アリスの葛藤
「二人とも、用意はいいな」
審判であるヨハンが言う。なかなか様になってるじゃないか。
「いつでもどうぞ」
「もちろんですわ!」
今、俺は学院の決闘場にいる。剣術の試合をする時に使われる場所だ。いや、この言い方だと語弊があるな。正確には様々な武術、魔法の試合をする時に使われる場所だ。
「アル君、ファイトー!」
「おうよー」
ソフィが手を振って応援してくれる。これは負けられないな。まあ、負けることはないと思うが。
「では、試合開始!!!」
合図が出された瞬間、俺はアリスに向かってまっすぐ突っ込んだ。
アリスは、初手に魔法を使おうとしていたが、俺の速さを見て諦めたようだ。長剣を上段に振りかぶる。
魔法師vs.剣士の勝負は、ほとんどの場合、お互いの距離で勝負が決まると言っていい。
魔法師は中、遠距離の攻撃を持っているが、接近戦となると、発動までの時間が長いために、どうしても不利になる。
一方で剣士は、近距離が専門。中、遠距離の攻撃など、はなっから存在していない。剣を投げるなどは論外だ。
そのため剣士は、魔法師を相手にする時、最速で突っ込むのが最適解となる。
実戦ならこうはいかないが、始まるタイミングが同時の決闘では、相手に突っ込んで魔法を使えなくすることができる。
「ハアッ!!」
アリスは剣を振り下ろしてくる。
俺はそれを、剣を滑らせることで受け流した。そして、流れのままに左から横薙ぎに剣を振る。
アリスはそれを、剣を縦に構えることで受けた。アリスは一度後ろに下がって、俺から距離を取る。
「ご自慢の魔法はどうした?」
「うるさいですわ!」
アリスは、俺に向かって突きを放ってきた。長剣のリーチを生かしたいい攻撃だ。
それを俺は、体を回転させることで避け、その遠心力を使って横一文字に剣を振った。
「……っ!」
アリスは、すぐに自分の剣を引き寄せ、俺の一撃を受け止めた。だが、遠心力を乗せた俺の攻撃を受け切れず、後ずさる。
俺が攻めに入ろうとした瞬間、アリスの顔が歪んだ。勝ち誇ったような笑顔だ。
それと同時に、俺に左手を向ける。
「〈ウィンドカッター〉!」
アリスは、初級の風魔法を発動させた。だが、風の刃は、俺に向かって飛んではこなかった。
俺は、ポカンとしているアリスの首に向かって剣を振る。俺の剣が首元で止まるまで、アリスはそれに反応できなかった。
「勝者! アルフレッド!!」
「おおー、アル君すごーい!」
やはりソフィの応援のおかげだな。それさえあれば、俺は何時間でも…… いや、何日でも戦っていられるだろう…… 精神だけはね。体は無理だ。ぶっ倒れる。
「ど、どうして……」
アリスはというと、驚いたような表情で立ち尽くしていた。
「どうして魔法が発動しなかったのか、か?」
アリスは、信じられないものを見るような目で自分の手を見つめつつ、こくりと首を縦に振った。
「そんなのは簡単だ。魔力操作がしっかりできてないんだよ」
「魔力操作……?」
「無詠唱ってのは、魔力操作を完璧に行わないと発動しない。そして、剣での戦闘中に魔力操作をしようとすると、魔法だけに集中できないから、魔法がちゃんと発動しないんだ」
それゆえに、剣と魔法を同時に使える者は、ほとんどいない。
もちろん一人もいないわけではなく、少数だが存在はしている。だが、悲しいことに、片手半剣を使っている人並みに少ない。
「じ、じゃあ、剣を振りながら魔法は発動できないの?」
「いや、練習すればできるぞ。実戦で使えるまでは、時間はかかるだろうが」
ちなみに、実戦でこれができる者は、魔剣士と呼ばれている。王宮お抱えの魔剣士が、この国にも一人いるが、知名度は低い。
そういえば冒険者にも何人かいたな、全員白金級だった。
「……」
「どうして俺が、お前をディザスターベアーと戦わせなかったのか、これでわかったか?」
「うん……」
完全に萎れてしまっている。
おそらくだが、剣も魔法も使えるというのが、アリスの自信だったんだろう。
突っかかってくるとうるさいが、こうも目の前で落ち込まれると、気まずいな。
「落ち込んでる暇があるなら、練習してみろよ」
「でも、できるかわからないし……」
そう言って、ポロポロと泣き始めた。
誰だ、こいつは? いつのまにか、敬語もなくなってるし、元気だけが取り柄だと思ってたんだが?
「あーあ、アル君。女の子って泣かせちゃったー」
「俺が悪いのか!?」
「アルフレッド、どんなことがあっても、女の子を泣かせたらダメだぞ」
「だから、俺が悪いのか!?」
この状況、俺が悪いのか?
最初にいちゃもんつけて来たのは、こいつの方なんだが……
「ほらアル君、謝って」
「だ、だがな……」
「謝って!」
「は、はい」
ソフィに言われたら、これはもうどうしようもない。
すごく嫌だが、仕方ないから謝ってやろう。
「はぁ…… おい、アリス」
俺に呼ばれたアリスは、ビクッと体を震えさせた。
「女の子を怖がらせちゃダメでしょ!」
「わ、悪い……」
今日のソフィは厳しいな。いつもは甘々なんだが……
よし、怖がらせないように頑張るぞ。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
私はもう、ダメですわ。
私は昔から、剣と魔法の、どちらもできるのだけが取り柄でした。両親にもそう言われてきたし、そのおかげで、リューリク様の護衛になることもできましたわ。
でもそれも、きっと今日までですわね。どちらも同時に使えないとなれば、私の代用なんて、いくらでもいますでしょうし……
「なぁ、アリス。お前、何歳から剣を習ってるんだ?」
うるさいですわ。あんたがこんなことを気づかせなければ、私は幸せでいれたんですのよ。
「八歳……」
「八歳か。なら、あと三年だ」
「なにが……?」
「俺は、剣を五歳から習い始めた。なぜだかわかるか?」
知らないですわよ、そんなこと。
「魔法が使えないからだ、お前と違ってな」
そうですわね。私は、あなたと違って魔法が使えますわ。だったらなんですの?
「だから、あと三年でいい。三年間だけ、魔法と剣術を同時に練習してみろ」
どうして、そんなことをしなくちゃいけないんですの?
「少しでも取得できる兆候が出てきたら、お前は俺なんかよりも強くなれるはずだ」
私が…… アルフレッドよりも、強くなれる……
「俺は魔法が使えない。だから、魔法と剣術を同時に使えるようになったら、俺に勝てるかもしれないぞ?
どうだ? 少しはやる気が出てきたか?」
「…… その三年は、なに……?」
「三年は、お前と俺の練習量の差だ。三年間で、今の俺よりも強くなってみせろよ」
「ほんとに、あなたより強くなりますわよ?」
「やっと調子が戻ってきたな。できるならやってみろよ。それで、胸を張って俺の前に出てこい。そうしたら、また叩き潰してやるよ」
なんでこの男は、笑顔でそんなこと言うんですのよ。そんな顔するならやってやりますわ。この男…… アルフレッドに、絶対に勝つ……
「顔を洗って待っていなさい!」
「おうよ、待ってるぞ」
アルフレッドの言う通り、三年で今のあなたよりも強くなってみせますわ。
頑張りますわよ、私。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽
アリスは、意気揚々と決闘場を出て行った。
元気を取り戻せたみたいだな。よかったよかった、これで一件落着だな。
「ソフィ、これでどうだ?」
「うん! フォロー完璧!」
俺に向かってサムズダウンをしてくる。
「待てソフィ、親指の向きが逆だ。そっちじゃない」
「あ、こっちだっけ?」
サムズアップになおった。危なかった。なぜか低評価されるところだった。
この世界にはサムズアップがないからな。ソフィは、俺がよくやってたのを見て真似してるだけだし、間違えても仕方ない。
「なんで、あんなにすらすらと言葉が出てくるんだ? アルフレッドは……」
「さぁな、才能じゃないか?」
前世の知識があるからなんて言えない……
まあ、アリスに言ったことは、だいたいが本音だから、っていうのもあるんだけどな。
剣と魔法。どちらもそれなりの才能を持っていて、それを両方同時に使える技術が習得できれば、俺なんかよりは強くなれるだろう。
これは、次に決闘する時が楽しみだな。
「あ、でもアル君」
「なんだ?」
「アリスちゃんに謝ってないよね?」
「…… 気のせいじゃないか?」
「謝ってないよね?」
「………… はい」
だって俺、うまく慰めたし。今さら謝りに行っても気まずいだけだし、アリスが決闘で俺に勝った時でも、いいんじゃないか?
「はぁ、まあいっか。ちゃんと慰められてたし」
「あはは……」
ソフィ、やっぱり優しい子だな。許してくれたよ。ありがとう。
「でも、ちゃんと謝ってね」
「わかってるよ」
やっぱり厳しいのかもしれない。