帰還
俺たちが帝国からハイタス王国へと戻ると、ビューレと亜人たちが出迎えてくれた。
「お! 魔王様が降りてきたぞ!」
「魔王様! ありがとー!」
「魔王様! この国は最高よ!」
黄色い声援まで飛んできた。
俺は驚きつつ、こちらに歩いてきたビューレに声をかけた。
「ビューレ、いつ王国に来れたんだ?」
「アルフレッドさんが帝国に行ってからすぐです。お爺様の協力で、かなり早くハイタス王国に来れました」
ビューレへの頼みごとだったのに、大司教が動いたのか。やはり、裏で動いて、孫娘の評価を上げようとしているのでは……?
「それにしても亜人たちの反応が、教国にいた頃と比べて百八十度変わっているんだが……?」
教国にいた時の、行くあてがないからとりあえず、という表情から一転して、亜人たちの顔は喜びに満ち溢れている。
「皆、この国の素晴らしさに気がついたようですよ? きっと、リューリク様の政権が上手くいっているのでしょうね」
「さすがは元王子と言ったところか」
正直に言うと俺は、ハイタス王国の政治にはほとんど関わっていない。リューリクの方も、魔族の案件しか俺に持ってこないため、どのような政策を取っているかはさっぱりなのだ。
ジンの一件も終わったことだし、俺も政治に参戦してもいいかもな。あとでリューリクに聞いておこう。
俺がそんなことを考えていると、小さなハーフエルフが近づいてきた。
「アルフレッド、おかえり」
「エレナ、この国はどうだ?」
「人間も魔族も、私たちを受け入れてくれた。奴隷としてではなく人として。だからみんなも、こうやってアルフレッドに感謝してる」
これはリューリクの政治というより、リベリオンと魔族の意識の方が、亜人に与えた影響は大きそうだな。つまり、どちらも俺のおかげというわけだ。
リューリク、可哀想に。
そういえば、エレナに相談ごとがあったのを思い出した。
「エレナ、お前がもしよかったらなんだが、俺直属の諜報部隊に入らないか?」
エレナは一瞬不思議そうな顔をすると、自分の顔を指差して、首をちょこんと傾げた。
「私が?」
「ああ、ジンに育てられた腕を買って、俺の元で働いてほしい」
せっかくのスパイだ。利用しない手はない。
エレナはしばらくキョトンとしていたが、言葉を理解すると、徐々に笑顔になっていった。
「私でよければ、喜んで!」
「よし。なら、あとで王城に来てくれ。話は通しておくから」
「うん!」
エレナは、嬉しそうに亜人たちの方に戻っていった。それも、同年代の亜人の所に。
エレナにも友達が出来たようでよかった。
「ビューレ、俺たちと一緒に来てくれ。この国に来て、リューリクにあいさつしないわけにはいかないだろ?」
「わかりました。婚約の話もありますしね!」
満遍の笑みで、結婚の話を切り出すビューレ。どうやら、かなり楽しみにしているらしい。
「…… アルフレッド」
「ん? オリヴィア、どうした?」
「…… 婚約者、増えたの?」
オリヴィアは、若干俺を睨みつつ聞いてきた。
俺は、あくまで冷静に説明をする。
「まあな。ビューレは教国の聖女だ。人間と魔族が共存するに至って、その架け橋になればと、大司教が渡してきたんだよ」
「…… ふぅん」
どうやら、まだ納得いかないらしい。
「オリヴィア、あんまり嫉妬しちゃだめだよ? あの子もアル君のこと好きなんだから」
「…… 努力する」
ソフィがオリヴィアをたしなめたところで、アレックスが俺に声をかけた。
「アルフレッド、俺たちは魔族組と一緒に、リベリオンのみんなに状況を報告してくる」
「わかった。俺はリューリクに報告しておくから、こっちは気にしなくていいぞ」
アレックスは軽く手を上げると、ナディアたちとともに歩き出した。
それを見届けて、俺たちも王城へと向かった。
✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽
俺たちは、王城の応接の間で待っているリューリクのもとへ案内された。
「リューリク、なんかメイドの量が増えてないか?」
俺は、リューリクの周りについているメイドの数を見て、質問した。
俺が王国を出る前までは、リューリクの専属メイドは二人だったのだが、今日は五人も後ろに控えているのだ。ツッコまずにはいられなかった。
「いやぁ、少し手が回らなかったから募集したら、あっという間に集まっちゃってね」
リューリクは悪びれもせず、けろりと言った。
「街の方の人手も限られているんだから、あんまり雇いすぎるなよ?」
「わかってるよ。って、今日はそんなことより報告があるだろう?」
リューリクは俺の話を軽く聞き流し、話を変えた。仕方ないので、俺もそれに乗ってやる。
「まずジンのことだが、討ち取ることに成功した。協力者の方は逃したが、大陸滅亡の危機は脱したと言っていいだろう」
「へぇ、それはよかったじゃないか。宿敵を討てたんだね」
「ああ。ただ、帝都が滅んだから、帝国は少しまずいな。これは教国と協力して、援助金を出してくれ」
「わかった。教皇に話をつけておくよ」
「それと、オリヴィアの方も連れ戻せた。婚約者二人目だ」
「ふむふむ」
リューリクは目を閉じて、手を顎において頷いた。おそらく、俺の結婚式の予算を考えているのだろう。
「そしてこちらは、同盟国である教国の聖女ビューレだ。ちなみに俺の婚約者だ。これで三人目な」
「ふむふむ…… って、はい? 教国との同盟はともかく、その子が教国の聖女で、しかもアルフレッド君の三人目の婚約者!?」
リューリクはすぐに予算を計算しようとしたが、そこで気がついてしまった。
三人目など聞いていない、と。
「ああ、そうだが?」
「ご紹介に預かりました、聖女ビューレでございます。以後お見知りおきを」
ビューレは椅子から立ち上がり、丁寧に礼をした。
「あ、はい。ボクはハイタス王国の国王リューリクです。よろしく」
リューリクはビューレにあいさつを返すと、下を向いてなにかブツブツと呟き、俺の方を見た。
「…… アルフレッド君、君は国家予算をなんだと思っているのかな?」
なにを言うかと思えば、そんなのは決まっている。
「俺の結婚式の金の出所」
「…… それがわかっているのなら、少し慎ましやかな結婚式にしてもいいかい?」
なに? 俺の結婚式が慎ましやかになる…… だと? そんなことは許さん。絶対に、だ。
俺は少しわざとらしく、大袈裟に抑揚をつけて言う。
「教国の聖女ビューレ嬢は、俺との結婚式を大変楽しみにしている。また、それはソフィとオリヴィアも同様である。
リューリク、本人たちの前でそんなこと言うべきじゃないぞ?」
「ぐぬぬ…… わかった。どこかから絞り出すよ……」
ふっ…… 勝った。
「リューリク国王、出せる範囲内で構いませんよ?」
…… ソフィさん?
「いや、ソフィア君、実はそういうわけにもいかないんだよ。なにせ魔王の結婚式だ。他国に舐められないよう、盛大にやる必要がある」
ふぅ…… よかった。
「国王は大変だな」
俺の無責任な言葉を聞いて、リューリクは額に青筋を浮かべて立ち上がった。
「アルフレッド君!? 君に政治の経験がないから、ボクが国王をやっているんだろう!?」
「まあ、そのために助けたからな」
もともとリューリクは、俺が助けなければラント王国とともに死んでいただろう。
「ぐぬぬ…… 言い返せない……!」
リューリクは悔しそうに天を仰いだ。
「まあ、そういうわけだ。結婚式の件、頼んだぞ」
俺たちは、机に突っ伏して悩むリューリクを尻目に、応接の間を後にした。