待っていた。
そして、焼き鳥を飲み込んだアーサーさんは、目を伏せながら口を開いた。
「さっきの話…… あれは噂なんかじゃない。本当のことだよ」
「そうですか……」
その答えを聞いて、私はアーサーさんに背を向け、離れようとした。しかし、アーサーさんは唐突に私の手を掴み、話を続けた。
「それでね…… その魔物が誰なのか。それも、もうわかっているんだ」
「…… アーサーさん、私は……!」
慌てて振り向いた私の眉間すれすれを、なにかが掠めた。
さらしが切れて床に落ち、私の視界には、ナイフを振り終えたアーサーさんが立っている。
そしてその後ろには、槍を構えたディックと並んだ兵隊。
全員が、私の目を直視していた。
「そんな…… 違います。私は……」
私は腰が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「ごめんね、クラリスさん。僕は君の友達だ。だから、僕が君を楽にする」
「アーサーさん……」
後ろの兵士から剣を受け取ったアーサーさんは、その剣を鞘から引き抜き、大きく上に掲げた。
そして、その剣が私に向かって振り下ろされた時、突然横から叫び声が聞こえた。
「ぬぉおお! させるかぁ!」
「きゃあ!?」
私は、叫び声を上げながら突撃してきた人物に吹き飛ばされ、壁に激突した。しかしそのおかげで、アーサーさんの剣から逃れることができた。
「ゲンさん……」
アーサーさんの残念がる声が聞こえる。
「アーサー! この子は確かに魔物だ! だけどな、この子の心は人間だ!」
「た、隊長さん……」
隊長さんが、また私を助けてくれた。
「ゲンさん、その気持ちはわかります。僕もその子と一緒にいて、僕が勇者だと知っていても、まったく敵意を持っていなかった。いえ、むしろ好意すら伺えました」
「ならなぜ!?」
「その子が魔物であると、僕はディックから聞いていました。なので独断で調査していたのですが…… こうして噂が広まってしまった以上、場の収集をつけるほかありません」
隊長さんは、私をかばうようにしながら、アーサーさんと話していた。
というか、今アーサーさんが言ったことってつまり…… 私は初めから疑われてたってこと? しかも、それをバラしたのはディック?
「ディック!…… 私はあれほど、この子のことを隠しておけと……!」
「ゲン隊長、魔物は皆、悪なのです。許しておけません」
「違う! 少なくともこの子の心は、人間と共存しようとしていたじゃないか! それをどうして……」
「ゲン隊長、俺の両親は、そいつのように人間に化けた魔物に殺されたんです! そうやって悪意のなさそうな顔をして! あいつは…… 無抵抗な俺の両親を、八つ裂きにしたんですよ!」
ディックにはそんな過去が…… だから私にあんなに敵意を……
「ゲンさん、そこを退けてください。僕がクラリスさんを斬ります」
アーサーさんがそう言うと、店の裏方から大きな声が聞こえてきた。
「あんた! 絶対に退くんじゃないよ!」
「わかってる! この子はこの店の…… 大切な従業員だ!」
「それが、あなたたちの答えですか……」
その瞬間、アーサーさんの目つきが変わった。
いつもの優しさなど垣間見えず、ただ一つ、敵意だけを込めたような瞳。
「ぬぉおお!」
隊長さんは、そんなアーサーさんに突撃していった。
「クラリス! ほら、行くよ!」
そして、カーラさんが私の手を引き、兵士たちを突き飛ばして、お店の外に連れ出した。
「待て!」
ディックの叫びが聞こえたが、私は振り向かず、カーラさんについていった。