すべての始まり
はてさて、みなさんのアイドルであり、由緒正しき初代魔王! クラリスお姉さんの昔話をみなさんに聞かせてあげましょう!
アルフレッドさんは私の記憶を垣間見ているので知っていますが、それをみんなに伝えないのは不公平ですからね!
それでは、『番外 クラリス編』始まり始まり……
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「ここは……」
見渡すと、周りは真っ暗。
確か、さっきまで横断歩道を渡っていた気がするんだけど、ここはどこ?
私は宮城沙知代。なんの変哲も無い女子大生。だったはずなんだけど……
「あ゛あ゛〜」
今私の目の前には、大口を開けてこちらに向かってくるゾンビがいる。
「なにこれ!?」
「あ゛あ゛!」
「うわぁ!」
こちらに倒れこんできたゾンビを紙一重で躱す私。
「う゛う゛う゛?」
目算が外れ、なにもない地面に衝突したゾンビは不思議そうに呻いている。
非現実的な連続で頭が追いついていないけど、とりあえず言えることは一つ。
「ここから逃げなきゃ!」
私は、人生で一番速く走った。
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なにもない小さな洞穴の中で、息をひそめる私。
「あ゛〜」
外からは、さっきのゾンビの声がする。
私は今、隠れることしかできない。しかし、だからこそ、まずは状況を整理しよう。
…… 冷静な私、かっこいい。
私はさっきまで、横断歩道を一人で歩いていた。そうしたら突然目の前の景色が入れ替わり、真っ暗な空間と、大口を開けたゾンビが正面にいた。
…… 状況がいきなり変わりすぎて、まったく整理がつかない。
「う〜ん……?」
ゴト……
頭を回転させるため、首を傾げた私。そんな私の頭が、地面にぶつかった……
「へ?」
眼球を動かして、上を見上げてみる。するとそこには、腕を組んだ状態で首を傾げている、頭のない体があった。
「ヒィヤァ!?」
驚いて変な声が出た。
首から上のない体は、そんな私の気持ちを代弁するかのような動きを見せた。端的に説明すると、ビクッと体を震わせて後ろに仰け反り、首の方からひっくり返ったのだ。
対する私は動けない。声は出るし、体の感覚もあるのに、なぜか動けない。
叫び声をあげながらここから逃げ出そうと、全力でジタバタもがいていると、あることに気がついた。
さっきから、私がしようとしている動きを、あの頭のない体が行なっているのだ。
「…… もしかして」
私が体を動かして立ち上がろうとすると、頭のない体は立ち上がった。
私が手のひらを動かそうとすると、頭のない体が手のひらを動かした。
私が習ったこともない中国拳法の真似事をすると、頭のない体が構えを取った。
「やっぱり……」
あの体、私の命令通りに動いてる。てことはもしかして……
私は目を動かして、私の頭の下を見た。するとやはり……
「私の体がない……」
頭のない体。体のない頭。
これはどう考えても合体するはずだ。そう、なにがどうであれ、合体するはずだ。
だって世の中には、三つのパーツが組み合わさってロボットになるという、有名なロボットアニメがあるのだから。
私は体を動かして、私の頭を掴み、首元に無理やり乗っけた。
じゃきーん! 機○戦士Vサチヨ!
「??」
繋いだのはいいものの、なぜか後ろしか見えない。これはいったい……?
「あ!」
頭の向きが逆だった。いけないいけない。これじゃカッコよくない。
私は慌てて、自分の頭を付け直した。
すると、正面を向いた私の目の前に、見覚えのある影が……
「あ゛あ゛!」
「きゃあ!」
どうやら私の叫び声で、ゾンビがすぐ近くまで来ていたらしい。
私は、今度こそゾンビの噛みつきを避けられず、目を瞑って左腕を盾にした。
ゾンビに噛まれた私の左腕はちぎれ、私は激痛で叫びちらす…… かと思ったが、そんな激痛はいつまでたっても襲ってこなかった。
私はゆっくりと目を開ける。
するとそこには、私の左腕に噛み付いたまま動けないでいるゾンビがいた。
「もしかして、このゾンビ…… 弱い?」
私の腕を甘噛みするようにしゃぶるゾンビを見ていると、だんだん腹が立ってきた。
私は右腕を振り上げ、拳に力を込める。
「乙女の柔肌に、なにしてくれとんじゃあ!」
私の拳はゾンビに突き刺さり、ゾンビの顔面は破裂した。
「へ?」
体のみとなったゾンビはバランスを崩し、ゆっくりと地面に転がった。
私の予想では、拳でゾンビを怯ませ、その隙に逃げるつもりだった。それなのに…… 破裂?
私は異常な力を発揮した自分の拳を眺める。いたって普通の拳だ。
肉があり、皮があり、ところどころ骨が見えている。
「ん? 骨?」
不思議に思った私は、自分の体を見渡した。
そこにあったのは、私の思っていた乙女の柔肌などではなく、ボロボロの皮膚とちぎれかけている肉、そして薄汚れた骨だった。
「ぎゃあぁ! 私の体がぁ!?」
これじゃあまるでゾンビだ。いったいなにがどうなったら、私の肌がこんなズタボロになるんだろう?
「はぁ…… わけがわからないことばっかり……」
ふと、私が倒したゾンビを見てみると、やはり私の肌の状態と似ている。
ショックだぁ…… こんなゾンビと同じだなんて……
私がゾンビを見て落ち込んでいると、気がつくことが一つあった。このゾンビ……
「美味しそう…… って、なに言ってるの、私!? ゾンビが美味しいわけ…… じゅるり……」
私はゆっくりと死んだゾンビに顔を近づけ、血の吹き出ている部分を舐めてみる。
「んん!?」
この癖の強く、鼻を刺激するような臭みのある味……!? 美味しい!
私は、ゾンビの死体を貪り食った。
「ぷはぁ…… 美味しかったぁ」
食事もひと段落して、壁に背を当てて食休みをしていると、体になにかが吸い込まれていくような感覚に陥った。
「んむ…… なんだこれ?」
めまいが私を襲い、バランスが取れずに横に倒れこむ。
めまいはどんどん強くなっていき、ついには私の意識を奪った。