イケメン勇者様
王城を出た私はディックとヘルトと別れると、隊長さんに連れて行かれ、居酒屋ザークに到着した。
「この子が言ってた、目の見えない子かい?」
「ああ、カーラのお手伝い係にでも、と思ってな」
「目が見えないんじゃ、仕事を覚えるのは難しいよ」
「まあ、そうなんだが…… そこをどうにか」
隊長さんが頭を下げているのは隊長さんの奥さんで、ちょっと小太りなおばさんだ。名前はカーラ。気は強そうだけど、優しそうでもある。
今は目にさらしを巻いている私を見て、どうしようか悩んでいる。
そういえば、私はどうやら透視能力があるらしく、さらしを巻いていても問題なく視界を確保できた。そして、このことはまだ誰にも話していない。
というのも、このさらしには私の視界を封じるという意味があるらしく、目が見えていてはいけないらしいので、バレると厄介なことになりそうなのだ。
なので、信用できる人以外にはこのことは話さないでおく。
「うーん、まあ、いいよ。あんたが頭下げて頼むってことは、この子も大変だったんだろう? なら、断れないね」
「すまんな、カーラ。今度なんか買ってやるから」
「いいや、私はあんたが無事に帰ってくりゃ、それでいいんだよ」
「カーラ……」
「あんた……」
確か、隊長ご夫婦の年齢は四十いくつって聞いてたんだけど、いまだに愛は健在らしい。素晴らしいご夫婦だ。
「それで、私はなにをすればいいんですか?」
「まずは皿洗いからだね。大変だろうが、頼むよ」
「わかりました」
「ところで、名前はなんて言うんだい?」
「あ、はい。私は……」
私の名前は…… なんだっけ?
マズイ。洞窟にずっといたせいか、あまりにショッキングな出来事にあったせいか、私の記憶から名前が抜けている。
「名前は……」
「? どうしたんだい?」
「あ、ええと…… 名前、ないんです……」
名前を忘れたなど、あまりに恥ずかしい。私は赤面が見られないように下を向いた。しかし、それがカーラさんの同情を誘ったのか、なんだか優しげな表情をされた。
「そうなのかい…… じゃあ、私たちでつけないとね、あんた」
「ああ、そうだな。なにか考えておくとするか」
「そう言ってあんた、考えないんだろ?」
「あ、バレてたか。カーラはなんでもお見通しだな」
「まったく…… 何年一緒にいると思ってんだい。さて、それじゃあ私がつけようかね…… なにがいいかなぁ」
なにやら私の名前を決めたいらしいけど、自分の名前くらい自分で決めたいな。でも、いい案は思いつかないし…… そうだ! 私が使ってたゲーム名にしちゃおう!
「ええと、カーラさん、私のことはクラリスと呼んでください」
「クラリス? 名前はないんじゃなかったのかい?」
「あ、今自分で決めました。我ながら気に入ってます」
「そうかい。それじゃあクラリス、仕事場に案内するよ」
名前をつけられず、若干テンションの落ちたカーラさんについていき、居酒屋の裏方に入る。すると、山のように積み重なった食器類が目についた。
「さて、ここに山のように重なっている食器がある。これを全部洗ってもらおうかな」
「ぜ、全部ですか……」
「ああ、大丈夫。私も後ろで監督するからね!」
監督するだけかい! せめて半分くらいやってくれても……
「さあ! さっさとやったやった! 洗剤はこれ! ブラシはこれ! どんどんやりな!」
「はい……」
私は山のてっぺんの食器を手に取り、一枚一枚丁寧に洗うのであった。
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それから数ヶ月が経ち、居酒屋のお手伝いにも慣れ、せっかくなので本を読もうと私は図書館に入り浸っていた。
私は表向きには目が見えない設定なので、字を指でなぞり、筆圧でできた凹凸を感じ取っている設定で読んでいる。
それにしても、この世界の文字はどうやら日本語と同じらしい。読みやすくてありがたいことだ。
ちなみに、この世界という言葉を使った通り、私が住んでいた前の世界と、こちらの世界はまったくの別物なのだとわかった。
この世界は科学ではなく魔法で文明を築いており、一見木材で作られたように見えたあの門も、さまざまな魔法陣によって高性能なワープの魔道具になっているそうだ。
まあ、難しい話は、私にはよくわからない。とりあえず、魔法はすごい。
そういえば、私のいるこの国。ディヴェルト王国と言うのだけど、一昔前はこの大陸のほぼすべてを支配していた大国だったけど、十数年前に発生した魔物によって領土を奪われ、大陸の中心に追いやられているそうだ。
そして、このディヴェルト王国の隣には、教国という宗教の国がある。真神教とか言う教団があるそうだ。
真の神とは、なんともそのまんまなネーミングである。
まあ、宗教のことも私にはよくわからない。
とりあえず、勇者なる最強の戦士がいるそうで、教国はすごい。
「うーん、魔法かぁ…… 私にはよくわからないなぁ」
複雑な言葉遣いや無詠唱やら、さっぱり理解できない。
「魔法について知りたいのかい?」
「うひゃあ!?」
突然耳元で話しかけられて、私は思わず椅子から飛び上がった。
声のした方に慌てて振り向くと、そこには金色の髪をした好青年が立っていた。
「驚かせてしまったね。申し訳ない。どうやら困っていたようだから」
「あ、あの、はい。魔法について、よくわからなくて……」
唐突なイケメンの発生に、少しばかり戸惑ってしまった。なにやら、ファイナルなんちゃらーで見たことがあるような顔つきの男の人だ。
「それなら、僕が教えようか?」
「い、いいんですか!?」
イケメンとお近づきになれるチャンス! これを逃す手はない!
私が椅子に座りなおすと、イケメンも私の左隣の席に座ってきた。
ち、近い…… うへへ。
「それで、どこがわからないんだい?」
「あ、ええと、ここらへんがよく……」
ここらへんという言葉とともに、正確な位置を指差しそうになったので、慌ててページの最初から指でなぞり、当てはまる部分を指差す。
「なるほど。その前に、君の名前を聞いてもいいかい?」
「クラリスって言います」
「クラリスさんね。覚えたよ。ところでクラリスさんは、目が見えないのかな?」
「あ、はい。幼少の頃から見えなくて……」
もちろん、そういう設定である。
「そうだったのか。これは失礼なことを聞いてしまったね。ごめんよ」
「あ、いえ、別にいいんです。もう慣れてますから」
さらしを巻くことには。
イケメンは少し寂しそうに笑うと、本に目を写した。
「ええと、この無詠唱の項目がわからないんだったよね?」
「はい。イメージはできるんですけど、魔力操作が……」
「魔力操作が難しいか。それじゃあ、少し手を出してくれるかい?」
「え? わ、わかりました」
私は右手を、イケメンの方に差し出した。するとイケメンは、私の手を優しく握った。
こここここれはいったい、どういう状況!?
「あ、あの!?」
「しっ。静かに」
「あ、は、はい……」
しばらくすると、イケメンの手からなにかが流れ込んできて、それが私の体を循環し始めた。
「こ、これって……」
「いいかい? これが魔力操作。これさえできれば、君もきっと無詠唱魔法が使えるようになるよ」
イケメンは私の手を離した。
「あっ……」
もう少し握っていたかった……
私が名残惜しそうに右手を見つめていると、図書館の外から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
「…… ーサー! どこにいるんだ!」
その声を聞いて、イケメンは焦り出した。
「まずいな。もう見つかりそうだ。今日のかくれんぼもここまでか……」
「かくれんぼ?」
「いや、まだ見つかっていないし、今すぐ動けばなんとか……」
「あ、あの?」
私が話しかけると、イケメンはハッとしたように私には目を向けて、笑顔に戻った。
「ごめんね。今日はここまでみたいだ。また会えるといいね」
そう言うと、イケメンは立ち上がり、図書館の出口に向かって走り出した。
それを見て、私も慌てて立ち上がる。
「あ、あの! お名前は!?」
「僕はアーサー! 教国の勇者さ!」
そう言い残し、私の勇者様は図書館から出て行ってしまった。