ジンの覚醒
ジンの死を確認すると、オリヴィアは泣きじゃくりながらジンの亡骸に抱きついた。
この世を滅ぼすために、この世界に転生した、か……
ジンがなにを思ってそう考えたかはわからないが、少なくとも奴は、自分のやるべきことをまっとうしようとしたのだろう。
やり方はともかく、その生き方は尊敬しよう。
「オリヴィア、ジンの死体はここに置いていく。王国に持ち帰っても、晒し首にされるだけだからな」
オリヴィアはゆっくりと頷いた。
「…… わかってる……」
「だからこれが、お前の兄貴の形見だ」
俺はジンの頭から白い帽子を取り、オリヴィアの頭の上に乗せた。
「…… うん」
オリヴィアは帽子に顔を埋め、小さく頷いた。
これで終わった…… 俺は大切なものを取り戻すことができ、世界の敵であるジンも殺した。
帝都が火の海になったのは、帝国市民には申し訳ないとは思うが、それも王国からの援助金でなんとかしよう。
「さあ、オリヴィア、帰ーー」
「帰ろう」。そう言おうとした。
しかし、その言葉を言い切る前に、突然空から莫大な魔力の塊が降ってきた。
「なに…… あれ?」
「オリヴィア!」
俺は絶句しているオリヴィアを抱きかかえ、その場から全力で離れる。
それから数瞬後、ジンの死体がある地点に、その魔力は爆音とともに落ちた。
「うおぉ!?」
「…… きゃっ!?」
衝撃波で吹き飛ばされ、俺はオリヴィアを抱きながら地面を転がる。
しばらく転がってから止まり、魔力を見てみると、そこにいたのは……
「…… ジンが、立ってる……」
オリヴィアが呟いた通り、そこには、紫色のオーラを纏ったジンが立っていた。
どういうことだ? ジンはあの時、確実に死んでいた。死んだ人間を生き返らせる魔法なんて、存在しないはずだ。
なら、一体どうして……
こちらが絶句しながらジンを見ていると、ジンは自分の体を見回して、口を開いた
「ふふ…… なるほど。そういうことでしたか…… ふふ、ふはは!」
なんだ? ジンは一体、なにに対して納得しているんだ?
ジンはひとしきり笑うと、俺の方を向いた。
「さあ、アルフレッド! 私は、ディヴェルト大陸を滅ぼす力を手に入れました! 止めたければ、私を殺してみせるんですねぇ!」
ジンはそう言うと、俺の視界から突然消えた。
そして次の瞬間、背中からの衝撃。
「な!?」
俺は前のめりになって吹き飛んでいた。
なんとか空中で体勢を立て直し、構える。
しかし次の瞬間、さらに背中に衝撃が走った。
「ぐっ!」
空中で一回転しながら後ろを見ると、そこにはジンが立っていた。
そんな馬鹿な! 普段の視界ならともかく、どうして魔眼で捉えられない!?
俺は、一度吹っ飛んだ時点で魔眼を開いていた。しかし、俺の視界の中にジンは現れず、次の瞬間には背中に攻撃を受けていた。
一体どんなカラクリで…… !? また消えーー
「ぐあっ!」
俺は、真下の地面に叩きつけられていた。
「ふふ、力が溢れ出るようです。あのアルフレッドを、まるでお手玉のように弄ぶことができるとは……」
「が…… く、そ……」
俺は受けたダメージをヒールで治しつつ、立ち上がる。
たった三発。それだけで、脊椎を背骨もろともと、内臓をいくつかやられていた。重症なせいで、回復に時間がかかる。
「そうです。立ち上がってもらわなければつまらない。さあ、私の動きを捉えてみるんですねぇ!」
そう言って、またジンは消えた。
だが、俺もそう何度も同じ技を受けるわけにはいかない!
「〈シールド〉!」
俺は後ろに回り込んできたジンの拳を、シールドで防ぐ。これでようやく、反撃ができる!
「なめるなぁ!」
俺は手のひらに結晶を作り出し、ジンに向けて投げつける。結晶はジンの目の前で爆発し、砂埃が一面を覆った。
新魔法〈クリスタルブラスト〉の威力はどうだ!
俺は魔眼で砂埃を透視する。そこで見えたのは、こちらに向かって手を伸ばしているジンの姿……
「がぁ!?」
俺は、煙の中から出てきたジンに首を掴まれた。
その一撃だけで俺の喉は潰れ、口内に血の香りが充満する。
「ふふ、甘いですねぇ。この程度でやられたと思われるとは、心外ですよ、まったく」
ジンは俺のことを持ち上げると、右の拳を俺に向けて突き出した。
俺は、それをかろうじて両腕にシールドを纏ってガードする。すると、両腕の骨、いや、神経がやられたらしく、腕に激痛が走った。
「さて、これで終わりです」
腹がガラ空きになった俺に、ジンはもう一度、右拳を突き出す。
その拳が俺に当たる直前、俺の後ろから雷魔法が飛んできて、ジンの顔面に直撃した。
さすがに怯んだジンは俺を離し、俺はその隙に回復しながら後ろに飛ぶ。
「アル君! 大丈夫!?」
「げほっ…… なんとかな」
こちらに駆けつけてきて、心配をしてくれたソフィに返事をし、喉に絡まった血を吐き出して、体制を整える。
「突然魔力が降ってきたと思ったら、ジンが起きて…… 一体なにが起こってるの!?」
「俺にもわからない…… オリヴィアはなにか知ってるか?」
俺は、ソフィと同じくこちらに走ってきたオリヴィアに話しかけた。
「…… ごめん。私も知らない……」
オリヴィアもわからないとなると、これはジンが一人で仕組んでいたことなのか?
いや、あの潔い死に方で幕を閉じたジンが、こんなものを残しているなんて…… しかも、それを唯一の兄妹であるオリヴィアにも話していないなんて、そんなことはありえない。
なら、一体誰があの魔力を用意したんだ……?
「…… とりあえず、言えることは一つ。あいつは確実に俺一人じゃ勝てない。だから、二人とも協力してくれ」
「…… もちろん」
「そのために駆けつけたんだから!」
頼もしいかぎりだ。
「そういえば、ヨハンたちは無事か?」
「うん、大丈夫。ヨハン君とシャルちゃん、あとフィリップ君には、飛空挺の発進準備を進めてもらってるから」
それはありがたい。例えジンに勝てても、帝都の爆発に呑み込まれたら意味がないからな。
俺は魔力を固めて剣を作ると、ジンの方を向いて言った。
「俺が接近戦で隙を作る。二人はいつも通り、そこを突いてくれ」
二人とは何度もやった、ありきたりな、基本の作戦。だが、基本であるからこそ、コンビネーションが組みやすい!
俺はジンに向かって、魔力でできた紫色の剣を構えながら突っ込んだ。
「遺言はもう終わりですか?」
「生き残るのは俺たちの方だ!」
俺が上段から剣を振り下ろすと、ジンはそれを後ろに下がることで避け、俺の視界から消えた。
俺は目を瞑り、風の動きを読む。
「そこだ!」
俺の右から現れたジンの腹に、横薙ぎに振った俺の剣がくい込み、傷口が血を吹いた。
それと同時に、後ろから風魔法と火魔法が合わさって飛んでくる。
俺が後ろに下がると、二つの魔法はジンに当たり、炎の渦と化した。
しばらくして魔法が収まってくると、中から服と肌の一部が焦げたジンが出てきた。
「この私が…… ダメージを負うなど……」
ジンは俺のところに、ゆっくりと近づいてくる。隙だらけだな。
俺がさらに後ろに下がると、魔法が再び飛んできた。
今度は雷と風。カマイタチと高電圧が、ジンを襲う。
「ぐっ……!」
さすがに効いてるみたいだな。これがうちの嫁たちの実力よ!
「私が…… この私がぁ……!」
「これで終わりだ、ジン。 〈クリスタルブラスト〉」
俺は圧縮したクリスタルを、ジンに向かって投げる。
ジンの目の前に落ちたクリスタルは、光を強め、その後すぐに、閃光となって弾けた。