結婚式
今朝はいつもと同じように日の出とともに目が覚めて、料理長が作った美味しい朝食を食べた。
その後、俺は灰色のスーツに着替えさせられると化粧室に連れて行かれ、ナディアによってメイクをされていた。
「ナディア、別に俺はメイクをしなくてもいいんじゃないか?」
「ダメです。ソフィア様はゴーストなのでともかくとして、オリヴィア様もビューレ様も、お綺麗なメイクをしていらっしゃるのですよ? そこに、肝心な魔王様がすっぴんでどうするのですか?」
「いや、だがな。俺、男だし……」
「魔王様のお顔は素の状態でも美しく、凛々しいのは確かです。しかしそれは、メイクを受けない理由にはなりません」
「そ、そうなのか……」
ナディアがここまで俺に歯向かってくるとは、なにか相当こだわりを感じる。
まあ、悪くなることはないだろうし、されるがままにしておこう。
しばらくじっとしていると、部屋の扉が開き、バレンタイン伯爵…… いや、公爵が入ってきた。
そう、ハイタス王国もついに、貴族制度を採用したのだ。そして、最も信用のあったバレンタイン家とアバークロンビー家は、公爵級を貰っているのである。
「うぐっ! えっぐ! ひっぐ! アル、アルフレッド君! うちのソフィアを! ソフィアをどうか! よろしく! 頼む!」
「バレンタイン公爵、まだ結婚式は始まっていませんよ?」
「私の! ソフィアを……! いや、ソフィアはもう! 君のものだ! うわぁぁ!」
お義父様は言いたいことを言い終えたのか、泣きながら走り去ってしまった。
そして、それを呆れたような目で見ながら、父様と母様、シャルとフィリップも部屋に入ってきた。
「まったくバレンタイン公爵は……」
「まあまあ、昔から、ソフィアちゃんの自慢ばっかりしていたような人でしたから」
父様と母様はやれやれ言った風に、昔を懐かしんでいる。
「お兄様の晴れ舞台、私は楽しみにしていますね」
「おう、ちゃんと見ていてくれ。念願の結婚式だからな」
「兄さん! あんまり、かける言葉とかはわからないけど…… お幸せに!」
「フィリップもありがとうな。今度いい女を紹介してやるよ」
「…… はぇ!?」
フィリップは顔を赤くして驚いた。
「おいおいアル、両親の前でそんなことを言うんじゃない」
父様は、俺を若干睨みつけた。
「父様、フィリップももう男です。恋人の一人でもいた方がいいでしょう?」
「そうですよ、あなた。フィリップだって、もう十七歳なんですからね」
ラント王国が健在だったのなら、もう結婚もしていた頃だろう。
「うぅむ…… アル、ちゃんとした女性なんだろうな?」
「ええ、ハーフエルフの可愛らしい子です」
表情と胸が少しだけ硬いが。
「兄さん、ハーフエルフって?」
フィリップは、意外と興味津々に身を乗り出して聞いてきた。
「エルフと人間の間に生まれた子だ。興味あるか?」
「…… 少し」
ほぅ…… 我が弟は、意外とムッツリだったようだ。今度エレナを紹介してやろう。
魔王の弟とハーフエルフの結婚。これができれば、亜人に対する意識は完全に変えられるだろうな。フィリップの結婚式が楽しみだ。
「まあ、フィリップよりも前に、シャルの結婚式をしないとだけどな」
「お兄様!?」
突然、親の前で恋人がいることを暴露されたシャルは、フィリップとは違い、凄まじい勢いで身を前に出した。
「なに……? シャルにも恋人ができたのか!?」
父様も勢いよく、シャルの方を向いた。
「いいいいや、そんな…… 恋人だなんて……」
「なんだ? 違うのか?」
俺は、わざとニヤニヤしながら聞いてやった。
「…… んもう! お兄様もお父様も意地悪です!」
シャルは、顔を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
「ふふ…… 今後の家族計画が楽しみですね」
母様は俺たちのやり取りを見て、安心したように微笑んだ。
こうやって、家族みんなで楽しく話をすることなんて、ここ五年の間に全然なかったからな。アバークロンビー領にいた時と同じように…… いや、むしろそれ以上に仲良く話せることが、母様も嬉しいんだろう。
「魔王様、出来上がりました」
「ありがとう、ナディア。さて、そろそろ時間だな」
俺が時計を確認すると、時計の針は、九時五十分を指していた。
結婚式は午前十時からだ。
「それじゃあ、父さんたちは会場で待ってるからな」
父様は部屋を出て、会場である王城前の広場へと向かった。
そして、それと入れ違うようにアレックス、ターニャ、ランベルト、ジュリアが入ってきた。
「アルフレッド! おめでとう!」
そして、人化しているジュリアが俺に向かって飛び込んできた。
「おおっと…… ジュリア、ありがとな」
俺はそれを受け止め、頭をポンポンと撫でてやる。
「アルフレッド、おめでとうなのにゃ」
「いやぁ、俺たちが洗脳されたせいで結婚式を送らせちまって、悪かったな!」
ターニャは笑顔で、ランベルトは自分の頭をかきながら言った。
「まあ、おかげで予定よりも豪華な結婚式ができるから、それはどっこいどっこいだな」
やはり一貴族が行う結婚式と、王が主催の結婚式では規模が違う。場所も王城で行うわけだしな。
すると、アレックスが眉間にしわを寄せながら、俺に向かって口を開いた。
「アルフレッド、ソフィアを幸せにしなかったら、ジュリアで斬るからな?」
「あ、いいわね、それ。私もノリノリで剣になるわ」
「二人とも怖いこと言わないでくれ。まあ、そんなことにはならないだろうがな、絶対に」
それが男の役目である。
「凄い自信だにゃあ……」
「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる?」
「さすがは魔王ってな! ふははは!」
ランベルトの言う通り、三人の女性を幸せに出来なきゃ、魔王として恥ずかしいからな。
そこで、俺はあることを思い出した。
「あ、それを言うなら、アレックス。お前も、シャルを幸せにしなかったらクリスタルレーザーの刑な」
「んな!?」
「俺の可愛い可愛い妹に手を出したんだ。絶対幸せにしろよ?」
「は、はい……」
立場が完全に逆転した。まあ、アレックスは俺の義弟になるわけだし、このくらいの上下関係でちょうどいいだろう…… なんて、冗談だ。
「魔王様、そろそろお時間です」
ナディアの視線につられて時計を見ると、十時まであと五分だった。
「それじゃあ、お前らも会場の方に行っててくれ」
「アルフレッド、しっかりやれよ!」
「楽しみにしてるにゃ〜」
「男らしくな!」
「頑張りなさいよ!」
時間がギリギリのため、四人は駆け出すようにして部屋から出ていった。
一息ついて、俺は呟く。
「さて、行くか」
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俺は垂れ幕の後ろに立って、新郎の登場タイミングを待っていた。
俺の後ろにはナディアが控えていて、メイドたちと一緒に、服の手直しや髪のチェックなどをしている。
「魔王様、肩の力を抜いてください」
「ん、こうか?」
「そうです。登場が一番大事なのですから、我々魔族の代表として、しっかりと決めてきてくださいね」
なんだか、今日のナディアは手厳しいな。だが、言っていることは正論だ。しっかりしなければ。
「それでは、新郎と登場です! どうぞ!」
拡声器の魔道具によって、会場中に響いているヨハンの声が俺のことを呼んだ。
「それでは魔王様、行ってらっしゃいませ」
「…… ああ、行ってくる」
俺は一度深呼吸をして落ち着いて、垂れ幕から外に出た。
その瞬間、響く歓声。
人間と魔族と亜人のすべての種族が、俺のことを歓迎していた。
左側の席には、笑顔の父様、母様、シャルにフィリップ。その隣には、大泣きしているバレンタイン公爵に、教国の大司教。
反対側の席には、こちらに向かってなにかを叫んでいる、アレックスとジュリア。そして、それを呆れたような目で見るターニャとランベルト。さらにその横には、自慢の髭を撫でながら胸を張っているイービルヒートまで座っていた。
正面の席にいたのは国王であるリューリクと、その護衛であるアリス、ギラン。
アリスとギランは仕事のため、表情をほとんど顔に出していないが、二人がこちらに向かって少し微笑んだのを俺は見逃さなかった。
俺がこの大歓声が響き渡る会場を眺めていると、横から聞き慣れた声が聞こえた。
「ほら、アルフレッド! さっさと新婦の所に行ってやれよ!」
その声の正体はヨハンだった。
ヨハンはこちらに向かってウィンクをしながら、会場のステージの真ん中の方に目線を向けた。
俺は、ヨハンにつられて目線を動かす。
するとそこには、俺のことを待っている、美しい女性が三人立っていた。
純白のウェディングドレスに身を包んだソフィ。真っ白な髪の色、肌の色も合わせ、身体中から見目麗しさを醸し出していた。
薄い桃色のウェディングドレスに覆われたオリヴィア。水色の髪と桃色のドレスという、色のコントラストが美しさを増大させ、オリヴィアの見た目の幼さから、愛おしさを感じさせた。
ベージュのウェディングドレスに身を飾られたビューレ。二人よりも高い身長を活かし、スレンダーさを強調させたドレスアップは、どこか人を魅了させるような雰囲気を漂わせていた。
俺はゆっくりと三人に近づき、口を開いた。
「三人とも…… 本当に綺麗だ」
「アル君のために可愛くなってきたからね!」
「…… 乙女のなせる技」
「ちょっと恥ずかしいですけど、アルフレッドさんの喜ぶ顔が見たかったので……」
本当、俺にはもったいないくらいの…… いや、そうじゃないな。
「本当…… どこにでも自慢できる嫁だよ、三人とも」
俺はここに誓おう。魔王として、アバークロンビー家に生まれた男として、国を…… 仲間を…… この愛おしい三人の女性を…… 例えこの身が朽ち果てようとも、未来永劫守り抜こう。
それこそが俺の…… この世界に転生した理由なのだから!
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
真っ白な空間にスクリーンが浮かび上がり、私の目は、ヴァージンロードを歩く幸せそうな四人に向く。
黒い髪の男を、銀の髪の女、青い髪の女、紺の髪の女が囲むようにして前に進み、周りにいる人たちから歓声を浴びる場面を見て、私はおもむろに手を払った。
私の手に反応するように、スクリーンは消え去る。
そこに残っていたのは、さっきまで映っていた結婚式とは真反対の静寂と、本当に何もない、果てしなく続く白い空間。そして、私。
私が椅子から立ち上がると、羽衣がひとりでに飛んできて、私の体に巻きついた。
羽衣を着た私は自然と浮かび上がり、終わりの見えない天井を見上げ、あの物語を噛みしめるようにして記憶に刻みこむ。
「今回はハッピーエンドですかぁ…… まあ、たまには悪くないですかねー?」
私は両手を前に広げる。すると、私の周りを取り囲むように、数百のスクリーンが現れた。
「勇者が人類を裏切った世界。魔王が人間を滅ぼした世界。こっちは、星が壊れちゃった世界…… また、新しいのを作り直さなきゃですね」
手を軽く振り、スクリーンを全て消す。
「ふふ…… 次はどんなのにしましょう? 斬新なストーリーを考えないとですね…… あはは!」
無限に存在するこの空間に、私の笑い声が永遠と響いて広がっていくようだった。
アルフレッド・アバークロンビーを主軸とした物語は、これにて終了となります。
軽い暇つぶしとして、少しでも皆様を楽しませることができたのなら、この上なく喜ばしい限りです。
この作品を読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
追記
クラリスの話を作中に入れようとしたら、一章分の文字数になってしまいましたので、番外編として出そうと考えています。千年前のお話ですね。
この他にも、何か見てみたい番外編やアフターストーリーがありましたら、感想欄に書いていただけるとありがたいです。気が向いたら書くかもしれません。