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ソフィア・バレンタイン

「ソフィ、おまたせ」

「アル君! ぜんぜん待ってないよ!」


 ソフィは俺の方に走ってきて、俺の右腕に自分の腕を絡ませてきた。

 今俺とソフィがいる場所は、ハイタス王国王都の中央広場噴水前である。今日はここで、ソフィとデートの待ち合わせをしていたのだ。


「さ、早く行こ!」

「最初はどこに行きたい?」

「うーん…… お昼だし、まずはご飯かな?」


 時刻は正午ぴったり。

 俺たちは広場正面の大通りに出て、食堂に向かって歩き出す。

 俺たちの周りを通る人は皆、俺たちが魔王とその婚約者だと気がついてはいない。なぜなら、俺はヨハンの作った変装用魔道具で、ソフィは自身の姿を変えるゴーストの特性を使って、姿形を変化させているからだ。


「こうやってデートするのは、いつぶりかな?」

「最後に行ったのが、ラント王国だった頃の美術館だったから…… 五年ぶりかな?」

「もうそんなに経つのか…… 思い返すと、いろんなことがあったな」


 少し昔を思い出しつつ、食堂に着いたので、扉を開いてソフィを最初に通す。


「ありがとっ!」


 ソフィは軽いステップで、扉の中に入っていった。それに続いて、俺も入店する。

 中ではソフィが待っていてくれて、二人で一緒にカウンターの席に座った。


「なにを食べようかな?」

「ん? これは…… 『懐かしき王都パスタ』だと?」


 メニュー表を見てみると、表側にデカデカと書かれている、『懐かしき王都パスタ』という文字。


「ほんとだ! 『ラント王国のパスタの味を完全再現!』だって!」


 ラント王国はパスタで有名だったのだが、ハイタス王国に変わってからは、特産物が亜人と魔族の珍しい料理に取られてしまっている。

 すると、店の厨房からオヤジが話しかけてきた。


「そこのお二人さん! うちのパスタは美味いぞ!」

「へぇ…… 俺は美食家ですよ?」

「なら、一回食ってみるんだな! 絶対気にいるぜ?」


 そこまで言うんだったら、食べるしかない。


「じゃあ、パスタ二つお願いします」

「おうよ!」


 オヤジは、店のさらに奥の方に入っていった。

 俺はそれを見送り、ソフィの方を見つめる。それに気づいたソフィも、こちらに振り向いた。


「こうして並んで座ると、昔のことを思い出すな」

「もしかして、アル君とシャルちゃんと私で、一緒に勉強してた時のこと?」

「そうそう。魔法の本を読んで、気になったことがあったらすぐに実験して…… 懐かしいなあ」

「あったね、そんなことも。確か、アル君が指示を出して、私がそれを実践して、シャルちゃんがそれを見てたんだっけ?」


 当時の俺は魔力が限りなく少なかったため、ソフィに実験を任せていたのだ。


「あの時のソフィは、人見知りでかわいかったなぁ……」

「な! やめてよ! 恥ずかしいじゃん!」

「確か初対面の時は、バレンタイン伯爵の後ろに隠れて、目を合わせてくれなかったっけな」

「うぅ…… それを言うなら、あの時のアル君も、魔法が使えなくて落ち込むのがかわいかったし!」


 正確に言うと、魔法の使用回数が少なすぎて落ち込んでたな。

 あの頃は、初級のヒールが数回しか使えなかったからなぁ……


「まあ、ソフィの人見知りは、学院に入学する頃にはなくなってたから、それをイジれないのは残念だったな」

「もう、すぐそうやって人の弱みを握るんだから…… アル君のドS!」

「学院時代に劣等生だった俺には、こうするしかなかったのだよ! ふはは!」


 学院時代、俺は無能のレッテルを貼られていた。

 おかげで友達はヨハンくらいしかいなかったし、俺に積極的に関わってきた人物も、リューリクくらいだった。


「学院時代…… あの時のクラスメイトはみんな、アル君のこと敬遠してたよね」

「そうだったな。入学初日とかは、結構酷かったっけ」


 確か、自己紹介の終わりの拍手を、ソフィ以外はしてくれなかった。

 それに、優秀で美人なソフィの許嫁ってことで、ずいぶんと男子に嫌われたもんだ。


「へい! パスタ一丁上がり!」


 オヤジが、俺とソフィの前にでき上がったパスタを置いた。


「どれどれ? ラント王国の味が再現されてるか、確認してやろうじゃないか」


 俺はソフィと同時に、パスタを口に運ぶ。


「…… んん! これは……」

「懐かしい味! 美味しいね!」


 これは完全にラント王国の、あの懐かしのパスタの味だ。

 すごいな…… ここまで完全再現するとは……

 予想以上の美味しさだった懐かしのパスタの味を前にして、手は止まることを知らなかった。いつのまにか、皿が綺麗になっている。

 それを見て、オヤジが話しかけてきた。


「どうよ! うちのパスタの味は!」

「ああ、かなり美味かった。これは、元ラント王国国民にはウケがいいだろうな」

「へへん! 気に入ってくれたみたいで嬉しいぜ!」

「また来るよ」

「おうよ! 待ってるぜ!」


 二人分の会計を済ませ、店の外に出る。


「それじゃあ、街の中を軽く歩くか」


 今日のソフィとのデートコースは、あえて決めていない。

 なぜなら、ハイタス王国の建国から俺もソフィもほとんど街に出たことがないので、なにがどこにあるかがわからないのだ。

 というわけで、二人で腕を組みながらぶらぶらと大通りを歩く。


「アル君、あのダンジョンでのこと、覚えてる?」

「暗闇の洞窟か? 忘れるわけないだろ?」

「ふふ、それもそっか。私たちにとって、あれが人生の分岐点みたいなものだもんね」

「人生の分岐点か…… 確かにそうだな。あれがなければ、俺は魔力を手に入れられず、ソフィは勇者の仲間になることもなかった」


 暗闇の洞窟でのサイクロプスとの戦闘。そしてその敗北と、仕組みのわからない、クラリスの作ったワープの魔法陣。

 俺はそこからクラリスのダンジョンに飛ばされ、ソフィは俺と別れてから、俺を探すための旅に出た。

 結果的に俺はオリヴィアとともに生き延び、ソフィも勇者パーティの後衛として、市民からは魔導とまで呼ばれていた。


「暗闇の洞窟で別れてから三年…… 俺たちはここで再会したわけだ」

「あの時、私もう、本当に嬉しくて…… なにも考えずに飛びついちゃったんだ」


 大通りに垂直に面した、武器を持った人たちが出入りする建物。

 ラント王国が潰れても自らの資金力のみで生き残り、ハイタス王国を建国する際、王国に積極的に協力した冒険者ギルド。そのハイタス支店が、今目の前にある。

 ラッキーなことに、ラント王国が潰れてもこのギルドは単体で存続していたため、ハイタス王国建国後もその場所は変わっていない。

 おかげで、俺とソフィの中では少しだけ思い入れのある場所となっている。

 とりあえずギルドの中に入ってみる。


「なにも変わってないな」

「強いて言うなら、少しボロくなったくらい?」


 五年の月日が流れ、ここにあった王国が潰れたせいもあり、塗装が剥げたりしている。だが、基本的な雰囲気は変わっていない。

 ギルドの中を軽く周りを見渡していると、後ろから肩を叩かれた。


「ウチのギルドに頼みごとかい? なんでも受け持つぜ?」


 どうやら俺たちは、なにかしらの依頼を出しにきたいると思われているらしい。

 俺は相手の方に振り向き、顔を見る。俺の知っている顔だ。


「ガラン、久しぶりだな」

「あ? 俺のことを知ってんのか?」

「ああ、もちろんだ。解体屋のオヤジだろ?」

「ギルドマスターだ!…… って、そのボケって確か……」


 初対面に会った時に言ったセリフのおかげで、ガランは俺が誰だか分かったようだ。


「あんまり騒がないでくれよ? せっかく変装してるんだからな」

「あ、ああ、す、すま…… 申し訳ございません。まさか、こんなところにいるとは思わずに……」


 ガランとはハイタス王国建国時に再開していて、その時の俺は魔王だった。

 あの時のガランは、王都襲撃時の勇者パーティの一人が俺であったことを知っていたため、かなり驚いていたのだが、まあ一応、これから関わっていく人材であるため、俺の情報を明かしておいた。

 おかげで、冒険者としての俺の立場と魔王としての俺の立場の、どちらに対しての対応を取っていいのかがわからないらしく、このような中途半端な言葉遣いになっている。


「今は一般人として見学に来てるだけだ。普通の態度にしてくれ。でないと、俺の立場が疑われる」


 ギルドマスターが頭を下げる相手など、貴族か王族くらいのものだ。ここで俺に向かって頭を下げられると、俺が貴族か王族であると、周りに知らしめているようなものになる。


「す、すまん。それで、見学…… って言ったか? 俺は、なにか手伝った方が……?」

「いや、特に用もないし、すぐに帰るから、仕事に戻ってくれ」

「わ、わかった」


 ガランはその後も俺たちのようすを気にしつつも、自分の仕事に戻っていった。

 俺とソフィはしばらく冒険者たちを見学して、ギルドを出た。その際、ガランはホッとした表情をしたのを、俺は見逃さなかった。


 その後も俺たちは、街をぶらぶらと歩き続け、ストリートミュージシャンやら、マジックショーやらを眺めていると、いつのまにか夕暮れになっていた。

 そろそろ帰ろうかという雰囲気になってきた時、俺はあることを思いついた。


「なあ、ソフィ…… 星を見にいかないか?」

「星……? いいけど、どうして星?」

「…… ラントの王城での食事会で見たあの空を、もう一回ちゃんと見たくてな」


 俺たちは王都の近くの山に登った。

 すでに日は沈んでいて、辺りは薄暗い。そんな中、二人で隣り合わせに寝っ転がる。

 首元に擦れる雑草と、落ち葉の匂い。それに、隣にいるソフィの感触。


「これは…… リラックスできるな」

「外でこうやって寝っ転がるって、気持ちいいね」


 俺は左隣にいるのソフィの右手を、優しく握り込む。ソフィも、俺の左手を握り返してきた。


「…… 俺は子供の頃、いつでもソフィの隣にいられると思ってた。アバークロンビー家の当主として、ソフィを正妻に迎え入れてな」

「私もそうなると思ってた。きっと、誰にも私たちのことは邪魔できないだろう…… って」


 今となって考えたら、まったく見当違いもいいところだ。


「俺は魔族になって、勇者の仲間になって、魔王になって……」

「私はアレンの仲間になって、ジンの手駒になって、幽霊になって……」


 ……


「もともと、俺たちが立てていた予想とは反して……」

「離れ離れになっちゃったけど……」

「結局は相手のことが……」

「絶対に忘れられなくて……」

「俺は追い求めて……」

「私は追い続けて……」


 こうして今……


「「手を握ってる」」


 しばらくの間、場に静寂が流れた。それを破ったのは、俺たちの笑い声だった。


「さすが…… 私とアル君は息ぴったりだね」

「当たり前だろ? いつからの付き合いだと思ってるんだ?」


 俺の言葉にソフィは顔を赤らめて、


「…… ずっと昔から……」


 と答えた。


「…… そうだな。ずっとだ」


 お互いに、握る手の力が強くなる。

 上を見上げると、そこにはもう満点の星空があった。雲ひとつない快晴の夜空に、点々とした星が浮かんでいる。

 そして、その中で最も大きく、輝いて見える月。今夜は三日月のようだ。


 …… もう、あの時とは違う。あの時から変わらないのは、思想だけ。

 あの夜は捻くれていた。だけど今夜は、素直にあの三日月の意味を受け入れることができる。


 成長と再生。


 これは、俺一人の人生じゃない。

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