人間との接触
目が覚めると、目の前には岩の天井。
私は体をいたわるように、ゆっくりと起き上がった。どうやら、どこも調子の悪い場所はなさそう。
それにしても、さっきのめまいは一体…… 私は首を傾げ、そこで気がついた。
「あれ? 頭が落ちない?」
首の付け根に触れてみると、どこにも切れ目がない。
それでも落ちないかどうか心配だったので、首をいろんな方向へ倒してみる。
上を向いたり、下を向いたり、左、右、首を一周回してみたりもした。しかし、首は落ちるどころか、体から離れようともしない。
「なぜかはわからないけど、首が綺麗に繋がった」
ついでに体も軽く見てみる。
すると、さっきまで骨が見えていた場所が皮膚で覆われていた。
「肌も綺麗になってるし…… これはどういうことなの?」
暗闇に向かってぼやいてみるが、返事は返ってこない。思えば、私はひとりきりだった。
少しだけ自分で考えてみる。
「うーん…… これは、ゾンビを食べたおかげなのかな?」
結局変なことをしたのは、ゾンビを食べたことくらいだ。いや、ここにいること自体が変なことなんだけど……
とにかく仮説としては、ゾンビを食べるとめまいがきて、肌が綺麗になるって感じ?
それぞれの事象に脈絡がなさすぎて、まったく意味不明だけど、とりあえずそういうことなのかな?
「だめだぁ。サンプル数が一つじゃあ、なんもわかんないや。せめてもう一匹くらい、ゾンビがいればーー」
「あ゛う゛ぅ」
噂をすればなんとやら。
ふふふ、ここは私の実験台になってもらおう!
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
この洞窟に来てから、それなりに時間が経過した…… と思う。カレンダーがないからわかんないや。
私は洞窟の隅々まで探索して、出会ったゾンビやらなんやらの、隅から隅までをしゃぶり尽くした。
そのおかげか、例のめまいが何度か来て、私の肌もいまやピチピチ! ハリとツヤのある、女子大生に見合ったものになりました!
まあ、ここには大学なんてないから、もう女子大生ではないんだけどね。。
ちなみに今は、洞窟の中で一番地下深くの階層に、かなり広めの空間があったから、そこでお昼寝タイム。
朝か夜かはわからないけど、一日中暇だから、これくらいしかすることがない。
洞窟を上に進んでいけば、外に出られる扉みたいなのはあったけど、今はまだこの楽園から出たくない。
「ふわぁ…… でも、さすがに暇すぎるかなぁ」
いつも通り、暗闇に向かって話しかける。そしていつも通りの静寂が訪れるかと思ったが、今日は違った。
「…… なにかいるぞ!」
遠くの方から声が聞こえ、灯りが近づいてくる。
私は目を凝らすと、私の目は、こちらに近づいてくる複数人の人影を捉えた。
そういえば、私の目はここ最近でおかしくなっていて、目を凝らすとサーモグラフィーのような視界に切り替わる。
普通の視界では見えない暗闇でも、この視界なら簡単に見える。かなり便利ではあるのだが、これはいったいなんなのだろう?
私がそんなことを考えていると、松明を持った男たちが私の近くにまできていた。
「これは…… 人間か?」
私の正面にいる大男が、私を観察するように目を細めた。
「隊長、こいつ目が赤いですぜ」
その右隣に立っている松明を持った細身の男が、私に松明を近づけながら言った。
「となると、こやつも魔物だな」
細身の男のさらに右隣に立っている、背中に大きな槍を背負った男が、女の子座りで座っている私を見下ろした。
それにしても、マモノ? それって私のことなの?
「こんな人間のような魔物までいるとは…… その姿で、いったい何人の人を殺めてきた!?」
隊長と呼ばれていた大男は、突然怒鳴り散らしたかと思うと、腰にぶら下げている剣を引き抜いた。それに続いて、細身の男と槍を持った男が、武器を構える。
私は、この状況についていけていなかった。
「あの、ええと…… どういうことですか?」
「とぼけるな!」
「ひぇっ」
大きな槍を持った男は、質問した私を怒鳴りつけた。
おかげで変な声が出ちゃった。恥ずかしい。
「お前ら魔物が…… いったいどれだけ人間を殺したと思っている!?」
なにか、謂れもない冤罪をかけられている気がする。というか、確実にかけられている。
こ、ここは誤解を解かないと……
「し、知りませんよ、そんなこと! というか、マモノってなんですか!? 私がそのマモノであると、どうして言えるんですか!? 私は人間ですよ!?」
「な!? こいつ! しらを切るつもりか! 往生際の悪い!」
槍を持った男は、持っている槍を大きく上を掲げた。すると、槍は突然紫色に輝き出し、洞窟の闇を照らし出した。
「な、なんですかそれぇ!? 罪のない一般人に向けてそんな物を振りかぶるなんて、サイテーです! 誰か助けて!」
私は頭を抱えてうずくまった。
「は! 俺の同情をあおるつもりか? そんなものは効かんわ! 今すぐ殺して、そのうるさい悲鳴もあげられなくしてやる!」
「いやぁ!」
私はたまらず、目を強く瞑った。
「ディック! 待て!」
しかし、紫の輝きを放つ槍が降ってくる前に、それを制止する声が聞こえた。
「な!? 隊長!? どうしてです!? こいつらは!」
「俺は、この子の叫びが嘘のようには聞こえない。だから、少しだけ話を聞いてみないか? 殺すのはそれからでもいいだろう?」
「しかし……!」
「心配なら、その槍を構えていればいいだろう? 俺が話をする」
「…… わかりました。怪しい動きがあれば、すぐに突きます」
「ああ、それでいい」
恐怖で震えていた私は、そんな二人のやりとりを理解することができず、うずくまり続けていた。
「驚かせてしまってすまない。どうか、顔を上げてくれないか?」
私は相手に従わなきゃ殺されると思い、ゆっくりと顔を上げた。ああ…… 顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだと言うのに……
「私の質問に答えてくれるかな? 大丈夫、嫌なことは答えなくていいから」
私は一生懸命に、頭を縦に振った。
「君は、どうしてこんな場所にいたんだい?」
「…… わか、りません。いつのまにかここにいて、ゾンビがいて…… ゾンビを食べて……」
「そうか。君は、人を食べたことはあるのかい?」
私は全力で、頭を横に振った。
「そうだったのか。これはすまない。どうやら、こちらの勘違いだったようだ。君は、私たちが保護しよう」
「隊長!? それはいくらなんでも……!」
「ディック、これは隊長命令だ。それに、俺たちには少しでも情報が必要なんだ」
「…… わ、かりました」
ディックという男は、嫌々ながらに頷いていた。
「ヘルト、そのマントをこの子に貸してやれ」
「へいへい、わかりやした」
ヘルトと呼ばれた細身の男は、私に適当にマントをかぶせた。
「それじゃあ、ディヴェルトに帰ろうか」
隊長と呼ばれた男がそう言うと、ディックが私の腕を掴み、無理やり引っ張り上げた。
それにつられて、私は立ち上がる。
「行くぞ」
私のことを、まるで親の仇でも見るかのような鋭い目つきで睨みつけると、ディックは私の腕を引いて隊長の後ろを歩き出した。